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ラストダンスはわたしと

クリスマスパーティをそっと抜け出したわたし達は、思い出の教会へと忍び込んだ。きっと、学生の頃のわたしと零一さんだったらそんなことはしなかっただろう。
誘うこともなければ、誘われることなんて絶対にありえなかったから。

今夜もどちらが言い出したわけでもない。ただ、なんとなくパーティで談笑することに飽いていたのかもしれないし、ホールが暑くて冷たい空気に触れたかっただけかもしれない。


「桃花、寒いだろう」

そう言うと、零一さんは抜け出した時にちゃっかり持ってきたらしいわたしのコートを肩にかけてくれた。自分だってきっと寒いんだろうなと思う。だけど、彼のコートは相変わらず無造作に握られたままだ。

「零一さんこそ寒いんじゃない?」
「そうだな、かもしれない」
「また、そんな他人事みたいに」

肩にかけてくれたコートにそっと袖を通すと、少しだけ裏地がひんやりと肌に触った。さっきまで、頬が火照るほど暖房の効いた室内にいたのに、今この教会はひんやりとしたままだ。



くしゅん。



しまった、くしゃみをしてしまった。
そう思った次の瞬間、わたしは零一さんの腕に絡め取られてしまっていた。
零一さんはいつもわたしの一挙手一投足に過剰反応する。もうさすがに教師と生徒だった頃の雰囲気ではないけれど、過保護には変わりがない。
そのせいで何度も喧嘩をし、何度も仲直りを繰り返してきた。

零一さんが過保護なのは、彼なりの愛情表現なのだということはよくわかっている。
だけど、時々は反発してみたくなる。
そして、たまには無理を言ってみたくもなる。
特にこんな夜には。




「だから、このまま帰ろうと言っただろう」
「ごめんなさい。だけど、5年ぶりに入ってみたかったの」
「……まあ、いいだろう」
「今は……暖かいわよ」
「そう……か。それはよかった」
「ちゃんと抱きしめていてくれる?」
「もちろん」
「わたしがしわくちゃのおばあちゃんになっても?」
「当然」
「ふーん」
「どうした?」
「なんでもない」

少しだけ冷たい零一さんのスーツに頬を押し付けると、とくとくとくとくと規則正しい音が聞こえる。5年前には想像するだけだった、零一さんの腕の中に今わたしはすっぽりと体全体で納まったままだ。夢の中でこの胸に飛び込むことはあっても、決して現実にはならないと思っていた。
この腕がわたしを抱き寄せることなど、よほどの奇跡が起こらない限り無理だと思っていた。

だけど、あの日この教会で奇跡が起こったのだ。


「零一さん。踊って」
「えっ?」
「昔パーティの最後にワルツが流れてたでしょ。わたし、あれであなたと踊りたかった」
「俺もだ」
「えーっ!」
「そんなに驚くことか」
「驚きますよ、そりゃ。あの頃すっごい冷たかったんだもん」
「それはすまない。だが、あの頃からずっと君を愛していた」
「わたしもです」
「そうか」

零一さんはぎゅっと抱きしめていた腕を緩めると、少し冷たい唇にキスを落とした。そして再び抱きしめた後、腕を緩めるとわたしの腰に手を回した。

「では、桃花。今夜の曲は青き美しきドナウで」
「はい。お手柔らかに」



零一さんは教会に忍び込んで初めて、柔らかな笑顔になった。その眩しい笑顔を抱いて、わたしは頭の中の音楽と零一さんのリードに身を任せた。



クリスマスの夜、またひとつわたしの夢が叶った。

零一さん、大好きよ。
ずっとずっとこれから先ずっと、こうやって二人でワルツを踊りましょう。
そして二人がおじいちゃんとおばあちゃんになっても、お互いを好きでいましょう。


ヤドリギの下じゃないけれど、わたしはあなただけをずっと愛してる。




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