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チョコまっしぐら



バレンタインのチョコレートは職員室の通称『チョコ受付箱』に直行。

そんなこと何も知らなかったわたしは、感謝の気持ち40%と恋心60%を絶妙にブレンドして作ったチョコレートを氷室先生に差し出した。そうしたら先生は一瞬片方の眉毛を器用に持ち上げて、すこーし眉間にしわを寄せて「それは職員室のチョコ受付箱にクラスと名前を明記して入れておくように」って言ったんだった。
あの時は本気でなんてひどいんだろうって思ったし、実際トイレに駈けこんで少しだけ泣いた。
でも、後から奈津実ちゃんや珠ちゃんに言ったら、相手が悪かったんだよって慰めてくれたっけ。よくよく聞いてみると、他の男性教諭ならとりあえずその場は黙って受取ってくれるらしい。例えその後受取ったチョコレートが『チョコ受付箱』に直行する運命だったとしても、だ。その点氷室先生は新任で赴任してきた時から絶対に受取らないので有名だったらしい。だから、ある意味わたしのしたことはとってもとっても勇気ある行為だったわけで。
だから相手が悪い、そう言うことなのだ。

だってわたし知らなかったんだもん。
中学の時だってとりあえず、先生いつもありがとうございますって渡したら受取ってくれてたもん。
そのくらいいいじゃないの、氷室先生。何がいけないんですか?別にチョコ一つで補習が無くなるとか宿題が減るとか思ってませんよ。


そんなこんなで、わたしは去年のことが悔しくて先生が受取ってくれるまで毎年(って言っても今年と来年しかないけど)渡すことを決心したんだ。
そう、わたしはこう見えてもかなり負けず嫌いで意地っ張り。
例えチョコの行き先が最終的には『チョコ受付箱』でも、一旦はその手に取ってもらうんだから。
今年がだめなら来年自由登校になっても持ってくるんだから。
おーっし、今年もがんばるぞっ!!




「桃花、あんたのその熱意は買おう。でもさ、ヒムロッチは絶対無理だって。先輩もみんなチャレンジしてことごとくダメだったんだもん。その上女の先生からのも絶対に受取らないんだから。それよか他にあんたのチョコ欲しがってるヤツ一杯いるんだし。そっちにおし」
「やだ!この際好きとか嫌いとかは関係ないの。去年があまりにあまりだったから悔しいのよ。こんなんじゃ楽しい高校生活唯一の汚点として一生後悔する」
「あのねー、桃花 ちゃん。それって……先生のことすごく好きって言ってるように聞こえる……」
「はい?」
「うんうん、あたしもー」
「うー。そりゃまー、大嫌いじゃないけど。でもね、もはやチョコを渡すって行為はわたしと先生の間の勝負なのよ」
「「しょーぶ!?」」
「そ。3年間受取り拒否されたらわたしの負け。先生が受取ったら先生の負け。そういうことなのよ」
「がんばれ」
「うんがんばって」
「二人とも心がこもってないっ!」

放課後の喫茶店。
わたしがバイトをしてるせいもあってか、よく奈津実と珠ちゃんを誘って、ここ「アルカード」に集まることが多い。そして今日の話題の中心はわたしが先生にチョコを渡すことについて。去年思いっきり先生にやられたのが悔しかったから今年も正々堂々渡したい、そう言い出したことがきっかけになってついつい盛り上がってしまったのだ。だっていくらアンドロイドでもやっていいことと悪いことがあるでしょうに。純真な乙女の恋心を力一杯踏みにじってくれたんだから、これはわたしと先生の真剣勝負にすりかわったの。


もちろん、さっき珠ちゃんにおっとりと指摘されたようにわたしはたぶん先生が好き。
去年より恋心だけは2割増量されたっていうのに、あの人は何にもわかっちゃいない。
こうやって毎年毎年先生への気持ちだけは確実に増量されていくっていうのに、あのロボットは乙女心をちっともわかっちゃいない。
だから、例えわたしが3年間ずーっと負け続けたとしても思い知らせてあげなくっちゃいけないの。
どんなに好きかってことを。

それがわたしに取ってのバレンタイン。

自分でもわかってる、これはただのすり替えだってことくらい。
でもそうでもしないとまた受取ってもらえなかった時、泣かなきゃいけないじゃない。
それなら最初からわたしと先生の勝負にでもしちゃった方がよっぽど気が楽。

バカだってことくらい自分が一番よくわかってる。






とにかく、泣いても笑っても今日はバレンタインデーなわけで。
朝から何かと校内はざわざわした雰囲気に包まれていて、心なしかみんな浮き足立ってみえる。その上、もうとっくに自由登校になってるのに3年生の姿が今日はやけに多い。土曜日だから授業も午前中で終わりだし、周りもみんな心ここにあらずって顔をしてる。もちろんわたしも昨日の夜からどうやって先生に渡してしまうか、そんなことばかり考えてたからよく眠れていない。
というよりも、目を閉じるとまたまた去年みたいに冷たくつっぱねられるシーンばかり目に浮かんで眠れなかったのだ。そして待ってください、ちゃんとこっちを見てくださいって去っていく背中に叫ぶところで目が覚める。また寝る。また目が覚める。この繰り返しでよく眠れていない。
わたし……たぶん自分で思ってる以上に先生が好きなんだと、思う。
だからこんな夢ばかり見ちゃうんだと思う。
そしてあまりにも好きだから、断られても納得のいく理由ばかり探してるんだと、思う。


気もそぞろな午前中が終わり、部活のあるものは部活動に、アルバイトのあるものはアルバイトにと三々五々散っていく。わたしはと言えば、土曜日はお弁当を持ってこない日だから学食で適当にパンでも見繕ってくるしかない。いつもなら部活動をしていないわたしはそのままただ帰宅するだけなんだけど、今日は帰る前に片付けないといけないことがある。

いつもよりすいている学食でパンを買って、人気(ひとけ)のない屋上に上がるとさすがに少し寒い。なるべく日当たりのいい場所を選んで、ほんのり暖まったコンクリートの上に座って、暖かい缶コーヒー片手にパンを食べながら先生のいそうな場所を考えてみる。去年は教室の前の廊下でいきなりチョコを差し出しちゃったからか、ものすごーく嫌な顔をされたっけ。今年はどうしようかな、数学準備室に行こうかな、それとも職員室がいいか、あ、でも今日もやっぱり部活あるよね。ってことは音楽準備室で待ち伏せか。

噂では毎年『チョコ受付箱』に入れられるチョコの数は、氷室先生がだんとつで多いらしい。でも、当然先生が全部持って帰るわけじゃなくて(持って帰る先生もいるらしいけど)、クラスと名前だけリストアップして全部他の先生方に寄付して帰るそうだ。もしかしてチョコレートアレルギーだとか?な、わけないか。すっごい偏食っぽいけどそれはないよ。

パンの空き袋をぎゅっと握り締めて、スカートのお尻を払って立ちあがったその時、視界の隅っこに誰かが映った。
屋上のフェンスにもたれかかったその後姿は……うそ、氷室先生?
この寒いのにそんなところで何やってるんですか?
でも、周りを見渡しても他には誰もいない。
これって……チャンス?


「先生、氷室先生」
そーっと近づいて後ろから声を掛けてみる。
ゆっくりと振り返った先生の前髪が少し風で揺れている。

「あ……北川か。こんなところで一体君は何をしている」
「先生こそこんなところで何をなさってるんですか?」
「私は……私はそうだな、風に当たりにきただけだ。君は?」
「わたしはパンを食べに」
「なら教室で食べなさい。ここは寒い」
「ですね。でも、先生を捕まえられました」
「私を……?」
「はい」

不思議そうな顔でわたしをじっと見つめる先生。風に当たりに来たって言ってたけど、本当はわたしみたいな女子生徒から逃げてきたんじゃないんですか?いつも放課後に聞こえる吹奏楽部の練習の音も今日は聞こえませんし。もしかして部活も休みにしちゃったとか。

「先生、ちょっと待っててくれませんか?」
「なぜだ」
「いいから10分、いえ5分でいいです、ここにいてください」
「では……5分だけ待とう。5分以内に戻って来なければ私は移動する」
「ありがとうございます!」

先生の口元が少しだけ笑ったように見えたのは気のせい?
わたしはとにかく勢いよく頭を下げると、空き缶とパンの袋を握ったまま駆け出した。5分っていったら5分。1分1秒もきっと待っていてはくれない。あー、もうどうして一緒にチョコくらい持ってこなかったんだろう、わたしのバカバカ。ポケットに入れとけばよかった、そうしたらこんな間の抜けたことをしなくても今すぐ渡せたのに。



「北川、ぴったりだな」
「はぁはぁ……先生……これ……これ、はぁ、あげます!」
「何だ?」
「乙女心のたっぷり詰まったチョコレートです」
「おとめ……ごころ?」
「はい、わたしの気持ちです。先生がいつか受取って自宅に持って帰って食べてくれるまで来年もお渡ししますから」
「そう、か」

チョコの小さな包みを手の中で転がしながら、先生はふっと微笑んだ。そしてそのままチョコの箱はスーツの右ポケットに入っていった。

えっ?
うそ?
いいんですか?


「どうした?何か問題か?」
「い、いえ、あの、いいんですか?」
「何がだ」
「今ポケット……に……?」
「死ぬまで君に追い掛け回されては敵わないからな」
「はぁ……?それってどういう……?」
「問題ない。北川、寄り道などせず気を付けて帰りなさい」




「先生、ありがとうございます」
「わかっていると思うが……」
「はい、わかってます!」
「では失礼する」


静かに屋上の扉を開けて階段を降りていくその後姿を見ながら、わたしはぼんやりと立ち尽くしていた。
そして先ほどの光景が嘘か本当か思わず、ほっぺたをひとつねり。


あいたっ!
嘘じゃない……んだ。
よーっし来年もまたがんばるぞ!



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