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time after time 1周年記念プレゼント第三弾♪



何が間違いで何が正解だったのか、よく理解できないままにあの日君と別れてしまった。
俺は基本的にはっきりとした正解の出ないものは嫌いだ。人の感情に正解も不正解もないと思わないこともないが、それでもやはり正解だけを無意識に求めてしまう。悪い……癖だ。

思えばたった一度だけだった。
君が他の男に心を移したことは。
それすらほんの一瞬の気の迷いだったのかもしれない。
俺の勘違いだったのかもしれない。
それでもあの日の俺は許せなかった。
一瞬の心変わりが永遠の別れになる……そんなことは当事者同士であってもわかりはしない。もちろん俺自身そこまでの結果を求めたつもりはなかった。しかし君は何のいい訳もせず、ただ黙ってうなだれたままそっと部屋を出て行った。





それから3年。
君は確かもう大学を卒業する頃だろう。
だが、あの日から止まった俺の時間はもう動き出すことはないだろう。
一瞬の過ちが永遠の後悔を生む、ということに気付いただけでも十分学習効果はあったと感謝すべきか。



よく晴れた日曜の朝、通い慣れた学園への道をたどる。休みだと言うのに時折このようにして学園に向かうことがある。家に一人でいても特にすることがない、それなら職場で仕事でもしていた方がまし。いつからこんな風に味気ない休日を過ごすようになったのか。
もちろん理由は……隣に君がいないから。
君のいない空間を埋める術を覚えたくないから。

君がいないと言う現実から目を背けるために、今日もこのように特別な仕事もないくせに学園に通う。
今日あたり一流では卒業式のはず。学園は春休みに入った。したがって今日はほとんど誰もいない。

当番で出勤している同僚に声を掛けてから、俺は音楽室に閉じこもる。
今日は無性にピアノの前に座りたかった。何をするでもない、ただ前に座っていたかった。

以前君に弾いたピアノ。
君のために弾いたピアノ。
君を想って弾いたピアノ。



少し開けた窓から迷い込んでくる風はほのかに甘く、そしてもの哀しい。満開になったばかりの桜がもう風に乗ってひらひらと舞いこんでくる。君が高校を卒業する日に共に見た桜はあんなにも希望に満ちて美しかったのに、失ってから見る桜はなんと淋しいものなのだろう。空は…空だけはあの日と変わらず青いままだと言うのに……。




いつまでそうやってぼんやりしていたのだろう。
人の気配を感じてふと振り返った。



桃花……?


「先生……お久しぶりです。お元気でしたか?」
「……あ、ああ。北川、久しぶりだな」
「そうですね、もう3年になりますか。今日卒業式だったんです、だからこんな格好で。あ、そうそうこれ卒業証書です」
「そうか。おめでとう。これで君も社会人か」
「はい、そうなりますね」
「がんばりなさい。私はいつでも君を応援している。何かあったら力になろう」
「ありがとうございます、先生」

3年振りにあったと言うのになんと他人行儀な会話しかできないのだろう。
君は相変わらず突然俺の前に現れて、また突然去っていくのだろうか?
そうだとしたら、なぜ今敢えて君はこんな所に顔を出したりするのか。

「先生。卒業祝いに隣でピアノを聞かせていただけませんか?」
「ピアノ?リクエストはあるのか?」
「そうですね、クラシックじゃなくてもいいですか?」
「わかる範囲にしてくれるのなら、何でも構わない」
「じゃあ……Time after timeを」
「……わかった」


時が過ぎてもまだ君のことばかり考えている俺は……この歌詞の主人公のようには割りきれない。
それでも君のリクエストにしたがって鍵盤の上に指を走らせる。椅子を引き寄せて隣に座った君からは、あの頃にはなかった大人の女性の香りがする。今日は卒業式だから和服に合わせて軽く結い上げたうなじが白く、そしてほっそりとした首筋から肩の線が露になっている。
もうこの手で君を抱くことは二度とないだろう。
今日は君からの卒業式にしようか。
いや、恐らくはまだ……だめだ。

いつまで経っても君は俺を混乱させてばかりだ。
あの頃も……そして今この時も……。


「先生……わたし卒業したくてもできないものがあるんです」
「……なんのこと……だ?」

今一つ音を飛ばした。
大して暑くもないのに喉が乾く。
そして手のひらがうっすらと汗ばんでいるのがわかる。

君が何を言わんとしているのか、わかっていても何も言えない。

「先生から……卒業できないんです、わたし」
「そう……か」
「卒業した方がいいんだろうって、あの日からずっと思ってました。だから、今日ここに来たんです。もし先生に会えたらそこでホントに卒業式だなーなんて思ってたから……」
「卒業……できそうか?」
「だめ……みたいです。戸口に立ってピアノの前に座る先生の背中を見てたら……留年しちゃいそうになりました」
「留年……か」
「ごめんなさい」
「いや……俺の方こそ卒業できないんだ」
「え……?」
「こちらこそ申し訳ない」
「……」

時が過ぎれば過ぎるほどに募る想い。
時間が傷を癒してくれるなどとよく言うが、あまりにも愛しすぎていた場合にはむしろ傷は大きくなる一方だ。ある日目が覚めて君がいないという現実と向き合う、その時になって初めて大切なものをどこかに無くしてきたことに気が付く。
そんな毎日の中でどうやって君から卒業などできようか。

人間というのはなんと厄介で、救いがたい生き物なのだろうと思う。
その中でも俺は特に……馬鹿なのだと思う。

「桃花……俺はまだ君を愛している」
「先生……」
「先生はもう止めなさい」
「零一……さん?」
「卒業できないならしなくてもいい。いっそ俺と一緒に留年するか、もちろん桃花さえよければだが」
「はい、そうします」
「まったく……君は」


先ほどまでの泣きそうな表情が、笑顔に変わる。
それにともなって俺の指は「All you need is love」を奏で始める。

今更愛こそが全てだなんて思わない。
しかし、愛がなければ生きていけない厄介な生き物なのだ、俺はきっと。
そしてそれは君も同じ……。


隣に君のぬくもりを感じながら、窓越しに見える桜はなんと美しいのだろう。
今日初めて気が付いた。



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