ABOUT

NOVELS1
NOVELS2
NOVELS3

WAREHOUSE

JUNK
BOOKMARKS

WEBCLAP
RESPONSE

君の隣、幸せの場所 〜氷室零一〜



「桃花、5月の連休だが……」
「零一さんは例年通り吹奏楽部の練習ですよね。大丈夫、わたしはわたしで何とかしますから」
「いや、しかしだな」
「最初からわかってますから。先生ってお仕事は結構休みがないんだってことは。だからそんなに気にしないで」
「コホン、桃花……。連休にはできないが休みは確保した。一緒に過ごそう、その……君さえよければ、だが」
「いいんですか?」
「当然だ」
「嬉しい」





とは、言ったものの結局10連休の内実際に休めそうなのはたったの2日。つまり、暦通りに日曜日しか休みが取れなかったのだ。自ら胸を張って絶対に休みを取ると彼女に宣言しておきながら、ぶつ切りに1日ずつになってしまいなんとも申し訳ない気持ちで一杯になる。


そしてその貴重な休日でさえ、いつ何があるかわからないからと言うことで常に携帯の電源を入れてく必要もあり、その上遠くまで足を延ばすことすら儘ならない。
なので、結局いつものように臨海公園までのドライブを楽しみ、途中のレストランで食事をし、今ようやく海沿いのデッキにあるベンチに二人して腰掛けているという、いつもと何ら変わらない休日の一こまになってしまった。

もちろん、君が隣にいさえすればそれ以上俺には何も望むものはない。
しかし、俺はそれでよくても彼女にはもっとしたいこともあるだろうし、行きたいところだってあるだろう。せっかくの休日なのだからいつもより遠出をしたかったかもしれないのだ。
だが、桃花はいつだってわがままの一つも言うわけではない。基本的に彼女はとても聞き分けがいい。むしろ良すぎるくらいだ。もっとも、仕事と自分とどちらがいいのだ、などと問われても返答に詰まるだけだからその点は助かるが、それでももう少しわがままを言ってくれても構わないのにと、思う。

君のわがままの一つや二つ、俺だってちゃんと受け止める自信はある。
そんなことで君への気持ちが揺らぐようなこともない。
だが、遠慮しているのか君は自分の望みをほとんど口にしない。





「零一さん?零一さんっ?」
「ん?何だ?」
「何だじゃありませんよ。疲れてるんじゃないですか?さっきからぼーっとしちゃって珍しいですね」
「いや、そういう訳では」
「寝ます?」
「はぁ?」
「だから、ここで寝ます?今日はすごく暖かいし、上からショール掛けてあげますから」

ここと言って自分の膝を軽くぽんぽんと叩き、満面の笑みを浮かべる君。まさかと思うが、その膝の上に頭を乗せろと言うのか?いや、それはちょっとどうだろうか。


「はい、どうぞ」
「悪いがそれは遠慮しておく」
「えー、いいじゃないですか。もうわたし零一さんの生徒じゃないんだし、見られてもまずいことなんてないでしょう」
「いや、しかし」
「たまにしか言わないわたしのわがままを聞いてください」

小さく頬を膨らませたかと思うと、すっと手を俺の肩に伸ばす。そして思いの外強く引っ張られ、半ば強引に頭を彼女の膝の上に乗せられてしまった。



……不覚だ。



「あ、そうそう。零一さん。顔を上に向けて」
「こうか?」
「お休みなさい」

彼女はそう言うと俺の眼鏡をそっと外し、軽く触れるだけのキスをした。

仕方がない。
少しだけ目を閉じることにしよう。こんなにもいい陽気なのだ、風邪を引くこともあるまい。
それにこんな休日の過ごし方も中々に悪くない。





君の隣、そこは俺にとってはとても暖かな場所。
そしてかけがえのない大切な場所。



そう、例えて言うならさしずめここは幸せの場所と言えるだろう。



「桃花、君の言葉に甘えてでは少しだけ休ませてもらおう」
「はい」

胸の上に控えめに置かれた彼女の手をそっと握ると、俺は今度こそ本当に目をとじた。



back

go to top