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kissing Santa Claus



「桃花ちゃん、零一遅いねー」
「ですね。何かあったんでしょうか」
「まあ絶対に来るとは思うよ。でも心配だよね、やっぱり」
「はい、少し」

今日は世間的にはクリスマスイブ。
宗教的な意味なんて今の日本では全くと言っていいくらい無視されていて、恋人同士で楽しむ日みたいになっている。
かく言うわたしも一応恋人を待っている。恋人の親友が経営するこの隠れ家のようなジャズバーで、ずっとあの人を待っている。

今夜の約束の時間は一応午後9時ちょうど。だからわたしは少し早めにこの店に来て軽く食事をしてから、そのままカウンターで一人彼を待っている。去年まではどんなにお願いしてもこの時間には家に送り返されていて、わたしはかなり彼の愛情を疑ってみたこともあった。でも、それはただ単に彼の生真面目さに端を発するだけのことで、別にわたしに対する愛情に変わりはないのだということがわかっただけだった。ただ大切にされているだけなのだ。

なぜなら、わたしの彼は2年前まで担任教師だったから。
それも学園一厳しくてマジメなアンドロイド教師とまで呼ばれた男の人なのだから。

そんな彼がわたしの彼氏になってから、イブの夜に待ち合わせるのは実は初めてで。
緊張しているわたしは、さっきからバーの扉が開き外の風が吹き込む度に後ろを振返っては落胆することばかり繰り返していた。
扉が開く度にお客さんは来るけれど、わたしの待ち人はいつまで経っても来ない。

そんなきちんとした彼が珍しく約束の時間にやって来ない。
どうしちゃったんだろう、いつも5分前行動の人なのに。
何かあったの?なら携帯にでも連絡してよ。



いつもクリスマスイブははばたき学園でパーティがある。わたしも学生時代は毎年律儀に参加しては、少しでも零一さんと話すチャンスが欲しくて、周りをぐるぐるしていたっけ。でもあの頃の零一さんはいつもと同じに冷静で、最後の年にここに連れてきてくれた時だってやっぱり先生は先生だった。だから、ウチの前で言っちゃったの、「先生と一緒だって言ってある」って。わたしのこの言葉に初めて先生じゃない顔が覗いたような気がしたけど、一瞬の出来事だったからその時は気のせいだと思ってた。だから今こんな風に、彼の恋人と呼ばれる身分になれるなんて想像もできなかったな。ふふふっ。



「桃花ちゃん、何か楽しそうだね」
「そうですか?」
「だってさっきから見てたら一人でくすくす笑ってたよ」
「えっ?いやー、ちょっとした思い出し笑いですよ。それにしても零一さん遅いなーっと」
「だね、もう10時を回ったよ。ところで珈琲でもいかがかな?」
「遠慮無くいただきます」

そう、もう10時過ぎなのだ。
学園のパーティを途中で抜けてくると言っていたけれど、きっとうまくいかなかったんだろう。要領がいいのか悪いのか、それとも付き合いがいいのか悪いのか、一見きっぱり断る人のように見えてそうでもないからね、あの人は。

どうしようかな、もう帰ろうかな。帰ったりしたら可哀相かな、やっぱり。
出掛けに尽には今夜帰らないかも、なんて言って来ちゃった手前帰るのもカッコ悪いか。
それに今日みたいな日に友達が掴まるわけもないし。わたしは彼をを信じて待ってるしかない。

益田さんが淹れてくれた熱い珈琲を飲みながら、店に流れるクリスマスソングに耳を澄ます。スタンダードの名曲達に囲まれていたら、わたしは少し幸せな気分になったけれど、やっぱり隣にいるべき人がいないからそれはまだ完全な幸せじゃない。早く完全な幸福感をプレゼントして、わたしのサンタさん。

あーあ、零一さん早く来ないかな。
例え10分しか時間がなくてすぐに帰らされても、それでも今夜はあなたに逢ってから眠りたい。
そんなささやかな希望を叶えてくれませんか、サンタさん。
わたしがたった一つだけ欲しいプレゼントはそんな当たり前のことなの。
今年もイイ子にしてたと思うから、ねえ、サンタさん。お願いです。

あの厚い扉を開けて早くわたしの隣に来ないかな、大好きなわたしの零一さん。
ちゃんとあなたへのプレゼントも用意して、こんなに長い間零一さんだけを待ってるんだから。
だからね零一さん、日付が変わるまでに来てくれなきゃしばらく口きいてあげないわよ。
わかってる?ねえ、零一さんってば。



店に入ってきた人を何気なく見ていたら、コートの上にほんのり白いものがかかっている。もしかして……雪?

「ねえ、マスター。冷えると思ったら雪だよ、雪」
「へえ、雪ですか。ホワイトクリスマスですねぇ」
「でもただ寒いよー」
「あははっ、ロマンティックも形無しだ」
「あははっ、だねー。いつものくれる?」

そっか、今日はお昼からずいぶん冷えると思った。
雪が……降ってきたんだ。
零一さん、早く来て。
いつまでもわたしやっぱり待ってるから。


11時も過ぎてさっきの男性客も帰ってしまったら、カウンターに座ってるのはわたしだけになってしまった。
外は音もなく雪が降っているみたいで、店内も少し静かになる。それでも2杯目の珈琲を飲みながら、わたしはまだ彼を待っている。
12時まで後少し。待ってるだけのクリスマスイブっていうのもめったにないこと。
でもわたしは零一さんを信じてるから、絶対に来てくれるって信じてるから、だから待ってるだけ。
待っていたいから待ってるの。



突然、勢い良く扉が開く音が聞こえた。
でもわたしはもう後ろを振返らない。
さっきから誰かが入ってくる度に振り向いていたから、もういいやって思ってたんだもの。
こつこつという靴音がどんどん近づいてきて、もしかしたらとは思ったけれど、こんなに待たせたんだもの、すぐに振返ってなんてあげない。

そして靴音がわたしの真後ろでぴたりと止まる。
わたしの心臓はドキドキ。頬もかなり熱い。
わかってる、後ろに立ってるのが零一さんだってことくらい。
でも振返って笑ってなんてあげない。
そんな簡単に待たせたことを許してあげない。

突然、冷たいコートの感触が暖房で暖まっていたわたしの背中に触れた。と、思ったらわたしは今夜ずーっと待っていた人に背中から抱きしめられていた。やだ、冷たいよ、零一さん。コートが少し濡れてるし、曇ったのか目の端に飛びこんできたのは外した眼鏡を持つ右手。

「桃花、待たせたな。すまなかった」

あー、やだ。いきなりやめて。耳元で言わないで、零一さん。益田さんも見てるってば。
恥かしいのと嬉しいのとで固まってしまったわたしに彼は怒ってると思ったのか、また後ろからぎゅっと抱きしめてくる。そうやって抱きしめてくれるのは嬉しい、でもね、ここ外なのよ。わかってます?別にコートが冷たいのなんてどうでもいいし、手が冷たいのだって構わない。でもね、人前ですよ、零一さん。どうしちゃったの?

「桃花、すまない。遅くなって」
「……」
「怒ってるのか?」
「……怒って……なんてない」
「それはよかった。益田、何か一杯くれ」

それにしてもコートがひどく冷たい。
さっき頬に触れた髪なんて雪で少し濡れてるし。
よく見ると足元もちょっと汚れてる。

「零一さん、すごーく待ってましたよ、わたし」
「ああ、だから走ってきた」
「帰ったかもなんて思わなかったんですか?」
「考えなかったな。君を信じてるから。帰ろうと思ったのか?」
「思いません。信じてるから」
「そうか」

零一さんはやっとコートを脱いでわたしの隣に腰掛けた。そして今度は隣でにっこり笑った。
その間に益田さんは黙ってアルコールじゃなくて湯気の立つ熱い珈琲を零一さんに出すと、わたしにそっとウィンクした。
そして小さな声で「サンタさんに感謝だね」なんて言う。

そうですね、わたしの一番欲しいものをちゃんとプレゼントしてくれる背の高いサンタさんが届けてくれたんですよね、きっと。
わたしが一番欲しいものをこうやって、ちゃんと届けてくれたんですね。
わたしのために傘もささずに小雪の舞う中走ってきてくれたサンタさんに感謝しなくちゃ、心を込めて。

「零一さん、わたしからのプレゼントです」

寒さで冷え切ってしまった彼の冷たい頬にキスを一つ。
これがわたしからあなたへの1つ目の贈り物。
2つ目の贈り物は今カウンターの上に置いてあるの。
だからちゃんとそっちも忘れずに持って帰ってね。

「メリークリスマス、零一さん。これからもずっと一緒にいてくださいね」
「ああ約束しよう、桃花。これからもずっと一緒だ」
「大好き」
「ああ、愛してる」



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