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somebody loves you















去年はカレーライスだった。今年もきっとカレーライスだろう。








「零一くん、この週末誕生日だし、またご飯作ったげるよ」

おととい紗和が満面の笑みを浮かべて俺の元にやってきた。生徒会は来週の学園祭で終わりになる。次のメンバーはもう選挙で選ばれており、放課後合間を縫って次期生徒会メンバーに引き継ぎを行う毎日がこのところ続いている。もちろん、その間には現生徒会最後の出し物、もとい、学園演劇の練習までこなさなければならず、正直あまり二人の時間が取れなくなっていた。

紗和の申し出は非常に嬉しい。しかし、間が悪いことに週末は両親が久しぶりに帰宅する予定なのだ。あの騒々しい二人にはまだ紗和のことは一言も漏らしていない。もし話そうものならきっとあの親達は大騒ぎするはずだ。

「その申し出は非常にありがたい。だがその日は……」
「じゃあ10時に零一くんちに集合ね。一緒にお買い物にも行こうね!」
「紗和、その…最後まで……」
「カレー以外にもちゃんと作れるから安心して。去年とは違うもの食べさせてあげるから。じゃあ、わたしクラスの方見てくる」
「紗和……!」

言うだけ言うと廊下をぱたぱたと走っていってしまった。
そして一人取り残された俺は、長い長いため息をついた。

「零一、おふくろさんとおやじさん帰ってくるんだって?」
「なぜお前が知っている?」
「なぜってそりゃお前……あーごめんクラス展示の手伝いに呼ばれてたんだ、ごめんまた後でなっ!じゃっ!!」
「こら、益田っ!」

何か知っている。
絶対あいつは何か知っている。


誕生日を紗和に祝ってもらうことは、正直とても嬉しいと思う。だが、あの両親に彼女を紹介するのは時期尚早と言うものだ。つまり、つまりだ。端的に言えばまだ会わせたくないというのが本音だったりするのだ。

別に紗和自身に恥ずかしいところとか、みっともないところなんて微塵もない、と少なくとも俺は思う。恥ずかしいのはあの2人の方だ。いつもいつも人前だろうとなんだろうとべたべたとくっついて、揃って帰国したときは俺にまでくっついて離れない。いつもばらばらに生活してるんだから、それくらいいいじゃないのと母は言う。しかし、俺だってもうすぐ18歳になるんだ、小さな子供じゃない。母親に抱きしめられて何が嬉しいものか。
去年もその前も結局誕生日には帰国すると言っておいて、帰ってこなかった。まあ、去年は紗和と一緒だったから却って好都合ではあったが。

そうだ、今年だって結局帰ってこないかもしれないじゃないか。
そうだよ、そうだ、その可能性だって捨てきれない。
急なスケジュール変更なんてあの二人にとっては取るに足らないことなんだから。






両親が帰国するかしないか、はっきりしないまま忙しい日々が過ぎ、とうとう俺の誕生日になった。
今日の予定は朝10時に紗和が家に来ること、そして一緒に買い物に行って昼ごはんを一緒に作って食べる。それから夕方まで一緒に過ごす。久しぶりに二人でゆっくり過ごせる貴重な一日だ。今日だけは携帯は切って静かに過ごすことにしよう。

どきどきしながら、部屋を掃除して洗濯を済ませて落ち着くためにコーヒーを1杯。




「おはよ、零一くん」
「おはよう。とりあえず入って」
「うん」

まずはリビングでお茶でも。と、その前に携帯の電源は落としておこう、邪魔が入るといけない。そう思った俺はシャツのポケットから携帯を取り出して電源に指を落とそうとした、その瞬間、盛大に着信音が鳴り響いた。

「零一くん、鳴ってるよ。出ないの?」
「あ、ああ、そうだな」

母だ。

「もしもし?」
「あー、零ちゃん!よかった〜、今ね〜はばたき駅まで来てるの、もちろん健一さんも一緒よ。久しぶりに電車なんて乗っちゃったわ。今からタクシー拾って帰るから待っててね、零ちゃんv」
「お母さん、今から来るんですか?」
「そーよー、いとしの一人息子の誕生日だもん、全部キャンセルして帰ってきちゃったv」
「しかし……」
「じゃあね〜」

ぶちっ!!

言いたいことを言いたいだけ言って勝手に切れた。あの人はいつも人の話を最後まで聞かない。
はばたき駅からなら、道が空いていればタクシーでほんの10分かそこらだ。
少し憂鬱になってきた。


「ねえ、もしかしてお母さんだったの?」
「ああ、今帰ったと言っていた」
「そっか、じゃあさわたし帰ろうか?」
「どうして?」
「だって、めったに会わないご両親なんでしょ。親子でお祝いする方がいいよ、今日は。わたしのことは気にしなくていいから、ね」
「いや、俺は……紗和に祝ってもらう方がいい」
だめだよ!
「えっ?でも……」
「だめだめ、絶対にだめ。零一くんのご両親はちゃーんと生きてるけど、毎年こうやって誕生日に帰ってきてくれるとは限らないでしょ。わたしだったら、零一くんさえ迷惑でなければ毎年毎年お祝いしてあげらるし、いつも一緒にいてあげられる。だけど、ご両親はそうはいかないじゃない。ね、そうでしょ?何か間違ったこと言った?」
「いや、しかし……」
「もう!零一くんはご両親に会えて嬉しくないの?迷惑だとか思ってる?もし、嬉しくないなんて言ったらわたし、本気で怒るわよ」
「い、いや、嬉しくないことはない…たぶん、きっと嬉しいんじゃないか、な」
「じゃあ、いいじゃない。今日はご両親と一緒。わたしはまた今度」

いつになく紗和は喧嘩腰だ。こんなのは初めて見たかもしれない。他人事なのに、まるで自分のことのように真剣になる紗和。そんな君だから俺は好きになったのかもしれない。どんな時でも一生懸命全力で人と関わろうとする、彼女。そして、他人事を他人事にしたままにしない、彼女。

「紗和、今日はごめん」
「何謝ることがあるの?」
「いや、だってその……」
「いいから気にしないで。じゃあわたし帰るね。もしできたら夜にでも電話してくれると嬉しいな」
「ああ、約束する」
「じゃあね」

で、玄関のドアを開けたところで派手な音が聞こえた。

まさ……か?



いったーいっ!
「零一、ただいま」
「「あ……っ!」」

そう、両親だ。最初のは母、その次は父の声だ。
零ちゃーん、会いたかったわ〜!
うわ〜!

いきなり突進してきた母を受け止めるのに精一杯で、父が紗和の肩を抱くのを制止できなかった。不覚だ。

「やあ、お嬢さん。もしかして君は零一のsweet darlingなのかな?」
「は?あ、あの……もしかしてお父様ですか?」
「うんそうなんだ。僕は氷室健一と言います。周りからはケニーって呼ばれてますから、お嬢さんもよかったらそう呼んでくれると嬉しいな。で、君は零一の恋人?」
「お父さん、お母さんを引き取ってください!」
「まあまあ、たまにはいいじゃないか」
よくありませんっ!
「ふぅ、仕方ないな。ハニー、こっちにおいで。零一は恋人にハグしてもらう方がいいみたいだよ。君は僕が抱きとめてあげるから」
「「……!」」


なんてこった。
紗和がびっくりしているじゃないか。
しかも、俺たちの前で抱き合ってキスなんてしてる場合か。



「で、零ちゃん、この子は?」
「ご挨拶が遅くなりました。山口紗和と申します。学校では何かとお世話になっております」
「山口さんって言うの?可愛いわね。もしかして彼女なの?」
「そうですよ。何か文句でもあるんですか?」
「「ないない」」
「じゃあ、これでわたしは失礼します」
「えー、帰っちゃうの?一緒に遊びましょうよ、紗和ちゃん。こんな仏頂面さげた息子よりあなたみたいなかわいい子と遊びたいのよ〜v」
「いい加減にしてください、お母さん」
「いいじゃないのぉ。ねえ、健一さんも遊びたいでしょ」
「そうだねぇ。お嬢さん、もしお急ぎでなければこれから一緒に昼食でもいかがです?」
「零一くん、どうしよう?」
「ね、零ちゃんも一緒にご飯たべましょうよ。ねv」
「仕方ない……今回だけは付き合いましょう」





せっかく紗和が気を遣ってくれたのに、結局4人でお昼ご飯になった。こんなことなら、携帯なんて無視して出なきゃよかった。それでもって、さっさと二人だけで出かければよかった。二人で作るご飯もいいけど、どこかで食事をしたってよかったんだ。そのくらいの小遣いは俺にだってある。

日本が久しぶりの二人からのリクエストで近所の寿司屋だ。その間予想はしていたが、根掘り葉掘り二人のことを聞かれ、その度に紗和が少し困ったような顔をして俺を見上げ,、差し障りのないことだけをぼつぼつと話す。

紗和はこの状況をどう思っているのだろう。
ちらちらと隣に座る彼女の横顔を盗み見るけれど、とりあえず笑っているだけで真意はわからない。
もしこれで距離ができたら、あなたたちの所為だからな。

「ねえ、紗和ちゃん。この子のどこが気に入ったの?」
「えっと、あの」
「真面目一方で面白みがないでしょ、その上融通利かないし、正論ばっかりだし、素直じゃないし。いいのはまあかろうじて健一さん似の顔くらいだし。この子じゃなくても紗和ちゃんなんかモテそうなのにもったいないなーと思うのよね、わたし」
「……そんなことありません。むしろ零一くんはわたしにはもったいないです」
「そーお?」
「はい。それに……」
「それに……何?」
「人を好きになるのに理由なんて要らないんじゃないでしょうか。まだ17年しか生きてませんけど、わたしはそう思います」
「紗和……」
「お母様はそう思いませんか?」
「そうね、そうかもしれない。あなたの言う通りかもしれないわね」


母は少しだけしんみりした顔をした。そしてそんな母の肩を父の長い腕が包み込んだ。
いつもいつもただいちゃいちゃくっついているだけだと思っていた両親が初めて見せた顔だった。俺と紗和はとりあえずどう反応していいのかわからないまま、最後のお茶をすするばかりだ。

「紗和ちゃん、これからも零一のことよろしくお願いしますね」
「えっと、あの、いえ、こちらこそよろしくお願いします」




「僕たちはいつも肝心な時に零一のそばにいてやれた試しがない。だからたまに会ってもどう表現していいのかわからなくて、実際戸惑ってしまうことが多くてね」
「……」
「だからね、益田くんから零一に彼女ができたって聞いてすっごく嬉しかったのよ」
「益田から聞いたんですか?」
「あ、ああ、うん、その、なんだ、まあ色々あるんだ」
「益田くんがね、自分のことみたいに嬉しそうに話してくれたの。零一にいい彼女ができたんだって」
「な……!」

紗和と二人、思わず顔を見合わせてしまった。益田の奴、また余計なことを。月曜日に捕まえて余計なことを言うなと釘を刺しておかねばならないな。





「零一、誕生日おめでとう」
「零ちゃん、おめでとう」
「零一くん、お誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう……」

まるで3人でタイミングを計ったかのように、言葉をかけられかなり戸惑ってしまった。でも、それでもこうやって改めて誕生日を祝ってもらうことはやはり嬉しい。
嬉しいと思う気持ちをうまく表現できたかどうかはかなり怪しいものがあるが、それでもこういうのも悪くない。



「じゃあ、わたしたちは帰るわね」
「では、今度は君たちの結婚式にでも帰国しようかな」
「「はぁ!?」」
「はははっ、半分は冗談、半分は本気さ」
「じゃあね〜、紗和ちゃん。またね〜!」
「あ、はい、また……はい、また遊びましょう、お母さんっ!」
「やっだ〜、美雪さんって呼んでよv」
「はぁ」



慌しく帰国して、また騒々しく仕事へと戻っていく両親。
もう少しゆっくりしていけばいいのに、世界はまだまだあの二人を開放しそうにない。俺は音楽を嫌ってはいないが、あの姿を見ているととてもじゃないが向いていないと思う。

なぜなら、好きな人と長時間離れているなんて無理だと思うから。


「零一くん、よかったね。わたしも嬉しかったわ」
「そうなのか?」
「うん。だってあんまり顔に出てなかったけど零一くん声が楽しそうだったもの」
「かも知れないな」
「じゃあ、そんな零一くんにとっておきのプレゼント」

そういうと、彼女は少し背伸びして俺の頬にそっとキスをしてくれた。



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