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Christmas Time



クリスマスだから、君に逢いたい。
クリスマスじゃなくても、君を抱きしめたい。
理由なんていらない、いつでもどこでも君にキスしたい。








桃花さんが高校を卒業して初めてのクリスマス。僕達は駅前の大きなツリーの下で6時に待ち合わせをした。日本ではクリスマス当日よりもイブの方がイベントとして盛り上がるようだけど、あいにくとイブは毎年学校のパーティがある。聞き分けのいい彼女は一緒にプレゼント選びまで手伝ってくれて、笑顔で行ってらっしゃいって言ってくれた。僕は時々そんな聞き分けのいい桃花さんが心配になる。本当は無理してるんじゃないかとか、実は見えないところで泣かせてるんじゃないかって。

終業式も終わって、イブのパーティも終わって、今日から学校は冬休みになる。とは言え、そこは社会人だから、学生のように宿題をやりながらでもお休みがあるわけじゃなくて、結局学校には年末まで出勤する。

補習と部活以外に人の少なくなった学校は、普段とはまた違った空気が漂っていて、僕はちょっと淋しい気持ちになってしまう。特に君が卒業してからは淋しさも倍増してしまった気がしてちょっと淋しい。
去年まで君が座っていた教室の窓際の後ろから3番目の席にはもう君はいないし、楽しそうな笑い声が聞こえてきた廊下にも君はいない。冬の人気のない学校はどうも僕を感傷的な気分にさせるものなんだって、今頃になって気が付いた。僕は今までこんなに誰かを好きだと思ったこともなかったし、大切にしたいとも思わなかったから、きっと初めての感情についていけてないんだと思う。


「若ちゃん、さよなら」
「はい、さようなら。暗いから気を付けて帰るんだよ」
「若ちゃんこそ寄り道すんなよ」
「はいはい」




-----若王子先生、一緒に帰りませんか?




おずおずと僕を誘った君は……もうここにはいない。
今の君は僕の生徒じゃなくて、僕の大切な恋人へと昇格したばかり。
あの笑顔を守るためだったらきっと何でもできるんじゃないか、そう思わせてくれる僕の大切な人。





さて、もうそろそろ駅前に行かなくちゃ。約束の時間に間に合わない。
僕は職員室で先生方に挨拶をして帰ろうとかばんとコートを掴んで、まさに扉を開けようとしたところだった。

「若王子先生、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょう」

聞こえないふりをするって手もあったのに、僕はその声が生徒のものだったからつい返事をしてしまった。これが教頭先生の声だったらひどい僕はきっと無視しちゃったんじゃないかな。で、後からさんざん小言を言われて終わり、だったはず。

「どうしたの?部長さん」
「さっきハードルを片付けてたら、倒しちゃいまして。香月さんと渡会さんが引っ掛けてしまって怪我をしちゃったんです。もう保健室しまってるしどうしようかと」
「怪我、ひどいの?」
「捻挫と……たぶん打撲くらいかな」
「そう、念のために病院へ行った方がいいね。タクシーを呼びましょう。ちょっと待ってて」

ちらっと腕時計を確認するとまだ5時30分だった。仕方がない。生徒を放って帰るわけにもいかないし、タクシーに乗せてできるだけ駅前に近い病院へ送っていこう。いくらなんでも小さな子供じゃないんだから病院まで送っていけば後は大丈夫だろうし。ごめんね桃花さん、ちょっと遅れるかもしれません。




「先生、すみません。やっぱりわたし達だけで行きます」
「何の何の、そんなこと気にしなくてもいいよ。タクシー代困るでしょ。それに保険証持ってないと治療費高いんでしょ?先生も一緒に行きます。や、来たみたいだ。さあ行きましょう」
「ごめんなさい」
「何の何の。先生ですから」

ひどく恐縮する生徒達を見ていたら、何だか放っておけなくなって結局そのまま僕は生徒達と一緒にタクシーに乗り込んだ。でも、今日はクリスマスだったから、駅前はひどい渋滞で、ようやく病院に辿り着いた時には6時半前になっていた。桃花さん、ごめん。僕は恋人失格かもしれません。もし君にひどい風邪を引かせてしまったら、一生僕は後悔すると思う。でも、生徒をほったらかすこともできないんだ。


心の中で謝りながら、携帯を取り出そうとしたけれど、あれ?ない!
嘘だろ。今朝ちゃんとかばんに入れたはずだったけど……どこへ置き忘れたんだろう。


生徒の治療を待つ間、ゆっくり朝から今までの行動を思い起こしてみる。
いつもの時間に起きて、猫と一緒にご飯を食べて、携帯を持って……かばんに……あーそうか、今日はいつもと違うコートだ。昨日の夜コートのポケットに放り込んだままだった。だからないんだ。

えっと、桃花さんの番号は……、うわ、手帳まで置いてきてる。
と、いうことは僕は君と連絡が付かないってことか。
覚えておこうといつも思うのに、どうしても覚えられない。
いつもなら笑って済ませられるけど、今日は最悪だ。



頭を抱えたまま、無常にも時間だけは刻々と過ぎていく。
見上げた待合室の掛け時計は7時過ぎ。予約してたけど、もうダメだよね。桃花さん、もう帰ってしまったかな。きっと怒ってるだろうな、僕のこと。

「先生、今日何か約束とかなかったんですか?」
「どうして?」
「だって、時計ばかり気にしてるから。いいですよ、わたしちゃんと送って行きますから。先生は帰っても」
「大丈夫、生徒はそんなこと気にしないもんです」
「でも……」
「いいんだ。あ、そうだ、寒いでしょ。コーヒーでも飲む?」
「……ごめんなさい」
「どれにします?好きなのどうぞ。責任感の強いしっかりものの部長さんに先生のおごりです」

軽い口調で言ってみたけれど、本当は今すぐにでも駅前広場に走っていきたいくらいだ。だけど、不安な顔をしてる生徒をうっちゃってデートに出かけてもきっと心配で上の空になってしまうだろう。

桃花さん、ごめん。
盛大に遅刻だし、帰ってもいいよって電話できたらよかったのに。
ごめんなさい。


ようやく治療が終わってお金を払って、帰りのタクシー代を渡して生徒達を帰したのが、8時前。
はぁ、今日ほど教師という職業を恨めしく思ったことはない。いつもは結構気に入っているけど、こういうハプニングがあるとどうしても相手のある約束なんて軽々しくできないなって反省してしまう。

いないだろうと思いながら、それでも僕は駅前のツリーの下まで走った。年甲斐もなく真冬にうっすら汗をかくほどに走った。いたら……もしいてくれたら……僕はなんて言い訳しよう。





待ち合わせスポットになっているツリーの下は、もう時間的に人がまばらで。5メートルくらい前で立ち止まって呼吸を整えて、彼女の姿を探してみるけど、見当たらない。ばらばらと待っている人達はそれぞれにパートナーを見つけては駆け寄っていく。

もう帰ってしまったよね、さすがに。
きらびやかなイルミネーションに彩られた街が空しく写る。僕はとうとう君を泣かせてしまったのかな。どこにも行かない、淋しい思いはさせない、そう約束したのに僕は君にひどいことをしてしまったよね。

僕は幸せそうなカップルが楽しそうに笑い合いながら歩いていくのをぼんやりと眺めながら、ただ立っていた。自分のバカさ加減に腹を立てながら、その一方で寒空の下で待たせてしまったことを謝りながら。



「見つけた!」
「……!」

突然背中越しに何か柔らかいものが触れた。
「貴文さん、こんばんわ」
「や、桃花さん、びっくりしました」
「こっちこそ心配しました。携帯掛けても出ないし、自宅に掛けてもでないし、何かあったんじゃないかって思って……」
「ごめん!」

心配顔の君がいとおしくて、僕は駅前のクリスマスツリーという人の多いところでぎゅっと抱きしめてしまった。抱きしめた君のコートもほっぺたも髪も何もかもが冷たくて、何時間待ってくれていたのかと思うと堪らなくなった。何て君は……。
突然僕が抱きしめたものだから、君はびっくりして目をぱちぱちしている。道行く人達の視線を感じるけど、そんなことはどうでもいい。こんなに冷たくなってまで僕を待っていてくれた君を早く温めてあげたいんだ。

「貴文さん……、人が見てます」
「いいんです。僕は君を抱きしめたい。君にキスしたい」
「キスは……ちょっと」
「嫌だ、する」
「えっ……ちょ」

ツリーの下で僕は君にキスをした。
ヤドリギの下でキスをすれば永遠に結ばれるとか何とか言うけれど、冷たくなった唇もほっぺも手のひらも全部僕が温めてあげる。ただそうしたい。そうしたいんだ。





駅前の遅くまで開いてるカフェに入って、一息ついたところで正直に僕は待たせた理由を話した。怒るかと思ったけれど、彼女は全然そんなことは言わずに、笑ってた。

「桃花さん、全部予定がダメになっちゃいましたね、しょんぼりでしょ?」
「いいんです、生徒思いの先生はそうでなくっちゃ。もしほったらかして6時に来たら、わたし追い返しちゃったかもしれませんよ」
「そうなの?」
「うん、だってわたしの大好きな貴文さんは、わたしの彼氏である前にみんなの先生だもの」
「淋しくない?」
「ちょっとだけ。でも、会えたからいいの」
「そう、ありがとう」
「なんのなんの」
「はははっ、それって僕の真似?」
「わかりました?」
「うん」

僕は君の隣でこうやって一緒に笑い合える、それだけで幸せだ。そんな幸せな気持ちを教えてくれたのは、ずいぶん年下のかわいい君。時々大人ぶってみたり、大きな子供になってみたり、ころころと忙しい彼女。

何もなくても一緒にいることが、こんなにも暖かいものだって教えてくれる僕の恋人。
愛してる……でも、時々こうやって心配を掛けてしまうかも。
それでも絶対に僕は君の元へ走って行く。
何があろうとも。




「そうだ、桃花さん」
「はい、何でしょう?」
「愛してるよ、心から。いろいろ心配かけるかもしれないけど、生徒を優先してしまうかもしれないけど、愛してる」

カフェの窓際のカウンターで、隣の君を引き寄せて僕は言う。
君は真っ赤になって俯いてしまう。
何度でも言うよ、僕は君を愛してる。





寒いと思ったら雪か。
日本へ戻ってきてから、初めてだ。
今夜はホワイトクリスマスになりそうだね。
でも、僕の隣には君がいる。
だから、ずっと暖かいんだ。



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