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case of Reiichi Himuro 3周年記念企画



君はいつものようにちょっと慌てて、前髪を指先で直しながら玄関に現われる。
そんなに慌てなくても、少し出てくるのが遅れたくらいで叱ったりはしない。
もう君と俺は生徒と教師じゃないのだから。





「おはよう」
「あ、おはようございます」
「いい天気でよかったな」
「はい。あ、そうだ、簡単ですけどお弁当作っちゃいました」
「そうか、それは楽しみだ」
「ホントですか?」
「ああ、本当だ。乗りなさい」



今日の行き先は森林公園だった。



連休でどこに出かけても人が多いのだから近くで十分、というのが君の言い分だった。まあ実際この普段とは違う道路の混み具合からして、君の言うことにも一理あると思う。それなら、どこにも出かけずに俺の家で過ごしてもよかったのだが、一日部屋にこもりきりもどうかと思うし、せっかくの五月晴れに緑に触れにいくのも悪くはない。


いつもの休日に比べると、やはり道が混んでいる。渋滞……というほどではないが、普段よりも信号で引っかかる率が高い。


「桃花、連休はどうするんだ?」
「零一さんこそ学校は?」
「まあ一応は暦通りだ」
「あ、じゃあ結構一緒にいられるかもしれませんね」
「しかし、俺とばかり会っていても……」
「会いたくないの?」
「い、や、いや……そういうわけでは」

そうなのだ。
俺は四六時中一緒にいてもいいと思っている。だが、君にも君の生活があり、君だけの世界がある。当然君の友人との付き合いは優先せねばならないと思うし、学生時代のそういった損得抜きの関係というのはかけがいのないものだ。

そんな大切な君の世界を俺がいつも独占していてもよいものかどうか。
君と付き合うようになってから、いつもそんなことばかり考えている。1度酔っ払った時、益田に言ってしまったことがあり、やんわりとたしなめられた記憶がある。少しくらいわがまま言っても罰は当たらない。むしろ、彼女は喜ぶよ、と。


「ねえ、零一さん」
「なんだ?」
「わたしね、独占していたいの」
「は?」
「……もう、しらない」

ぷくっと頬を膨らませてそっぽを向く君。
運転中で、君の顔ばかり見ることができない分、気配には敏感になる。少し怒らせてしまったか。


「桃花、コホン、俺は四六時中君のそばにいたい」


聞こえたのか、聞こえなかったのか。


車窓から青い空を見上げたままの君の耳たぶが、ほんのり赤く染まった。ぷくりと膨れていた頬に少しずつ微笑みが広がる。
「そんなことさらっと言わないでよね」
「そうか、それはすまない」


バックミラー越しに見えた君の瞳は、笑みをこらえきれていない。頬が桃色に染まり、さっきまで膨れていた唇さえいとおしい。



だから、信号で止まった瞬間に、俺は助手席の君の唇に口付けた。
ここの信号はちょっとだけ長めだったはず、後10秒だけ、唇をふさいでいても大丈夫だ。

後ろが気にならないと言えば嘘になる。
だが、今この瞬間に君に口付けたい、そう思っただけだ。



「れ、れーいちさん!?」
「どうした?」
「どうしたじゃないでしょっ!」
「まあ、落ち着きなさい。もうすぐ森林公園だ」
「……」

顔を真っ赤にして、抗議する君。
これだから、俺は君をずっと見ていたいのだ、きっと。


さて、森林公園を一通り散歩したら、お手製の食事をおいしくいただこう。そして、木陰の芝生でうたた寝でもさせてもらおうか。
君の膝を借りて。



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