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くれーたーけーき



11月6日は零一さんの30回目のお誕生日。
先生と生徒じゃなくなって、初めてお祝いしてあげられる大切な日。
何をしてあげようか、何をあげようか、10月に入ったくらいから毎日毎日考えて、だけど、結論がでなくて、結局いつもと大して変わらないことになってしまった。

そういえば、この間、カンタループに行った時、マスターさんに「三十路へはやくいらっしゃい♪」なーんて言われて、少し不機嫌な顔をしてたっけ。確かに零一さんが30歳になっちゃうと、10歳に縮まった年の差がまた開くからちょっと淋しいけれど、今年からは堂々と零一さんにお誕生日おめでとうって言える方が嬉しい。



「零一さん、誕生日なんですけど」
「うん、どうする?」
「あのね、まずお買い物に行きたい」
「わかった」

珠ちゃんに教えてもらったスーパーはちょっと遠いから、零一さんに頼んで車を出してもらう。わたしも早く免許を取らなくっちゃ。あ、でも、この車は怖いからちっちゃな軽自動車でいいや。零一さんには少し窮屈かもしれないけど、その時は我慢してもらおう。でも、心配性なこの人は落ち着いてわたしの車に乗ってくれるかしら。


秋の空は高くて透明で、お願いして少し開けてもらった窓からは金木犀の甘く爽やかな香りが舞い込んでくる。
11月って案外暑くもなく寒くもなくて、秋を一番感じられる季節だったんだなーと今更肌で感じる。季節で言うともう晩秋なのだけど、まだまだ空が高くて青くて少しちりっとした空気が澄んでいて、思わず大きく息を吸い込んでしまう。

零一さんはいい季節に生まれたのね。
この人に恋をしてから、わたしは11月初旬のぴりっとした空気感が好きになった。



「その、桃花。今日はどうするつもりだ?」
「とりあえずお買い物して、零一さんちのキッチンを借りてご飯を作りますね」
「ふむ、それから」
「今10時過ぎだから、お昼ご飯を作って、小さいケーキを作って、お休みしたら夕飯を作って今日は終了です」
「それは楽しみだな」
「あ、でも、あんまり期待しすぎないでくれます?」
「では、盛大に期待しようか」
「やだなー、もう」


卒業式の後、付き合うようになってわかったこと。
零一さんは大きな声をあげて笑うことは少ないけど、笑った顔が結構かわいい。きりっと上がった目尻が少しだけまっすぐになって、目の色が柔らかくなるってことがわかった。
学生の頃は表情のない、それこそロボットみたいな顔だと思っていたのに、よくよくそばで見てみるとかなり感情が顔を出ている。ちゃんと怒っている時は怒った顔だし、嬉しい時は嬉しそうな顔をしている。

「なんだか、別人みたいですよね」
「ん?何がだ?」
「零一さん」
「どこが?」
「うーん、なんというか、そうだな。結構無表情じゃないんだなって」
「それはそうだろう。俺だって噂に違わずロボットだ、なんてことはない」
「知ってました?」
「当然。アンドロイドだの、ロボットだの、宇宙人だの、サイボーグだの、君達は言いたい放題だった」
「あはははっ」
「だが、君と出会って俺は変わった」
「そうなんですか?」
「ああ、人生は楽しいものだと気が付いた。そういう点では君は見習うに値するな。さあ、ついたぞ」
「はーい」








お昼はケーキもあるから、簡単にパスタにしよう。夕飯は零一さんの好きなクリームシチュー。一人で大丈夫と言ったのに、零一さんは手伝うと言ってきかない。これじゃあ、誕生日のプレゼントになりません、と言ったらやっとリビングに引っ込んでくれた。だけど、なんだかそわそわしてるから、パスタをお願いして、わたしはケーキに専念することにした。

学生時代、好きな食べ物は、なーんて質問したら、「ライ麦パン、セロリ、チーズ……」とまるで何かの成分表のようなことを言い出したから驚いた。そんな食事をしている人のキッチンってどんなだろうと思っていたら、案外普通でちょっと安心したものだ。鍋もやかんも炊飯器も何にもないんじゃないかと思ったけれど、数は少ないけど必要なものはちゃんとあった。

だけど、後から聞いたらやっぱりわたしが部屋に行く前は何もなかったらしい。
マスターさんがこっそり笑いながら教えてくれた。何でも、あの部屋にはお母さんの置き土産のオーブンレンジくらいしか調理器具がなかったそうだから。


それが、今や、隣でぐつぐつ揺れるパスタの鍋をかき回しているんだから、不思議なもの。

「桃花、たぶんOKだ」
「じゃあ、フライパンにサーディンをオイルごと入れちゃってください」
「了解した」

ざっと流しのざるにパスタを空けて、フライパンにオイルサーディンをオイルごと入れて火に掛ける。その間にもわたしは家から持ってきたハンドミキサーで生クリームを泡立てるのに忙しい。スポンジは冷ましておかなくちゃいけないから、昨日のうちに焼いてある。パスタを茹でてもらってる間に高さを半分に切り、これも昨日作っておいたキルシュ入りのシロップを含ませる。
後は生クリームに角が立ったら、デコレーションにかかるだけ。
そして、フライパンからはサーディンのいい匂い。横から少しだけにんにくを足して、おしょうゆを垂らして香りがたったところで、パスタを投入。ざっとかきまぜて、パセリをふりかけてできあがり。ああ、でもちょっと簡単すぎかも。


「いい香りだ」
「はい」
「サラダにレタスでもちぎろう。ドレッシングがあったはず」
「じゃあ、クリームを塗っちゃいますから、食卓お願いできますか?」
「わかった」

あまり甘いもの、クリームたっぷりでは彼には拷問に近いかも。だから、泡立てたクリームを間に薄くはさんで、全体をうっすらと覆うだけのシンプルなケーキ。だけど、上にはちゃんとろうそくとさっき昨日買ってきた『Happy Birthday』のプレートを乗せる。

うん、おいしそう。

例え15センチでもきっと二人で食べるには多いはず。
だから、今からバースデイパーティを始めましょう。


「零一さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。しかし、このろうそくの数は……」
「きっちり30本立てましたから、がんばって一気に吹き消してくださいね」
「うむ、努力しよう」


たぶん、このろうそくを抜いたら、ケーキはまるで月の表面のようにぼこぼこの穴だらけなんだろうと思う。
だけど、今年はちゃんと立てたかったの。来年からは手加減して減らしてあげるけど、今年だけはわがままを許してくださいね。


さてと、パスタの後は穴だらけのケーキを一緒に食べましょう。
柔らかに笑うあなたの隣にいられることに感謝しなくちゃ。
それから、これからもずっとずっと隣で一緒にいられるように、秋の神様にお願いしなくちゃ。

あ、でも11月って神無月だったっけ。
もし一人くらい残ってたらお願い聞いてくださいね。



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