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03.無意識下の誘惑



珍しいこともある。
この家の主が人気(ひとけ)の無いサルーンの一角で、うたた寝をしているのだ。この家の主人であるニクスはいつも一部の隙もない態度を崩さないことで有名な男だったのだが、今日に限ってよほど疲れたのかソファに崩れ落ちるように座り込み健やかな寝息を立てて眠っていた。

「ニクス……さん?」
アンジェリークは喉が渇いて中央の階段を下りたところで無防備に眠るニクスの姿を見つけた。この場所でジェイドやレインがだらりとした姿を見せることはあっても、ニクスやヒュウガがこんな姿を見せることはまず無い。いや、これから先もきっと無いはず。なのに、いつも端正な佇まいのこの紳士は今二人がけのソファの片隅に無造作に上着を放り投げ、クラヴァットを緩め、モノクルさえ外して眠りこけているのだった。

アンジェリークはそのしどけない寝姿から目を離すことができなかった。
はらりと額にかかる濃い色の柔らかそうな髪や、ソファからはみ出している長い腕、そして規則正しく上下する引き締まった胸元。静かな屋敷のこの一角だけまるで時が止まったかのような光景に目を奪われてしまったのだ。

「……ん……?」

視線を感じたのか、それとも抱いていたエルヴィンのあくびが聞こえたのか小さく呻いてニクスのまぶたがゆっくりと開いていく。
「アン……ジェリー……ク?」
「おはようございます、ニクスさん」
「え、ああ。おはようございます。見苦しい姿をお見せしてしまったようですね」

いつものようにモノクルを掛け直し、クラヴァットを結び直すと普段の見慣れたニクスの姿に戻る。
それはそれで魅力的な姿ではあるが、先ほどの無防備な寝顔の方がもっともっとどきどきする、アンジェリークは見る間に元に戻ってしまったニクスを見つめながらそう思った。




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