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03.僕だって男なんだよ?



先生は時に無防備で、時に無邪気で。
僕は今まで人間であることをやめてしまいたいと思っていた。
でも、止めようと思う。あなたのために……。








今日もいつものように放課後は先生と二人きりで補習。
外は静かに雨が降っている。隣の机の上でトゲーは何か判らないけれどゆったりとした変なダンスを踊っている。
今までも雨が降る度にトゲーは教室で踊ったり歌ったりしていたけれど、最近は僕が一応は勉強してるふりをしてることに気づいてくれたのか補習中はあからさまに邪魔をしなくなった。それでも、トカゲの本能が騒ぐのか離れたところで何かもぞもぞと今日も動いている。


「トゲーは今日もごきげんさんね」
「……ん」
「斑目君、起きてる?次の問題解いてみましょうか」
「ん」


先生は僕がバカだと信じてる。バカだとまでは思わなくても、勉強することに興味の無い寝てばかりいる得体の知れない大きな子供だと思っているんだと思う。「B6」が実は「バカ6人」だってことは僕だって知っている。でもみんな本当に頭が悪いわけじゃない。ただ、彼らは世の中の色々なことを信じられないだけだと思う。僕が人のぬくもりを信じられないのと同じように、翼も一もみんな僕らにしかわからない何かを信じ切れないんだと思う。



本当の僕は教科書に書いてあることは全部判ってる。
どんなに難しい数式も化学式もきっと間違うことなく全部解けるし、英語も国語ももちろん歴史も地理も何もかも全部頭に入ってる。
でも、そんなことは何の自慢にもなりはしない。むしろ僕にとっては邪魔なだけ。

「じゃあ、問題ね」
「…………」

僕は先生への答えをわざと間違える。
わざとやってると気づかれないように巧妙に間違える。
今までの教師は僕が寝てばかりいるから、質問すらしたことがない。
この人は僕がどれだけ無視しても、一生懸命僕を見ようとしてくれる。だから、時々はこうやってけなげな先生に付き合っている。

僕が答えをわざと間違う。すると先生は机の正面に座って僕の顔をじっと見る。つっこもうかどうしようか逡巡してる顔だ。
そしてセミロングの柔らかそうな髪を耳に挟むようにしてかき上げると、僕のノートに3色ボールペンをさらさらと走らせる。ふんわりといい香りが漂ってきて、僕はいつも何とも言えない気持ちになる。


この人を抱きしめる人は果たしているんだろうか、と。
この柔らかな香りを間近に感じながら髪を触る人はいるんだろうか、と。


「先生……質問……して、いい?」
「えっ?あ、うん。いいわよ、どうしたの?斑目君」

聞きたいことは山ほどある。だからついうっかり声を掛けてしまったけど、まっすぐなその視線に思わず口から出始めた言葉を引っ込めてしまう。
隣の机の上で踊っていたトゲーもただならぬ雰囲気につと動きを止める。


外は雨。
窓を打つ雨の音は静かで、トゲーもじっとしてるし僕も話さない。先生も僕の言葉を待っているのか何もしゃべらない。


「いい……」
「……いいの?」
「ん……」


聞きたいと思ったのは先生には決まった人がいるのかなってこと。
きっとそんなことを聞いても先生は笑ってごまかすんだろうけど、ごまかされればごまかされるほど僕は変な気分になるんだろう。

このもやもやした気持ち。
これは何なんだろう。
ねえ、どうしたんだろう、僕は。



こういうのは僕の記憶にはない。
先生になら近寄られても不快じゃない。
どうしてだろう。


卒業式までには判るかな。
判ったら僕はどうするべきなんだろう?

「ねえ……先生……」
「なあに?」
「……何でも、ない。おやすみ……」

トゲーはまた雨を讃える奇妙なダンスを踊り始めた。




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