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言葉なんていらない



人間は言葉というものをどうして獲得したのだろう。
きっとどうしても伝えたいものがそこに在ったに違いない。

だけど、本当にそうだろうか。
言葉なんてなくても僕は君のぬくもりさえ在れば安心する。
言葉も必要だってことはよく理解しているつもりだし、結構それなりに言葉にしているつもりだ。だけど、君の隣で目覚めた朝は言葉なんていらないなぁってしみじみ思ってしまう。


夏も冬も同じ薄いカーテンがひらひら揺れる僕の部屋の布団の上で君は健やかな顔でよく眠っている。
初夏になって朝日が昇るのが早くなったせいか、いつもぎりぎりの僕がもう目を覚ましてしまっていた。枕もとの時計を見るとまだ朝の5時過ぎ。夏至前でどんどん日が高くなっていく中僕はうっすらと紗が掛かったような君の寝顔をこうやって静かに見ている時間が好きだ。もちろん、冬に向っていく薄ら寒い空気の中で、君が風邪を引かないようにしっかりと抱きしめたまま見ているのも幸せな気分になれて好きだ。


「君と出会えてよかった……」


もうすぐ起きるかもしれない君に僕はつい独り言を呟いた。そして寝乱れた前髪にゆっくりと指を絡ませてみる。高校生だった頃はちゃんと前髪と後ろ髪の区別がつくおかっぱ頭だったのに、いつのまにか君の髪まで大人びて長くしなやかになった。それでもかわいいことには変わりはない。

「……ん!?…………た……かふみ……さん?」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい……っていつから?」
「いつからか忘れました」
「もう寝顔を見つめないでって何度言ったら……」

そんなつれないことを言わないでほしいな。
僕は君が安心しきった猫みたいに健やかに眠っている姿を見ていると、人類の幸せを全部独り占めしてるみたいな気分になれるのに。
真剣な顔で抗議する君がかわいくてその頬にちゅっと小さな音を立てて口付けると黙り込んで背中を向けられてしまった。

やや、ちょっと怒ってる?
それともびっくりしただけ?
ねぇってば。




隣の部屋で猫がにゃぁって鳴いた。
その声に反応して君は起き上がると、「お腹空いたのかな」って僕に聞く。「そうかもね、起きる?」と君に聞くとこくんと頷いてようやく僕の額にもキスしてくれた。君が泊まった翌朝一番の僕の額へのキスは「もう起きよう」の合図。僕もごそごそと起き上がると布団の周りに散らばったTシャツを頭から被る。君も僕のTシャツを頭から被って起き出した。

こんな幸せな朝は言葉なんていらないって本気で思う。そして、そんな気持ちにさせてくれる君の存在が僕にはかけがえのない宝物だ。

幸せな気分をそのままに、僕は起き上がった君を背中から抱きしめた。
そして首筋にわざとらしく音を立ててキスを3回。

ねぇ、こっちに向いてくれないかな。

僕は君を正面から見つめてゆっくりおはようとありがとうのキスをしたいんだ。


ねぇ、いいよね。

もう、しょうがない人ね。彼女は小さくそう言うとようやく僕の方に向き直ってくれた。

「貴文さん」
「はい、なんでしょう?」
「どうしてそんなに甘えた態度なんですか?なんだか猫みたい」
「前に言ったでしょ、僕は猫なんだって。もう忘れた?」
「ううん、覚えてる。貴文さんが猫なんだったらわたしがちゃんと遊んであげなきゃって思ったから覚えてる」
「そうだね、ありがとう」

僕は猫なんです、そんなことをつい君に言ってしまったことがあったね。普通、やーね何言ってんだか、なんて言って笑われるのがオチだけど、君はそんなことがなかった。むしろきょとんとしてたっけ。

その時の君がそんなことを思っていたなんて。

ごめんね、そして、ありがとう。
僕はきっと何度でも君を愛してるって言うよ。
百万回のキスと一緒に抱きしめながら。


あ、今お腹が鳴りました。
猫もお腹が空いたって鳴いてますね。
ささ、ツナサンドでも作りましょう。僕も手伝うから。



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