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First Cocktail はあなたと



「一つ質問がある」
「はいな、どうした?」
「コホン、カクテルというのは簡単に作れるものか?」
「はぁ!?」
「声が大きい」
「どしたん?零一。熱でもあるのか?」
「熱などない。ただ……」
「ただ……どした?」
「桃花が……」
「桃花ちゃんが?」
「酒を飲みたいらしい」
「いいじゃん別に、飲めば」









どういう風の吹き回しか、零一がオレにカクテルの(それもうーんとアルコール度数が低くて甘いのを)作り方を教えてくれとやってきた。
週末の夜ということもあって、まだ比較的店内に人の多い時間だった。だけどあまりに面白いことを奴が言い出すからついつい大声をあげちまった。そしたら零一の奴、誰も見てないってのに挙動不審に周りを見回したかと思うと、ぼっと顔を赤らめやがった。

ったく、30過ぎた男のする表情かよ。
普段鉄面皮な奴がふいにそんな顔するとなんともまあ、頭ぐりぐりやりたくなっちまうじゃねーか。そんでもってもっとからかってやりたくなるってもんよ。ねえ、そこの君もそう思うだろ?
と、まあそれは置いといてと。





「で、何?レシピ教えて欲しいわけ?」
「いや、その、あれだ」
「何だよ、ハッキリ言わなきゃわかんない」
「オリジナル……というのはすぐに作れるのか?」
「なーに言い出すかと思ったら」
「ああ、すまない。前言撤回だ、忘れてくれ」
「で、どんなのを作りたいんだ、零一」
「甘くて軽くてアルコールが低いが、ジュースではない。できれば見た目も美しいほうが望ましい」
「ふーん」
「やっぱりやめだ。何か適当なレシピで作ってくれ」
「やだ」
「何?」
「だから、やだっつったの。桃花ちゃんのファーストカクテルはお前が考えて作ってやれ。絶対喜ぶから。もし万が一変な味だったとしても、だ。判ったら明日から特訓だ!」
「とっくん?」
「ああ、シェイカーのカッコいい振り方とか」
「なんだそれは」





結局奴は律儀に2学期終了前の1週間を、オレの店で過ごすことになった。せっかくだから店で使ってる従業員揃いのエプロンをつけさせて、カウンターの隅っこに立たせてみたが、いやこれがまた目立つ目立つ。オレみたいにラフに着崩したりせずに、白くて糊のパリっと利いたワイシャツに地味なネクタイを締めて、下はただのダークグレーのスラックス。その腰にはオレが貸してやった黒いギャルソンエプロンを居心地悪そうに巻きつけてやがる。

後でこっそり写真撮っとこうっと。
こんな珍しい姿めった見られるもんじゃなし。



「益田。とりあえずどうすればいいのだ」
「じゃあ、後ろの棚からお前がこれにしようって思ったアルコールを1本抜く」
「何でもいいのか?」
「何でもいいぜ。まあ甘めがいいならやっぱリキュール系かなー」
「ふむ、わかった」

普段奴は『ジントニック』専門で、時折ビールや『マティーニ』を飲むこともある。奴の自宅に行けば、飲んでるのか飲んでないのか知らないが、スピリッツも2、3本は常備してある。さてさてそんな零一くんは桃花ちゃんのために何を選ぶのかなー、お兄さんは楽しみだ。

「この辺はどうだ」


しばらく棚の中のビンを試すがめつ眺めたり手にとってみたりしていたが、おもむろに取出してきたのは『コアントロー』『カルヴァドス』そして『グランマニエ』だった。まあ正確に言えば『コアントロー』と『グランマニエ』はリキュールだけど『カルヴァドス』はブランデーだ。その上結構アルコール度数としてはきつい方だ。
なるほど、そう来たか。


「じゃあ次。これをベースに何を混ぜる?」
「ふむ。その前に一口ずつ口に含んでみてもいいか?」
「ああ、いいぜ」
「すまん」


3枚の小皿に数滴落とすと、零一はやけに神妙な顔をしてべろりと舐めた。オレは絶対そのままなんて飲まないけど、職業柄試飲することもある。一応はここの酒は益田酒店から仕入れてるから、銘柄はお墨付きだ。大抵こう言う種類の酒は飲み物のアクセントとして数滴垂らす方が多い。カクテルのベースとしても結構種類はあるし、メジャーなレシピもあるけど、ウチではあまりこの辺をメインにしたカクテルの要望って少ないんだよな、なぜか。


「これにする」

そう言って零一が指し示したのは『グランマニエ』。オレンジの香り高いリキュールの一つだ。

「なんでそれなんだよ」
「コホン、以前彼女にもらったチョコレートの香りと似ているから、だ」
「へー、そんなうまそうなもんもらったんならオレにも分けてくれよ」
「絶対に断る!」
「で、うまかったか?」
「ああ、そう甘ったるくなく美味だったように記憶している」
「なーるほど。うんじゃグランマニエベースで決まりな。じゃあ、次。何混ぜる?」
「よくわからないが、そうだな。やはり何かフレッシュジュースが合いそうだ」
「オレンジジュースに混ぜるだけでも結構うまいぜ」
「なるほど、試してみよう」




そして零一は週末益田酒店にて『グランマニエ』を1本お買い上げ。その上、オレの行きつけの道具屋でシェイカーだのグラスだのグッズを買い込んだらしい。らしいってのは本人は何も言わないだけで、部屋に上がり込んだらいつのまにかグッズが増えてたから。

まったくおもしれー奴だぜ、お前って奴は。
研究熱心というか、凝り性というか。




で、その研究の成果として結局零一が作ったのはグランマニエとオレンジジュースをシェイクして、そこにソーダ水を入れただけの実にシンプルなものだった。だけど、グラスに注いだところでブラッドオレンジジュースを上から少し注いだから、赤からオレンジへの綺麗なグラデーションになってた。それぞれの分量は秘密、なんだそうだ。
ついでに名前も秘密、らしい。味の方はまあ、そうだな、甘い甘いアルコールの入ったジュースってとこかな。
いや、うまかったよ、マジで。ちょっとオレや零一には甘すぎるとは思うけど。








で、バーテンダーデビューの日。
いつもなら桃花ちゃんをエスコート(って言うよりボディガードの方がしっくりくるけど)して来るけれど、今夜はこの店で待ち合わせらしい。奴だけ例のクリスマスパーティをサボって開店前からやってきて最後の練習を1回だけして、後は神妙な顔付きでステージのピアノの前に座り込んでいた。

大丈夫だって。
彼女はちゃんと飲んでくれるさ。
あれだけ練習したし、考えたんだから。



さーて、お姫様の反応や如何に。



ここからはからかうのは止めて遠くからそっと見守っておくことにしよう。それが悪友の務めってもんだ。

「桃花ちゃん、今夜は零一からとっておきのプレゼントがあるからね」
「零一さんはもう来てます?」
「ああ、そこに突っ立ってるよ」

オレの指差す方向に目をやった彼女は、信じられないと言った顔でマジマジと零一を見つめている。そりゃそうだ、バーテンダーよろしく黒いCantaloupe特製エプロンを着けて、白いワイシャツもいつもと違ってノータイで2つ3つ胸元開けてるし、大体今日手にしてるのはシェイカーだもんな。マジマジと見つめられて零一もまた、困ったような顔をして少しだけ顔を背けてしまった。ばーか、何やってんだよ。

「どうしたんですか?何かの罰ゲームですか?」
「あははっ、それいいや。今度使わせてもらおっと。そうじゃなくて、あれが零一からのプレゼント。返品は不可っていいたいところだけど、1回限りOKにしとくよ」
「プレゼント……ですか?」
「そうだ、君が初めて口にする酒は俺が作る」
「もしかしてカクテル作ってくれるんですか?」
「そうだ、1週間考えてきた」
「嬉しい」
「少し待っていなさい」

そう告げると、1週間で随分慣れた手つきでシェイカーに分量を正確に計って入れていく。そして、一つ息を吐き出すと大きく腕を上げて振り始めた。
お、中々にいい感じ。それなりに見えるぜ、零一。

そんな零一の姿に桃花ちゃんはただただ目を見張るばかり。まあ、付き合いだして何年だっけ、2年だったかな、その前の3年間でもこんなの見たことないやな。オレだってこの1週間見たことがあるだけで、本番は今日初めて見たんだし。


で、シェイカーから細長いロンググラスに出来上がったカクテルを静に注いで、最後の仕上げに1センチくらいブラッドオレンジジュースを注いで、グラデーションになり始めたところで、飾り切したオレンジを縁に引っ掛けてできあがり。こぼさないようにそーっと桃花ちゃんの前に置くと零一は彼女に小さく頷いてみせた。
大切な宝物でも持つようにグラスを手に取るとしばらく彼女は見つめていた。
大丈夫、味はオレが保証するからとりあえず一口飲んでみ。

「いただきます」
「ああ」


素っ気ない返事をしてても、きっと奴の心臓はばくばくだぜ、今。
ごくりと一口飲んで、彼女は零一の方を見た。

「すごくおいしいです、零一さん。がんばったんですね、100点あげます」
「そうか……それはよかった」
「ところで、このカクテルって名前あるんですか?」
「後で君だけに教える」
「えー、オレには教えてくんないの?ケチ」
「お前になんか言わない。これは俺の今の気持ちだからな」


ちぇっ、恩を仇で返す奴め。

「益田、そのかわりと言っては何だが」
「なんだよー、けちけち大魔王の零一くん」
「次回来店時には3曲弾くことにする。では桃花、それを飲んだら帰ろう。続きは俺の家で」
「はい」



まーったく、またうまく丸め込まれた気がする。
でもまあ、零一と桃花ちゃんの楽しそうな顔が見れただけでもいいとするか。
あー、オレってなんていい人なんだろお。





いいもんねー、レシピ知ってるから今度これはって女の子に『オレの気持ち』っつって出すもんね。

うんじゃ、幸せなお二人さんに、Merry Christmas!



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