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swimin' and



「お誕生日おめでとうございます!!!いいもの持っていきますから楽しみにしててくださいね(^^)」

11月6日の深夜12時01分。携帯メールの着信音が暗い部屋に響き渡った。今日の日記、もとい、行動記録を書き終えて、そろそろ就寝するべく部屋の照明を落としたところだった。
真っ暗な中浮かび上がった文字は、それすらも妙に浮かれ気味で、嬉しい反面嫌な予感も頭をよぎった。だが、最愛の彼女を疑うというのは恥ずべき行為だ。過去、この猜疑心のせいで別れたと言っても過言ではない。ここは素直に桃花の好意を受け取っておくべきだろう。

あ、いけない。
例え非常識な時間のメールであろうとも、きちんと返答するのが大人のたしなみ。
メールを開き、返信を押す。そして、おもむろに次の文章を打ち込んだ。

「わかったから、早く寝なさい。楽しみにしている」

送信完了。



その時はまだ、11月6日に何が起こるのか全く判っていなかった。




午前9時。
休日でも基本的に普段と変わらない俺は、この時間にはもう洗濯と食事を終え、リビングでテレビニュースをつけたまま新聞を読んでいた。深夜、誕生日にいいものを持って行くとメールがあったが、それきり返事がない。まさか、忘れているわけでは。
いや、そんなことはないだろう。2週間も前から誕生日誕生日とひとごとなのにやたらに盛り上がっていたのだから、今更忘れましたとは言わせない。

なんとなくこちらから電話するのも催促しているようで居心地が悪いので、新聞をそのまま読み続け、今2回目に差し掛かったところだ。休日のニュースショーはどこのチャンネルに変えても似たり寄ったりで、特別面白いものでもない。芸能人のゴシップに入ったところで、思わずテレビを消してしまった。



ピンポーン!


やっと来たか。



「どなたですか?」
「わたしです、桃花ですよ」
「少し静かにしなさい。今開ける」
「はーい」

全く、どうしてそう君はこの部屋に来るたびにエントランスではしゃぐのだ。
仕方がない子だ。


「零一さん、早速ですが、じゃじゃーん!プレゼントです。もちろん返品不可、交換もだめです。絶対に受け取らなくっちゃ今日一日不幸になります」
「何だそれは」
「まあまあ」

半ば押し付けられるようにして渡されたものは、商品券のようなもの。べりっと包みを破ると、中からでてきたのは『プール券』だった。何のことだ。

「桃花、これは一体」
「はい、見ての通りプールのただ券です。ちゃんと水着持ってきましたから、今から行きましょ」
「ちょっと待て」
「はい?」
「俺も一緒に行くのか?」
「行かないんですか?まさか、水が怖いとか?泳げないとか?ロボットだから浮かばないとか?なーんてことないですよね」
「誰もそんなことは言っていない」
「じゃあ、水着がないとか?」
「……残念ながら、持っている」
「じゃあ、行きましょうよv」
「しかし」
「あ、やっぱり水が怖いんだ、泳げないんだ。それとも水に浸かると故障するとか?」
「なぜそうなる」
「ねえ、行きましょうよv」
「…………」


昨晩、頭を一瞬よぎったのはこのことだったのだろうか。

断じて言っておくが、俺はかなづちではない。泳ぐことくらい可能だ。だが、ここ10年泳いだことがないだけだ。





そして、不幸なことに目が悪い上に、コンタクトレンズが合わないだけだ。





結局のところ、俺は彼女に弱い。特に見上げながら、目を潤ませられると弱い。それをわかっていて、時々彼女はわざとらしく目を潤ませてみせる。いつもその手には引っかかるまい、そう思うのに、結局最後は聞いてしまうのだから性質(たち)が悪い。





で、結局俺は今どこにいるかというと、新しくできたばかりの温水プールの生ぬるい水の中だ。





何が悲しくて、誕生日にこんなところでぼんやりした視界で立っていなければいけないのか。はなはだ疑問だ。このような視界の悪さでは桃花がどこにいるのかさえ、朧でよくわからない。目立つ水着にしてみました、などと言っていたが、妙に露出度が高いとかいうのではあるまいな。

「零一さん!どう?」
「どう、とは?」
桃花の声に反応して、俺はプールサイドに目を向けた。そこにはおぼろげながら、赤いものが見えた。それがきっと目立つ水着を着た桃花なのだろう。

確かに赤い。目立つ。


まるで、陸(おか)に上がった金魚のようだと言ったらむくれるだろうか。だが、赤い水着だけがくっきりと浮かび上がっているのは事実なのだから、仕方ない。小さくため息をついて、俺は君がいる辺りに目を向けた。


「ねえ、零一さん。わたしのこと見えてる?」
「見えるはずないだろう」
「そっか、やっぱりね」
「当たり前だ。裸眼視力0.1を下回る俺が眼鏡も無しにこの距離ではっきりと見える訳がない」
「そりゃそうだ」

ぼちゃんと大きな水音がして、水面が派手に揺れた。


気が付くと至近距離に君がいた。

「この距離ならはっきり見えるでしょ」
「あ、ああ、そうだな」
「今ね、誰もいないのよ、このプール」
「はぁ?」
「たぶんすぐに人が入ってくるとは思うけど」
「だから?」
「だから、今すぐ零一さんにキスしておこうと思って」
「なっ!」
「はい、プレゼント!」

朧な視界でもはっきりわかるほど、彼女はにっこり笑うと、有無を言わさず俺の唇に自分の唇を重ねてきた。水中だから、彼女が少し体を浮かせば同じ高さになる。いつもよりも簡単に彼女の顔が近づき、2度目のキス。3度目は俺の方から、彼女を抱きしめてキスをした。

こんなところにわざわざ連れてきた罰だ。
だが、この罰は大変に甘く効果がないような気がする。だが、いいのだ。これはこれで。




桃花、これからはプレゼントは素直に渡しなさい。
君からなら例えどんなものだろうと受け止める覚悟はある。その代わり今度の君の誕生日は覚悟しておくんだな。
今から作戦を練っておくことにしようじゃないか。



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