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vintage NO.1



「これは、ワインじゃないか」
「はい、そうですよ。見ての通り、本物です」
「君が自分で買ってきたのか」
「はあ、まあ」

やっぱりね。思ったとおりの反応だ。
さっきまでデートしていた間は機嫌が良さそうだったのに、プレゼントの包みを開いて仰々しい箱からワインが1本出てきたとたん、眉間に3本くっきりと縦ジワが走った。
うっわー、不機嫌そう。言っておきますけど、わたしは飲みませんよ。だって何か悲しくて恋人の誕生日にわざわざお説教されたがるもんですか。それにワインって結構アルコールとしてはきついから、初心者のわたしが飲もうものなら、大変なことになるってくらい想像つきます。いくらなんでも最初は薄い酎ハイか、薄いカクテルくらいにしておきますって。


わたしの表情を読み取ったのか、零一さんは戸惑ったような声を出した。ちょっと睨んじゃったかな。

「あ、いや、桃花。別に俺は怒っているわけではない」
「嘘。その顔は怒ってる顔です。それが証拠に眉間に3本縦ジワが入ってます」
「う……、いや、その、だ」

わたしにびしっと指摘された零一さんは、慌てて眉間に手をやった。そこを撫でたところで急にシワが消えてなくなるわけでもないのにね。

「その……なんだ。これは高かったのではないのか」
「たぶん」

実は何にもわかっていないわたしに業を煮やした瑞希さまが特別にくれたのだ。1975年のシャトーマルゴーとやららしい。いくらくらいするのかネットで調べたら、数万円だったのでもらってしまってごめんなさいと思ってはいるんですよ。ちゃんとバイトしてお返ししたいけど、瑞希さまはきっと受け取ってはくれないだろう。彼女はそういう子だ。


「だろうな」
「知ってるんですか?」
「知っているも何もカンタループに1本あったからな」
「えーっ!」
「落ち着きなさい」

これが落ち着いてなどいられようか。だって、あるんでしょ。じゃあ飲んだこともあるわけだ。なんだ、失敗した。

「で、おいしかったですか?」
「さあ」
「飲んだんでしょ?」
「飲んだが、その時はうまいともまずいともわからなかった。初めての酒でしたたかに酔っ払ったからな」
「何ですか、それ」
「俺の父が益田の父親に預けていったものだ。息子が初めて酒を飲む時に出してやってくれ、なんて言ってな。まったく、キザなことをする」
「ふーん」
「それとまったく同じものが現われたから、少し驚いただけだ」
「でも、受け取ってくれます?」
「ああ、いただこう」


ようやく、零一さんはワインを出す前の優しい顔に戻った。
なるほど、そんなことがあったのか。でも、普段の零一さんの飲みっぷりから察するにそんなに弱い方だとは思えない。このワイン1本一人で空けたって平気そうなのに。

「その時ってこれだけを飲んだんですか?」
「これを益田と半分ずつ飲んだ。その後、ビールを飲んだような気がするが途中から覚えていない。気が付いたら朝だった」
「今と比べ物にならないくらい弱かったんですね」
「どうだかな」
「わたしも一口飲みたいな」
「だめだ」
「えーっ」
「えーっ、じゃない」
「つまんないの」


飲む気満々でキッチンからオープナーとグラスを一つだけ持ってきた零一さんは、わたしの言葉でさっと開けるのを止めてしまった。来年には二十歳なんだし、少しくらいフライングさせてくれたっていいじゃない。ケチ。

「せっかくのヴィンテージだ。来年まで取っておこう」
「なんで?」
「君のアルコールデビューまで置いておくことにする」
「それじゃあ零一さんへのプレゼントになりません」
「懐かしいものをもらった。それで十分だ」
「そんな〜」
「じゃあ、これにしよう」

零一さんは少し拗ねたわたしを抱き寄せて、そっとキスを落とした。
それってわたしからのプレゼントになるんですか?なんだか、逆みたいなんだけど。


ま、いっか。
わたしからもキスのプレゼント。
いいですよね、しちゃいますよ、さあ、零一さん、目を閉じて。
はい、お誕生日プレゼント。



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