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holic 1周年記念プレゼント第一弾♪



先日来、桃花は俺と会っていてもどことなく淋しそうに見える。
最初の内は、俺の気のせいだと思っていた。だが、先週も先々週もその前もずっと彼女はそうだった。先ほどまで楽しそうに話をしていたかと思うと、ふとした瞬間に明るかったその瞳がふいに曇ってしまう。もちろん彼女とて特別変わっているところがあるわけでもなく、むしろごく普通の感情を持った少女なのだ。何かの瞬間に気分が上下することも多々あるだろう。


「桃花、何か悩み事でもあるのか?」
「えっ……、いえ、何でもないです。大丈夫ですよ、何かあっても自分でなんとかしますから」
「しかし、この間からずっと君は楽しそうにしているだけだ」
「そんなことありません」
「そんなことはある」
「大丈夫です、先生が気にしすぎてるんです」
「俺がどれだけ君を見ていると思っているんだ。隠してもわかる」
「何が……何が……わかるんですか?」
「何……とは?」

しばらく俺の顔を見つめていた彼女は、ふいに視線を逸らしまたしても顔を背けてしまった。

俺はいつも君だけを見ていたい、君だけしかいらない、君だけでいい。
だがそのような想いは若い君には重荷にしか感じられないのだとしたら…、
君にとってそのような気持ちを感じることが苦痛でしかないのだとしたら…、
俺はどうしたらいい?


空気が急に冷たく重いものになり、それに伴ってこの場に居たたまれなくなりそっとキッチンへと逃げ出した。大して飲みたくもないくせに、ガスコンロにやかんをかけて湯を沸かしコーヒーを淹れる。静か過ぎる室内は、小さな音を立ててフィルターからカップへと落ちていくコーヒーの音だけしか聞こえない。飲むかどうかもわからないくせに、いつもの癖で君のためのコーヒーにミルクと砂糖を加えて電子レンジで暖めてしまう。そして俺はターンテーブルの上で白いマグカップがくるくると回るさまから、なんとなく目が離せないままじっと壁にもたれていた。小さな電子音にはっとするまで、柄にもなくぼんやりと君の薄暗い表情の訳を考えていただけだ。

いつの頃からか、俺は君の表情の一つ一つが気になって仕方がない。
楽しんでくれているのか、それともつまらないのか。
これほどに他人の気持ちが気になるなど、かつてなかったことだ。
俺はつまり、君に溺れている中毒患者のようじゃないか。





「桃花」
「……」

俺の声に反応して顔を上げた君の瞳が赤い。
泣いて、いるのか……?


慌てて両手に持っていたマグカップをリビングのテーブルの上に置き、君の隣に座って小さな肩に手を伸ばす。
なぜ……なぜ……君は泣いている?

「零一さん……ごめんなさい。わたしが子供だから迷惑ばかり……掛けて……」
「桃花……?」
「先生はオトナだけど、わたしはいつまでも子供だから」
「何を……」
「やっぱりわたしなんかじゃだめなんです。わたしみたいな甘えたいのに素直に甘えることもできなくて、わがままばかり言ってるような子供じゃ……先生の彼女なんて……だめです……」
「何を言っているんだ、桃花」
「先生には……先生には花村先生みたいなオトナがお似合いなんです……きっと……」
「花村……先生……?」




ああ、そうか。
4月に赴任してきたばかりの花村先生とよく一緒にいるものだから、それで君はこんなことを言っているのか。
確かにあの人は社会人で、君とは違う。

だが、だからと言ってあの人に心を動かされることはありえない。
俺が心を動かされるのはこの世にたった一人だけだ。
今の俺に取っては、君だけしかいらない。
だから、何も心配するには当たらない。



「桃花、こちらに顔を見せてくれないか」
「いや……です」
「なぜだ?」
「だって…だって……今のわたしきっと……すごく……みにくいか……ら」
「そんなことはない。君は君だ」
「でも……わたしなんかより……」
「そこまでだ」

わたしなんかなんて言うんじゃない。それなら、俺だって君の前では俺なんかでいいのかと日々思っているのだ。それでも、その一方で君を愛しているこの気持ちは誰にも譲れないとも思っている。そうやって辛うじて君への気持ちだけで、どうにかつながっているのだから。だから君がそんな風に言うのは止めて欲しい。

涙に濡れてくしゃくしゃになった顔を覆う華奢な腕を取り、涙に濡れた手のひらに口付けを落とす。一瞬君はびくりと肩を揺らしたが、止まっていたはずの涙が一粒君を頬を伝った。その涙の上にもそっと唇を落としながら、片手で君の柔らかな体を自分の方に引き寄せてみる。

君の居場所はここだ。だからいつまでも俺のそばにいなさい、いや……いて欲しい。
そしてできることなら、俺の前では涙ではなく笑顔を見せていてほしい。


そっと抱きしめながら、君の髪を背中をなだめるように撫でさする。

「『わたしなんか』と言うのは止しなさい。俺は君以外には口付けを交わしたいとも思わないし、名前を呼びたいとも思わない。桃花が桃花のままでいてくれたらそれで良いのだ。どれほど言葉を尽くせば俺が君を愛していることを信じてくれる?信じられないのか?」
「先生……?」
「俺はもう君無しでは生きていけないような気がするのだ。君は……君はどうなんだ?」
「わたしも……」
「それなら、もう二度と『わたしなんか』等と言うんじゃない。君がいない世界など、君という存在を知ってしまった俺にはもはや苦痛以外の何物でもない。再びそのような色の無い世界に放り出さないでくれ……桃花」
「れ……いちさん」
「いいんだ、俺が君を求めすぎているのだから」
「そんなことないです。わたしの方こそ、わたしこそ零一さんを大好きで好きで好きで死んでしまうんじゃないかってくらい好きで……」
「桃花……」

俺はきっと何度生れ変わろうと君を求め続けるだろう。
それほどにこの目の前の少女を愛してしまったのだから。

君しかいらない。
これはまごうことなき真実だ。
それだけは嘘でも何でもない。


ただその気持ちを正しく相手に伝えることはなんと難しいのだろう。

これから先、どれほど魅力的な女性が現れようとも、君以外に誰を欲しいと心から望むだろう。
何を失おうと構わない、だがしかしこの腕の中で小さく震える君を失うことは想像するだけでも耐えられそうにない。


「桃花、君だけしかいらない。俺は君に溺れている」

愛しい君のためならば、何度でも何度でも口付けを贈ろう。それで君の気が晴れるなら、君の笑顔が戻るなら。君の笑顔を曇らせないためなら、俺は何でもできるだろう。どんなに困難な未来が待ちうけていようとも、君のためなら君と共になら切り抜けられるだろう。

そう、君は俺の全て。
俺の心の中に住む奇蹟。

さあ、桃花。
俺に笑顔を見せてくれないか。
大切な大切な俺の……恋人よ。


愛している……。
心から、心の底から。
だから、笑ってくれないか。


桃花中毒の俺を救ってくれ、その笑顔で。



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