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平気じゃないのはたぶん私



「アンジェリーク、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
「いいえ、大丈夫です。もう少し、もう少しだけ頑張りましょう、ニクスさん」
「…………ですが」






アンジェリークを伴ってニクスは雷鳴の村と呼ばれるオラージュまで足を伸ばしてきていた。依頼元はウォードンタイムスの記者ベルナールだった。タナトスに襲われ村全体が眠りについてしまったと聞かされ、ベルナールが現地で取材した時の写真まで持ち込んでオーブハンターに依頼をしていったのだ。彼が期待したのは、タナトスを倒すオーブハンターとしての手腕ではなく、アンジェリークの持つ浄化の力の発露に違いない。そう事実を重んじる新聞記者であるベルナールは、どうしても彼女が伝説の少女なのかどうかを確かめたかったのだ。

予想通り、村民が眠り続ける生気の無い写真を目にしたアンジェリークは、そこに写し出された光景に顔を青褪めさせていた。が、それでもしっかりと決意を固めた様子でもあった。自分にできることであればすぐにでも出かけよう、そして自分が癒すことができるのならば何でもしよう、と。





だが、どんなに彼女が力を尽くそうと、一部の村人は一向に目を覚まそうとしない。
みるみる手を翳すアンジェリークの顔色が青褪めていく。ニクスは間近にいながら何もできない自分を恨みながら、被害状況を視察して回っていた。生気を奪われ眠りについただけでなく、その後の生活の保障として当面の食料援助が必要になる。もちろん、薬などの医療関連の物資も必要だろう。人間は足りているだろうか、医者は、看護士は?メモを取りながらニクスはアンジェリークが心配で気もそぞろになりがちだった。

「とりあえず、第一弾はこれでいいでしょう」
ニクスは火の消えたオラージュの村を見回して、雨を避けて飛び込んだ民家の軒先で濡れそぼったマントを大きく振って雨粒を飛ばした。着いた時にはまだ晴れ間が見えていたが、今はしとしとと雨が降り一向に止みそうもない。雷鳴の村と言われるだけあって晴れ間は少なく細かな雨のしずくが周囲を覆い、遠くからが雷鳴さえ聞こえてくる。


シルクハットを一振りしてニクスは小糠雨の降りしきる中、アンジェリークがいる村の公会堂へと走り出した。
夕刻が近づくにつれ雨は一層激しさを増し、寒さを伴ってニクスの頬を打つ。この寒さではアンジェリークの体もさぞ冷え切っていることだろう。


「アンジェリーク、今日は帰りましょう」
「でも……」
「あなたが倒れては元も子もありませんよ。それに全く誰も目覚めていないわけではありません。泊まるような場所もありませんし一旦引き上げましょう。そして明日の朝、救援物資とともにこちらを訪れることにしませんか」
「平気……です」

か細い声でアンジェリークは答える。しかし、その声はもうかなりかすれ始めていた。何よりも寒さと疲労でその細い肩が震えている。ニクスは知っている、彼女が言い出したら聞かないことも、自分を犠牲にしてでも人を救おうとする崇高な精神の持ち主であることも。だが、一方で彼女の肉体はもう限界だということも気付いている。気付かないふりをしているのは当の本人だけ。なら尚の事周囲が気付いて引き上げさせなくてはいけない。少し強引な手を使ってでも。


さて、どうしたものだろう、ニクスは雨を払いながらどうすればアンジェリークを陽だまり邸まで穏便に連れて帰ることができるだろうかと考えた。強引に連れて帰ると言う手もあるが、それはできるならしたくないというのが彼の今の気持ちだった。

幾人か眠りから目覚めた村人がいる。目覚めない村人もいる。それでも依頼を受けて急ぎ駆けつけた時の何とも言えない静寂に比べれば随分ましになった方だ。それに比べてアンジェリークの消耗ぶりが目立ち始めた。このままでは、女王やオーブハンター、ひいては女王候補への信頼にも響くかもしれない。ニクスは強引に事を進めることを厭うところがあるが、それでもこのままではいけないと強く思った。

「アンジェリーク、馬車の用意ができました」
「えっ……?」
「明日にしましょう」

目覚めた村人に明日再び訪れると断って、ニクスは珍しく強い力で彼女の細い手首を掴むと公会堂の外に用意した馬車へと連れていった。もちろん、雨に打たれないように自分のマントでアンジェリークを覆うようにしながら。

青褪めたアンジェリークを乗せて、ニクスは夕刻の街道を陽だまり邸へと馬車を走らせる。御者を連れて来なかったことをひっそりと後悔しながら、一刻でも早くと鞭をしならせる。「アンジェリーク、あなたは何をそんなに焦っているのですか」、ニクスは静まりかえった馬車に向って呟く。彼女の持てる力だけではやはり何もできないのだろうか。女王として覚醒しなければ全てが始まらないと言うのか。それとも、共にあったのが私だったのがいけなかったのか。ニクスは馬車を急がせながら、自問自答を続ける。後ろが静か過ぎるような気もするが、いっそ眠っていてくれるならそれはそれでいい。エルヴィンを抱いていることで少しでも温かさを感じながら眠っていてくれるならそれでいい。



「あなたは平気でも、私は平気でいられないのですよ。どうしたらこの気持ちをわかってくれるのでしょう」
陽だまり邸が近づくにつれ、夕刻の明るさを取り戻し始めた空に向ってニクスは誰にともなく呟いた。

彼の女王は中々に強情で仕事熱心で。
そんな彼女をいとおしいと思う一方で、危なっかしくていつもはらはらさせられてばかりだ。
保護者的な感情とそうでない感情と。どちらの感情が強く作用しても心が痛む。そう、アンジェリークが平気ではいられない事以上にニクスの方が平気ではいられなくなってきている。

愛しいと思う気持ちを認めようと認めまいと。
それはまた別の話。




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