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こんなに好きな気持ちをどうしたら伝えられるんだろう?



「お、南!」

珍しく一緒に買い物に出かけた僕たちは、前から歩いてきた男に声を掛けられた。さっきまでずっとつないでいた指先が、その瞬間にすっと離れてしまって僕はちょっと寂しいと思った。そしてそのまま悠里は……微妙に距離を取って僕から僅かに離れてしまった。



僕たちの正面に立ったのは悠里と同じくらいの年齢の男性と少し年下に見える女性の二人連れだった。二人の手はさっきまでの僕たちみたいにしっかりと握られていて、男性の右手には買い物の荷物だろうか、紙袋が2つぶら下がっていた。


「南、久しぶりだな。元気だったか?」
「え、う、うん。まあ……ね。そっちこそ元気そうね」
「まあな。……っと、今の彼女。結婚するかも……しれない」
「そう……おめでとう。かわいい人ね」
「サンキュ。で、お前こそどうなんだ?」

僕は悠里の手をもう一回握りたかったけど、何となくそんな雰囲気でもなかったからトゲーを上着のポケットに入れて少し離れたところから声だけを聞いていた。感じから言って悠里の元彼かそれともただの同級生だったのか。とにかく何か微妙な空気感だ。

「トゲー?」
「ん、様子を見よう……」
「クケッ!」
「いいこだからじっとしてて」
「ケ」

斜め後ろから見える悠里の背中はなんだか複雑で。戸惑っているのがよくわかる。僕のことを聞かれているのか、相手の男が時々ちらりとこっちを見る。悠里は振り返ることもせずに、一生懸命に相手に説明しているだけ。



「彼は……卒業生で……さっき……偶然……そこで……」
とぎれとぎれに聞こえてくる悠里の声。

たぶん僕のことを聞かれて彼女は僕をたまたまそこで会った卒業生ってことにしたらしい。間違っても元教え子で今は彼氏だなんて言わないつもりらしい。僕がすっと離れたのを良いことに彼女は無理な言い訳を一生懸命に取り繕っている。



「……先生。僕……用があったから、また」
「えっ?」
「じゃあ」

本当はそのまま手を掴んで連れ去りたかったけど、悠里には悠里の事情があるんだろう、そう自分で自分を無理矢理納得させて僕はその場を後にした。焼き餅と言えば焼き餅かもしれない、僕より年上のあなたに今まで彼氏がいなかったなんて思わないけれど、はっきりと昔の男を見てしまうとちょっともやもやした気分になる。

はっきり言えば良かった。
僕が悠里の彼氏なんだって。
ねえ、どう思う?トゲー。

すっと背中を向けて僕は雑踏の中を一人で歩き始める。トゲーがするすると器用に僕の肩によじ登ると、小さく「クケ?クケケッ?」と話しかけてきた。たぶん、こんなことしてていいのかって聞いてるんだと思う。でも、なんだか今の僕はあなたから離れなくちゃって思ってた。いつもいつも1分でも1秒でも長く悠里を抱きしめてそばにいたいと思っているのに、はっきりしない彼女の態度に僕はいらいらして一人になりたくなった。







「よかったっ!ここにいたのね!」
公園のベンチでうつらうつらと夢のまにまに漂っていた僕は、突然聞こえてきたいとしい人の声で一気に覚醒した。

「……ん…………?」
「トッゲーッ!」

トゲーうるさい。
そんなにはしゃぐな。
僕はまだちょっと不機嫌なんだから。

「瑞希……くん?風邪引いちゃうわ……よ」
「いい……別に……」
「ダメよ。わたしが困る」
「どうして?」
「どうしても」
「ふーん」


そうなんだ……と言う言葉を唇の中に閉じこめたまま、僕はちょっとだけ拗ねた顔をしてみせる。困った顔をして悠里が隣に座ると、いつもより目線が近くなった彼女の瞳がほんのり赤いのが目に入った。トゲーも心配そうな顔で僕と悠里を交互に見ながら困ってる。

解った、ちゃんと仲直りするよ。


「……僕が……悪い」
「えっ?」
「僕の知らない悠里になってしまっ……たみたいで……僕が勝手に……」
「わたしがはっきりしないからダメなの。ちゃんと瑞希くんが彼氏だって言えばいいのに、なんとなくはっきり言えなくて……彼がね……瑞希くんがいなくなったことにすぐ気がついて……彼氏ちゃんと追っかけろよ……って……」

「そう……うん、ありがとう」、僕は半分涙目になって言い訳をする悠里の肩にそっと手を伸ばした。ごめんねって言いかけた唇をそっとふさぐとあまりの冷たさに驚いた。ううん、たぶん冷たいのは僕の方。温めて……ほしい、悠里の唇で。仲直りしよう。


「……ごめん、ね。僕が……わがままだった……」
「帰りましょうか瑞希くん。ごはん作るわ」
「いい、僕が作る」
「えっ?そう?じゃあ、お願いしようかな」
「うん、まかせて」
「クケー!クケクケー!!」


悠里の手を取って僕は立ち上がる。あなたのことを愛しているから、もうこの手を離したりしない。
ずっと一緒、ずっと一緒。




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