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08.低音ヴォイス



「アンジェ」
「きゃっ!」
「どうかしましたか?」

突然甘く低い声で名前を呼ばれて、窓の外をぼんやりと眺めていたアンジェリークは大げさに声を上げて驚いた。びくんと肩を揺らして驚く彼女をニクスは後ろからくすくすと笑いながら見つめている。時々彼女はこのように名前を呼んだだけでびくりと肩を震わせることがある。何をそれほど驚くことがあるのかと思いはするが、それはそれで何と言うか微笑ましくもある。

「アンジェリーク、そんなに驚くことはないでしょう」
「あ、いえ、あの、誰もいないと思ってたので……ちょっと」
「あなたはよくそうやって驚きますね。私に名前を呼ばれるのはお嫌いですか?」

なんと、イジワルな質問をしているのだろう。ニクスは少しだけそう思ったが、ついついいじめたくなってしまった。まるで少年が好きな少女にわざといたずらをするような、そんな甘酸っぱい気分になったからだった。ニクス自身子供の頃にそんなことをした記憶は無いのだが、それでもきっと初恋の思い出とはこんなものなのだろうと思った。

「ニクスさんの声が……」
「私の声……ですか?」
腑に落ちない、まさにそんな顔をしたニクスはアンジェリークの肩に後ろから手を掛けて自分の方へと向ける。すると彼女の頬に一層赤みが差して、やがて俯いてしまう。

「私の声が……何でしょうか?」、わざと耳元で囁くように尋ねると、アンジェリークの頬はますます真っ赤に染まり、顔を上げて目を合わせてもくれない。「だって……どきどきするんですもの、ニクスさんに名前を呼ばれると」、小さな声で答えるとさっと彼の腕の中から抜け出そうとする。


「だめですよ、アンジェ」
「えっ?」
「このニクスが悪いのでしょう?何かお詫びをしなくてはね」
「そんなこと……」
「おや、許してくださるんですか?」
「お許しします。だからもういいでしょう」
「そうですね、可哀想な私にキスを一ついただけますか。それで開放してさしあげます」

アンジェリークは熱があるのではないかと思うほどに顔を赤くして、それでも背伸びをしてニクスの頬に小さなキスを一つ落とした。




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