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ふたりがそこにいる不思議



君が初めて俺にチョコレートを持ってきたのは、確か高校1年の時だった。
その時はとりあえずいつもの言葉をいつものように告げて、チョコ受付箱行きを命じた。
そのチョコはどういうわけか、当然のような顔をして放課後俺のデスクの上に乗っていた割り当ての数個のチョコに混じっていた。

次の年、それでもめげずにまた君は俺にチョコを持ってきた。
かなり揺れ動いた…正直な話例外を設けてもいいと少しだけ思ったが、それでも記名してチョコ受付箱行きを命じた。
その時のチョコは自らの手で箱から取り出し、自分のかばんに入れて持ちかえった。

最後の年、自由登校になっていたにも関わらず君は高校生活最後のチョコを持ってきた。
人気(ひとけ)の無い冷たい廊下で、ついに直接受取ってしまった。もう少し喜ぶだろうと過信していたが、案に反して君はそのまま手をぎゅっと握り締めて走り去ってしまった。受取ったときに俺を見上げた瞳が少しだけ揺れていた。


しんしんと冷える寒い廊下を駆けていく彼女の後姿を見つめながら、もうこうなったら自分の気持ちを自覚せざるを得ないことを悟った。
そして、そのまま彼女を追いかけてこの腕に閉じ込めたい、そういう衝動を持ったがかろうじて学校内であることを思い出して踏みとどまったのだ。



「桃花?」
「はい?」
「これを君に」
「なんですか?」
「今日はホワイトデーとやらだろう。先月のお返しだ」
「ありがとうございます」
「大したものではない」
「でもわたし、零一さんからもらうものはどんな物だってすごく嬉しいんですよ。例えそれが道端の小石でもね」
「何だそれは」
「例えば、の話ですよ。今開けてもいいですか?」
「ああ、構わない」


今年君に贈ったのは小さなダイヤモンドのついた華奢な指輪だ。昨年はキーホルダーとともにここの合鍵を渡した。まだ彼女は学生で卒業までは2年余りあるのだが、それでも今年君に渡しておきたかったのだ。

「零一さん……これって」
「ああ、指輪だ。貸してみなさい」

ぼんやりしている彼女の手から指輪を取り、左の薬指にそっとはめる。
白く細い指に、その小さな輝きは予想以上によく映える。
そんな君の左手をそっと包み込みながら、先月来考えていたセリフを口にした。

「いずれ俺と結婚してくれると嬉しい」
「いずれ……ですか?」
「ああ、君がきちんと卒業したらその時に改めてプロポーズしたい。それまでの予約だ。もちろんこれは全て俺の独断だから、君が嫌ならそれはそれで……」
「嫌じゃありませんっ!どうしてそんなこと言うんですか?わたしが断るわけないでしょうっ!」
「そ、そう……なのか?」
「はいっ!今すぐにでもわたしをこのまま束縛しちゃってください。だって、それが高校生の頃からのたった一つの望みなんですもの」
「そうか、わかった。ではそうしよう。コホン、桃花、結婚してくれるか?」
「もちろん」

今すぐ束縛して欲しい……、そう言った彼女を丸ごと抱きしめて口付けた。
きらきらした瞳で俺を見上げて、にっこりと微笑む大切な君を失わないように、強く強く。



決して君を幸せにする自信がないわけではない。
しかし、君に対してはいつもどういうわけか少々消極的な態度になってしまう。
それはきっとあまりにも君を愛しすぎているからなのだろう。

いつか君を失う時のことを考えると、今の俺はとうてい正気では生きていけないだろうから。
欲しいものを手に入れてなお、失うことを想定して失うまいと必死にあがく。
人を心から愛するとはこんなにも楽しくまた苦しいのもだったのか。

きっと桃花に出会わなければ一生気付くことのない感情だったはずだ。
君には感謝してもし足りないくらいだ。
こんな感情を俺に芽生えさせてくれた、大切な君。


「桃花、ありがとう」
「突然どうしたんですか?」
「いや、何でもない。ただ君に感謝しているんだ」

訳がわからずにきょとんとしている君を再び強く抱きしめて、その甘い香りのする頬に手をやり、ほんのりと赤い唇に長い長い口付けを贈る。
この幸せな時間を与えてくれた君に。
そして、この甘美な苦しみを与えてくれた君に。

愛しているという言葉ではとても足りないが、他に言葉を知らないから何度でも言おう。
だから聞き飽きたなどと言う哀しい言葉は言わないでほしい。



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