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ヴァレンタインの想い



そう言えば、高校時代は毎年チョコをあげるために早起きして。
そして学校に持っていって先生に渡しては、撃沈。
それが2年続いて、ダメもとで渡した最後のチョコを受取ってくれた時、わたしはこっそりお手洗いで顔を洗った。
だって、思い掛けなくて嬉しくて涙が出ちゃったんだもの。
あの時の水道の水はとってもとっても冷たかったな。
なのに今思い出しても、頬を伝った涙の暖かさだけ覚えてるなんて。
ハッピーエンドのおかげ…かな。


「桃花?」
「はい?」
「あ、いや、泣いているように見えたから」
「泣かすようなことしました?零一さん」
「断じてない」
「じゃあ目の錯覚ですよ」
「本当に?」
「ええ、本当に。だって幸せだなーって思ってたところだったんだもの、涙が見えてもそれは哀しい涙じゃないですから、安心して」
「そうか、幸せな涙もあるのか」
「あるんですよ」
「でも、泣くんじゃない。どんな涙でも不安になるから」
「わかりました」

零一さんはわたしが少しでも不安そうな顔を見せると、すぐに過剰反応する癖がある。それはわたしへの愛情なのだとわかっていても、少々過保護なのではと思うこともあった。今は過保護というよりは、彼自身が淋しがりやだから、敏感に察知するだけだってわかったから、さっきみたいにさらりと交わせるようになった。

あなたに初めてチョコを手渡してからもう5年。
卒業を期に付き合い始めてから早や2年。
今年もバレンタインの季節が巡ってきた。




「零一さん、今年のチョコです」
「ああ、そんな季節だったな。いつもありがとう」
「学校では貰わないんですか?」
「そうだな、君からもらって以来ないな」
「ふーん、そうなんだ」
「ああ、初めてのチョコレートは少しいびつだったが3年目はかなり見た目もよくなっていた」
「えっ?」
「あ、いや、その……あれだ、無理矢理持たさ……」
「……嬉しい」
「桃花……、泣くな。俺が困る」
「でも…、でも、すごく嬉しくて……」

わたしの瞳から突然溢れ出した涙の粒に驚いた零一さんは、少しおろおろとして手を上げたり下げたり落ちつかない。でも哀しいんじゃないんですよ、逆なの。受取ってもらってないと思っていたチョコレートがちゃんとあなたのそばに辿り着いていたってわかったから。
さっきあげたばかりのチョコレートの小さな包みをそっとテーブルの上に置くと、あなたは小さく微笑んでわたしの肩を抱いてくれた。セーターの柔らかな肌触りとあなたのぬくもりに包まれて今はこんなにも幸せなのよ、わたし。このままずっとずっとあなたの腕の中にいさせてくれるなら、それ以上の幸福はない。あなたも同じように感じてくれていたら、それがわたしの喜び。

「零一さん……大好き」
「好き……だった。あの頃から本当はずっと。だが認めてはいけないと自制していた」
「わたしも…好きでした。だから毎年受取ってもらえなくてもチョコを渡しに行っていました」
「今はもう自制しない。君だけを愛している」
「わたしも愛してます、何度生れ変わっても何度別れてもきっとあなたを見つけてあなたに恋をすると思います。」
「俺もだ。どんな姿になっていようときっと君を見つけるだろう。そして好きになるだろう。」

わたしを抱きしめる腕が強くなり、あなたの胸にもたれかかる形になる。それでもなんとか体勢を立て直して、やっと届いたあなたの首筋にいつもより長いキスをした。唇を離すとそこにはうっすらと跡が残ったけれど、明日には消えるはず。




「わたしね、こんな日が来るなんて思ってなかったの」
「それはお互い様なのではないのか?」
「そうなんですかね」
「ああ、俺の方こそありえないことだと思っていたからな」
「ねえ、今更聞いてもいいですか?」
「なんだ?」

ずーっと聞きたかったことだけど、聞けなかったこと。
今更だけど、やっぱり聞きたい。
あなたの腕に抱かれている今だからこそ、聞けること。

「零一さんは……わたしにチョコレートを渡されて嬉しかったですか?」

何を聞かれると思っていたのか、ふいを突かれたような少し驚いたような顔をしてわたしを見る。でもね、ずっと聞きたかったんですよ、わたし。もしかして本当は迷惑だったんじゃないかって思ってたから。だからここはあえて答えを促すようにわたしもあなたの顔をじっと見つめ返す。と、その内口元に微笑みが広がってそのままわたしの額に優しいキスが降りてきた。

「最初から嬉しかった……と思う。しかし、1年目は戸惑っていた。2年目はもっと困惑した。3年目は……あきらめた」
「あきらめた?」
「ああ、自分の感情を認めざるを得ないとあきらめたのだ」
「そういう意味ですか」
「そして、後2週間だと思ったのだ」
「わたしも後2週間だって思いました、あの時」
「そうか、同じか」
「ええ、おんなじ」

わたし達はあの日チョコレートを介して同じことを感じて、同じことを考えていたらしい。
でも結局わたし達は今こうやって寄り添いあって昔のことを懐かしんでいる。
これからもこうやって二人で同じ時間を過ごせますよね。
そうして幸せな時を刻んで行きましょうね。

「零一さん、愛してます」
「ありがとう、桃花。俺も愛している」



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