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case of Yuzuru Arikawa 3周年記念企画



「先輩?」
「譲くん。今日どうするんだったっけ?」
「あ、ああ、そうですね。どうしましょうか」
「うーん、どこも人多いからね」
「そうだ、温室にイチゴがなったんですよ。食べませんか?」
「わーい!」


先輩はいつも無邪気な笑顔を俺に見せてくれる。二人してあの遠い時空の彼方で命を掛けて戦っていたとは思えないくらい、無邪気で澄んだ笑顔だ。

あの遠い世界で俺はいつも先輩の傍で、生きるか死ぬかの瀬戸際だった。毎日毎日悪い夢にうなされてもがいてばかりだった。なのに、この人ときたら、そんな運命をしなやかに生き抜いて、俺達を守りたいから、ただ笑ってそう言いながら太刀を振るって戦っていた。

たまに二人きりになった時、あなたは必死で隠していたけれど、両手には痛々しい肉刺をいくつもいくつも作っていた。それでも、痛くない、大丈夫、自分よりみんなの怪我のことばかり心配して強がってばかり。

あなたがこっそり弁慶さんに塗り薬をもらっていたことを知ってました。
時々ひっそり月を見上げて涙ぐんでいたことを知っていました。
だけど、抱きしめることはできなかった。

だからこそ、そんなあなたを守る。
それが俺に課された運命。
そう思ったから決意した。

天上高く輝く月の光に、そう誓った。
何があってもあなたを守り、あなたと共に元の世界へ戻ることを。





「譲くん、どうかした?」
「えっ?いや、何でもありません」
「じゃあ、今からそっち行けばいい?」
「はい、いらしてください。手ぶらで結構ですよ」
「うん!」
といい返事をして、あなたはそれが癖なのか、長い髪を耳にかける仕草をしてにっこり笑った。



-----好きです。



この言葉を物心ついた頃からずっと胸の奥に封じ込めて、ただの幼馴染を演じてきた。あんなことがなければ俺はきっと一生あなたに自分の気持ちを告げることはなかっただろう。
例え、あなたが兄さんの彼女になったとしても、だ。

だけど、あの運命の渦の中で俺は言ってしまった。
あなたはどうなんですか?うんって頷いてくれたきりで俺ははっきりした返事をもらっていません。
あのうんはどういう意味だったんでしょうか?



「あいかわらず、植物で溢れてるよね、この温室」
「そう……ですか?」
「うん、いつ見てもすごいなーって思う。きっと譲くんの愛情がたっぷりなんだね」



-----俺はあなたしか見ていない。



「そんなことありませんよ。母も時々手入れしてますから。そんなことより、器出してください。イチゴ取りましょう」
「うん、ありがとう」

器を受け取り、園芸バサミでイチゴを黙々と摘んでは入れていく。黙っていないと、俺は何を言い出すかわからない。また、あの時のように衝動的にあなたを腕の中に閉じ込めかねない。


「あの……ね」
「…………」
「譲くん……」
「…………」
「譲くんってばっ!ねえ、聞いてる?」
「……えっ?あ、はい、何でしょう、先輩」
「もういい」
「はぁ……」

台所から持ち出した小ぶりなざるに、いつの間にかイチゴが山盛りになっていた。零れ落ちそうなところで、ようやく手を止めて、あなたを振り返った。

なんで……なんで……泣いてるんですか、先輩。



「どうしたんですか?どこか痛いんですか?温室で気分が悪くなりましたか?出ましょう」
「いや……」
「えっ、でも……」
「先輩は止めて、敬語も止めて……」
「はい?」
「ごめん、わたし変なこと言った」

今……なんて?


変なことを言った……そういうと先輩は温室を出て行こうとした。
待ってください。待って、先輩。
いや、違う、待ってくれ、望美……!


「待って、ちょっと待って」
「いやっ!」

困ったな。そんな顔されると俺、すごく困ってしまう。
その泣きながら怒るのは違反ですよ、先輩。


せっかくのイチゴをダメにしないように、植木鉢の脇にざるとはさみを置いて、俺はそっと近づいた。じりじりと後ずさるあなたの細い手首を掴もうとゆっくりと手を伸ばす。
もう少し、後5センチ、後1センチ。

逃げないで、先輩。

「譲くんの……ばか」
「ごめんなさい」
「簡単に謝らないでよ」
「ごめんなさい……望美……さん」
「……ばか」

ばかばかといいながら、彼女は俺の胸をぽかぽかと叩く。これがあの怨霊を叩き斬り封印を続けた手なのだろうか。もうこちらに戻って半年は過ぎた。その間にあなたの手のひらで治っては治っては繰り返しできていた肉刺も消えて、綺麗な手のひらになった。
でも、あなたの腕はこんなにも華奢で、こんなにも細く白い。

「あなたが好きです。返事はないんですか?」
「うんって言ったでしょ」
「じゃあ、望美さんの好きな人はいるんですか?」
「いるわよ、目の前に……」
「ふっ……あはははっ、そう……ですか?あはははっ」
「もう何笑ってるのよ」
「いや、嬉しくて、すごく嬉しくて」
「知らない」


なんてかわいいんだろう、この半年年上の幼馴染は。
だから目が離せない。だから守りたい。
でも、きっとこの人はわたしが守らなきゃって思ってるんだろうな。


まあ、いいか。
そんなことは大したことじゃない。
ずっと一緒にいられるんだったら、大したことじゃない。


「時々……時々はやっぱり先輩って言うと思います。でも、できるだけ名前で呼ぶように努力します。それでいいですか?」
「うーん、仕方ないなー」
「せめて、キスする時くらいは名前で呼びましょう。望美……」

俺は初めて好きな人の名前を呼び捨ててみた。
好きだと言うよりもずっとずっと恥ずかしくて、何だか甘くてくすぐったくて……困る。


仕方がないので、抱きしめた腕を少し緩めて、ゆっくりとキスをした。



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