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ご褒美=あなた



「よくがんばりましたね。ご褒美にどこかへ行きませんか?」


ニクスはいつもの調子でアンジェリークに声を掛けた。ご褒美にと理由をこじつけてみるものの実際はアンジェリークとタナトス退治の帰りに寄り道をするのは、ニクスにとっていつの間にか楽しみの一つになっていた。最初はただ女性には珍しい浄化能力者として、やがてはいずれ為るであろう女王の卵として真摯に対応していたのだが、最近はそこにとても気になる女性と言うタイトルが加わった。

「そうですね、碑文の森か天使の花束、もしくは曙光の湖畔といったところでしょうか?どちらがいいですか、アンジェリーク」
「碑文の森へ行きたいです」
「いいですね、行きましょうか」

ニクスはいつも調子ですっと手のひらを上に向けて差し出した。その手を前にアンジェリークは固まったように動きが止まった。「おやおや、これは失礼」、ニクスは小さく呟くと改めて手を差し伸べるのを止めて、肩を竦めた。


この頃何か私はあなたにしたんでしょうか、身に覚えはないんですが。
ニクスは先ほどのアンジェリークの拒絶の意味を図りかねて、真意を質したいと思ったがそれは何かいけないことのような気がして尋ねるとこを止めた。そして二人は微妙な距離を保ちながら、隣を歩いていく。今回の依頼は自分達が力を付けてきたせいなのか、午前中には終了してしまっていた。ニクスは村で用意してくれた昼食を包んでもらい、どこか景色の良いところで楽しもうとバスケットに詰めて持ってきていた。


「最近は何か楽しいことはありましたか?」
「そうですね……あ、この間ジェイドさんがおかしかったんです」
「どこか調子でも?」
「違うんです、わたしのお菓子作りの道具から楽しそうな声がするって言うんです。そんなことないでしょうって言ったら、こんな風に言ってるよって真似してみせてくれたんです。それがかわいくておかしくて」
「そうなんですか、私も見てみたかったですねぇ」
「ニクスさんは何か楽しいことありましたか」

さっきまでと打って変わって足取りが軽くなってきていたアンジェリークは、まっすぐにニクスの顔を見上げながら期待に満ちた目で聞いてくる。最近楽しいと思ったことか、そんなことあっただろうかと考え込んでしまった。

長い時間を生きてきたニクスには心から楽しいと思ったことはあまりなかった。だが、陽だまり邸でアンジェリークを中心にオーブハンター達が一緒に暮らすようになって、少しずつ楽しいとか嬉しいとかいう感情を覚えるようになってきた。最初の内はその感情がこそばゆく、また恥ずかしかったものだが、最近では素直に気持ちを表現するようになった。

「そうですねぇ、この間レイン君とヒュウガが剣の練習をしていましてね」
「時々やってるみたいですね」
「ええ、そうなんです。そこへね、ベルナールがいつものように庭から入ってきたんです」
「それで、何かあったんですか?」
「ごそごそと庭木から音がして、二人がその日に限ってすばやく反応して茂みに剣を突き出したんです。私もエルヴィン君だったらいけないと思って飛び出そうとしたんです。それが……」
「出てきたのがベルナールさんだったんですね」
「正解です。せっかく頭に枯葉をたくさん付けて出てきたというのに、剣に驚いて後ろにひっくり返ってしまったんです」
「ふふふっ、見てみたかったです」
「でしょう?」
「ええ」

アンジェリークの笑顔はとてもかわいらしく、今日のような青空にはとてもよく似合う。私にとっての一番の褒美はやはり彼女のこの笑顔なのかもしれない、ニクスは明るい空を見上げてしみじみと感じていた。アンジェリークもつられて空を見上げると、隣のニクスに微笑みかけた。


ああ、幸せですねぇ。
ニクスは長い時を掛けて彼女を見出した事をしみじみと嬉しいと思った。
この幸せな感情がどこから来るのか、それはきっと隣にアンジェリークがいるというたったとそれだけの理由に過ぎない。それでもニクスにとってこのほのぼのとした何でもない日常が至福の時間だと本心から思えてならない。

「アンジェリーク、またどこかへ出かけましょうね」
「ええ、また一緒に出かけましょう」

いつかタナトスと言う名の悪夢を追い払うことができたなら……。
その時に私という存在は消えてなくなっているかも知れない。それでも、アンジェリークの笑顔を護ることができるのなら、喜んで彼女の手で浄化されたい。この少女に浄化されるのが運命なのだとしたら、その運命に素直にこの身を委ねよう。

「平和になったら、遠出したいですね」
「ええ、そうですね。その時には私ではなくレイン君かヒュウガか、ジェイドでも誘って……」
「ニクスさんもそこにいるでしょう?」
「えっ……?」

当たり前のように彼女はニクスも一緒にと口にする。あまりにさりげなく言われた言葉に、ニクスは少し驚いてまじまじと彼女の顔を見つめ返した。私も……ですか?何気ない振りを装ってアンジェリークに尋ねたものの、声が上ずっていることはごまかせなかった。

「ニクスさんはまた思ったんですよね、きっと」
「何を……ですか?」
「その時に自分はいないって」
「…………」
「そんなことしません。両方救ってみせます。だから、そんな悲しいことは想像もしないでください」
「…………」
「約束です」
「ふふっ……そうですね。女王陛下の仰せのままに」
「……!」

ニクスの大仰な言葉遣いと仕草に一瞬きょとんとしたが、アンジェリークはまた元の花のような笑顔に戻った。
ああ、やはり私にとっての一番の褒美はあなたの笑顔だ。
しみじみと感じながら、ニクスはどこまでも青く高い空を見上げてつぶやいた。




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