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これは何の熱なんだろう、誰か教えてくれない?



「先生……また濡れてる……」
「クッケー?」
「清春……」






きっとまた清春のいたずらにひっかかったんだろう。先生は僕らの担任になってから、ううんもっと言えばB6を押しつけられてから清春のターゲットは瞬と先生の2人になった。瞬と清春は中学時代からの因縁の関係だとかいう話だけど、先生までいたずらの標的にしてるのはどうしてだろう。
僕は最初よく判らなかったけれど、風門寺が「キヨも素直じゃないなー、好きな子いじめてる小学生みたい」、なんて言うもんだから「そんなものか」って少し納得した。

にしても清春のいたずらはこの頃エスカレートしている。でも先生も慣れてきて淡々と後片付けをするようになった。
今日も頭から水をかぶったのか、柔らかそうな髪から滴がぼたぼたとしたたり落ちている。

「先生……」
「瑞希くん……あ、やだ、ごめん。補習ね。ちょっとだけ待ってて着替えてくるから」
「ん、待ってる……」

小さなくしゃみを繰り返す先生がなんだかいとおしく感じられて、僕はついつい至近距離まで近づいてそっと濡れた頭に手を伸ばした。突然の行為に驚いたのか先生は人のいない廊下の真ん中で突っ立ったまま動かない。「いいこいいこ」僕は時々トゲーにするように頭をゆっくりと撫でてあげた。肩の上のトゲーも小さく「先生元気出して」って言ってる。

「だいじょう……ぶ、大丈夫、だから……」
「本当に?」
「ええ、大丈夫よ。このくらい」
「泣いても……いいよ」
「…………くしゅん!」

このまま抱きしめて暖めてあげたいけれど、濡れたままでは風邪を引いてしまう。だから僕はゆっくりと先生の頭から手を離した。少し赤くなった先生はぱたぱたと軽い音を立てて職員室へと戻っていった。後に残ったのは点々と続く水玉模様。



11月の夕方はもうかなり寒い。
先生のために自動販売機で何か温かいものを買っておいてあげよう。あ、でも先生は受け取らないかもしれない。そういうところはやけに潔癖な人だから。なら、バカサイユに戻って毛布か大きなバスタオルでも持ってこようか。

「クケ?」
「ん、たぶん寒い……だろうね」
「クケクケ」
「ん、教室も暖めてあげようね」

先生の歩幅だとここから職員室へ戻って、着替えてタオルで髪を拭いてクラスXまで戻ってくるのに約20分。ここから急いでバカサイユに行って先生のためにうたた寝する時に使ってる毛布を持ってくるのに同じく約20分。誰にもつかまらなかったらそんなものか。じゃあ、行くよ、トゲー。ちょっと早く歩くから落ちないようにポケットにでも入ってて。




「あ、瑞希」
「……風門寺、いたの」
「うん。そろそろ帰るけど。どうかしたの?」
「どうもしない」
「ふーん。ま、いいけどね。センセのこと……守ってあげてね、ゴロちゃん瑞希のこと信用してるし……ってホントはゴロちゃんが守ってあげたいなーとは思ってるんだけど瑞希の方が大きいし、任せるよ。じゃあ、これあげる。バイバイッ!」

何だか一方的に風門寺は僕に話しかけると、無理矢理手のひらの中に生暖かくてふにゃふにゃしたものをねじ込まれた。一人残されて手の中を見るとくしゃくしゃになった使い捨てカイロだった。翼の持ち込んだ大きな掛け時計に目をやるともう予定時間を5分も過ぎている。大急ぎでいつもの毛布を掴むと珍しく僕はトゲーがちゃんとポケットに入っていることを確認して走り出した。
このスピードだったら先生が教室に入ってくる3分前に座っていられるだろう、計算に間違いが無ければだけど。




「瑞希くん、待たせちゃってごめんね。あら、暖かい。暖房入れたのね」
「ん……先生これ……貸してあげる」
「えっ?これ?毛布?」
「寒い……でしょ」
「……ありがとう。じゃあ遠慮無く使わせてもらうわね」
「ん」

ポケットからトゲーを取り出すと、まっすぐ先生の方へ歩いていって「ホントはね、瑞希が走って取りにいったんだよ」って告げ口してる。けど、僕には判っても先生には判らないよ、トゲー。


先生はそっとトゲーの頭を撫でた。ついこの間までそんなことは決してしなかったのに、トゲーと仲良くしようとしてくれている。僕はトゲーと親友だと思ってるけど、そんな仲良くなり掛かってる二人を見てちょっとだけもやっとした気持ちになった。
暖房の熱のせいなのか、僕自身の熱なのかよく判らない。だけど確実に頬が熱い。先生は普通だから今の熱は僕特有のものみたいだ。

ああ見えて周りをよく観察してる風門寺なら、何て言うのだろう。
僕の毛布を膝に掛けて、「さあ始めましょうか」と先生が笑う。その笑顔を僕だけに見せて欲しいと思うのは我が儘なんだろうか。それとも我が儘じゃないんだろうか。誰か教えてくれないだろうか?

ここで風門寺ならきっとにっこり笑って「自分で考えたら」って言うだろう。
判ってる、自分で考えなくちゃいけないことくらい。


僕に計算して解けない数式は実はない。でもこの自分の気持ちと言う数式はしばらく解けそうにない。
清春みたいな表現はできないし、風門寺みたいなこともできない。

もう少し経てばたぶん解けるんじゃないかな。
たぶん、ね。




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