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ねえねえ 〜〜葉月珪〜



桃花は俺の名前を呼ばないで、ただねえねえってだけ言う。この前なんで名前を呼ばないんだって聞いたら、なんか恥ずかしいんだって言ってた。
恥ずかしい……のか?名前を呼ぶのって。
俺はお前のことを名前で呼ぶのって、すごく好きだ。
なんか暖かい気持ちになる……から。



「なあ桃花」
「なーに?葉月くん」
「お前……どうして名前を呼ばないんだ?」
「呼んでるじゃない、葉月くんって」
「それ、違う」
「む……だって……その……。ねえねえ、あっちの方行かない?」
「ごまかしたろ……お前」



また、ごまかされた。

俺はお前のことちゃんと下の名前で呼んでるのに、どうしてお前は呼んでくれないんだろう。いつまでも葉月くんじゃ、まだただのクラスメイトみたいでちょっとだけ淋しい。何も昔みたいに『珪ちゃん』って呼べって言ってるわけじゃない。普通に『珪』って呼び捨ててくれたら、それでいいのに。




5月の連休、世間的にはゴールデンウィーク。そのど真ん中で俺達はなんとなく大学の学食で落ち合って、そのまま車ではばたき山の展望台へとやってきた。大学ではこの時期新入生の歓迎も兼ねて小規模な春の学園祭をやっている。そんな中、とりあえず桃花はサークルに顔を出すだけ出すというから、俺は学食で一人お前のことを待っていた。

サークルに入るのも少しは考えたけれど、相変わらず続いているモデルのバイトと、アクセサリー作りと本業の学生生活の中で桃花との時間を捻出するためには、サークルなんて入っている場合じゃない。俺は大学なんてはっきり言って桃花と同じところじゃなかったらどうでもよかった。だけど、お前が入ったんならちゃんと卒業しなくちゃダメだなんて言うから、とりあえずマジメに通ってちゃんと単位を取るように努力してる。
高校の時ほど寝てないし。




「桃花、俺のこと好きか?」
「な、な、何?突然どうしたの?熱でもあるの?」
「熱はない……たぶん」

他には誰もいない展望台の端っこで、俺は後ろからお前のことを抱きしめたままつい聞いてしまった。好きだとお前に言ったのは俺の方。そして、手を最初につないだのも俺の方からだったし、キスしたのも……たぶん俺の方からだった。

なあ、桃花。
俺のこと……本当に好きか?
仕方なく付き合ってるんじゃないよな。



「今さら何を……」
「一度も聞いたこと……ない」
「あれ、そうだっけ?そんなことないでしょ」
「そんなこと、ある」
「好きよ」
「本当に?」
「うん」
「本当に?」
「嘘は嫌いよ、わたし」
「そう……だったな。ごめん」




少しだけ安心した。
でも、今日はまだ開放してやらないんだ。

「桃花、でも俺ちょっと不安」
「何が?」
「桃花が……」
「わたしが……何?」
「なんでもない。気にするな」

いや、気にしてくれ。気にしてほしい。


「葉月くん、こっち向いて」
「何だ?」
「あのね、わたしが名前であんまり呼んであげないのはね、理由があるのよ」
「どうしてだ?」
「珪って呼ぼうかなと思うとそのまま『珪ちゃん』って呼んじゃうから。小さい子供みたいだもんね、立派な男の人に向かって」
「いや、いい」
「珪ちゃんでも?」
「うん。お前がどう呼ぼうと俺の名前だから」
「そっか、そうだね、そうなんだよね。ごめんね、珪ちゃん」

桃花はそういうといつもの透明な笑顔を見せてくれた。
俺もたぶんそのとき仕事以外では見せたことがないくらい、笑ってたと思う。
嬉しかったから、すごく。





だから今日からは『ねえねえ』の次には、必ず『珪ちゃん』ってつけてほしい。


俺……どこにいても絶対返事するから。
たとえどんなに離れていても桃花の呼ぶ声だったら、聞き分けられる自信ある。
絶対だ。



「ねえねえ、珪ちゃん」
「ん?何だ?」
「何でもない、呼んでみただけ」
「そうか」



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