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05.あなたの方がずっとかわいい



あなたは時々僕のことをかわいいと言うことがある。
でもあなたの方がずっとずっとかわいい。
そんなことないわよってあなたは照れ笑いするけれど、本当だよ。







いつものように僕は誰もいないバカサイユのお気に入りのソファでうたた寝をしていた。膝の上のトゲーはすっかり寝入ってしまったようで、穏やかな寝息とともに小さな白いお腹がゆったりと上下している。外は静かな雨。雨の日で朝からやたらに元気だったトゲーははしゃぎ疲れたのか、早々に眠ってしまった。僕はと言えばいつでもどこでも基本的には眠い。
普通の人より脳が働くから、余計に休みたくなるんじゃないか、そんなことを昔言われたことがある。

でも、そんなことはない。
ただ、僕はこの年でもう人生に疲れてしまった気がして、何もかもが退屈で目を開けているのが面倒くさいだけだ。



「やっぱりここにいたのね」
小さな風が吹いた気がしてほんの少しだけまぶたを持ち上げて見ると、予想通り先生がそーっとドアを閉めるところだった。部屋の中が静かだったからか、僕が寝ころんでいるのが目に入ったからか、そーっと足音を忍ばせて入ってきた。

初めて会った時の足下は確か綺麗なラインのハイヒールだったはず。それが僕らの担任になって2週間でスニーカーに変わってしまった。きゅっと締まった足首がきれいだなと思っていたのにもったいない。

「瑞希くん、寝てるの?」
優しい香りとともに先生は僕の方に体を傾けて本当に寝ているのかどうか確かめようとしている。目を開けるのは簡単だけど、しばらくこのままで先生の気配だけを感じているのも悪くはない。

「もう……仕方がないわね。トゲーもぐっすりだし。確かにここは教室より暖かいし、寝ちゃうのも仕方がないかも。でもね……」
「ぐぅ……」
わざとらしく僕は寝てるふりをする。実は先生がここに入ってきた時から目が覚めていた、なんて今告白したらきっと困った顔をする。そんな困った顔も可愛いけれど、それより眠ってるはずの僕に先生が何を話しかけてくるのか、そっちの方が気になる。

「こうやって見ると瑞希くんって寝てるとかわいいわね」

はぁっと大きなため息を吐きながら、先生は僕が寝転がるソファーの足下に座り込んだ。
僕がかわいい?
そんなことはない。先生の方がもっとかわいい。

「ん……」
なんだか僕はこのまま寝たふりをしているのがもったいないような気がして、少しわざとらしく伸びをして目を開けた。目をぱちぱちさせながら先生は僕を見上げてびっくりしている。

「先生……、何してるの?」
「えっと、その、ああっ、そう、補習をね、しようと思って」
「もう遅いよ」
「ああっ、もうこんな時間」
「帰ろう、トゲーもそう言ってる……」
「…………」

僕はまだ眠そうなトゲーを上着のポケットにしまって、立ち上がった。どうしようかと思ったけれど、先生の手を握った。
先生の手は小さくて柔らかくていつもほんのり温かい。その手の温もりは僕の退屈な世界を少しずつ少しずつ溶かしていく魔法の呪文みたいなもの。手を握ると先生はいつも少しだけ頬が赤くなる。つられて僕も少しだけ頬が赤くなる。

人に触れられることが大嫌いな僕が、初めて自分から触ってみたいと思った人間。
クリスマスの夜、僕は先生に聞いた。冷たくはなかったかと。だけどあなたはにっこり笑って否定した。

あの夜から僕は人間も悪くないんだなと思うようになった。
全く嫌悪感がなくなったかというとそれはないけど、それでも少しはこちらから歩みよっても構わないと思うようになった。

だから僕はあなたの手を握る。
あなたの手を自分だけのものにしたい。
だからあなたの手を放さない。


こんなにかわいい人はいない。
僕にはあなたしかいない。


だからトゲー、彼女を取っちゃダメだよ。
いくら友達でもそれだけは許さないから。

ね。




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