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世界が変わる、その瞬間



君を探して僕は年甲斐もなく、全力疾走。
卒業式が無事に終わって、謝恩会も終わって、今日の夕刻までが僕に残された最後のチャンス。
別に明日になってもいいとか思わなかったわけじゃない。でも、これは今日この日に言わなくちゃ意味がない。
そう、明日じゃ意味がなくなってしまうんだ。









散々心辺りを探し回って、よいやく辿り着いた羽ケ崎の寂れた灯台。砂浜から上を見上げると灯台のテラスにたたずむ人影が見えた。春になったとはいえまだまだ寒い、というか実際夕方になってかなり肌寒くなってきた。僕はジャケットを羽織っている上に、さっきから走り続けてきたからうっすらと汗さえかいている。だけど、あの人影が彼女だとしたら薄い合い物の制服一枚であんなところにいたら風邪を引いてしまう。

慎重に確かめることもせず、とにかく急いで彼女を捕まえたい気持ちで一杯になっていた。とにかく君を早く捕まえて話したいことがたくさんあるんだ。どうしても今日の内に。

どうか、あの人影が君でありますように。
僕は珍しく神頼みをしながら、古い灯台のきしむ扉を開け、階段を駆け上がった。



「見つけました」
と、言う前に大きく深呼吸をして息を整え、僕の声に驚いて振り返った君に特大の笑みを見せる。

ああ、でも、もう僕の心臓は走ったことと今から君に言おうとしてることとで、バクバクだ。

「先生……どうしてここが?」
「僕は君の先生だから、何でも知ってるんです」
「ふふふっ、そうでした」


振り返った時は少し表情が硬かったけれど、おどけた僕のしゃべり方にようやく君はいつものように笑ってくれた。


「ねえ、さん。僕は君にどうしても話しておきたいことがあるんだ。いいかな」
「はい」


彼女の真剣な眼差しに僕の決意も勇気も一瞬揺らぎかけた。でも、今この時間をいつものように笑って冗談にしてしまうわけにはいかない。そう、今日しかないんだから、僕には。


その前にやっぱり君は寒そうだった。僕は自分の着ているジャケットを差し出そうと思ったけれど、今そんなことをするよりもとにかく早いとこ、話をしなくちゃと焦っていた。

「僕はね、子供の頃から特殊な計算能力があって……」

どこから話そうかって、昨日一晩考えて整理したというのに、何を長々と話してるんだろう。確かに僕の青春はなかったに等しい。君達のように当たり前に中学に通い、高校に進学して、なんて十代を過ごしたことはなかった。そんなことを延々話しても仕方がないと思う。
だけど、僕というものを理解してもらうためにはここから話さなくちゃいけない。
ちょっと長くなるかもしれない、でも、できたらきちんと話を聞いてほしいんだ。
ごめんね、肌寒いかもしれないけど。

「13歳からアメリカの研究所で働いていて…………僕はそこで人間に失望して…………だけど、ここで君と巡り合えた…………」

真剣な顔で君は僕の長い告白に耳を傾けてくれる。
ちょっと寒いよね、ごめん。もう少しだから。

「僕は君を愛してる。君の気持ちを知りたい」

ねえ、そんな透明な涙を流すのはどうして?
もしかして僕のためだって自惚れてもいい?
でも、同情で君の愛情を得たいとは思っていない。だから、僕の過去は気にしなくていい。素直な君の気持ちだけを教えてほしい。例えそれが拒絶の言葉だったとしても、それはそれで構わない。


だって、君が僕にまだ人間を信じられるってことを教えてくれたんだから。
それだけでもちゃんと明日から人間らしく生きていける。
だから、大丈夫だ、君の素直な気持ちがほしい。



「わたし……先生のことが好きでした。だから、ここで一人で泣いて終わりにしようと思ってました。でも、必要ないですね」
「それって……?」
「はい、好きです」
「本当に?」
「はい」

涙で目を赤くしたまま彼女はにっこりと笑ってくれた。信じられない思いのまま、思わず僕はぎゅっと君を抱きしめた。
恐る恐るといった感じで君の腕が僕の背中に回り、その回された腕が離れないように一層強く抱きしめた。


「ねえ、キスしてもいいかな」
「!」
「目を閉じて、事故じゃない本物のキスをしよう」

手のひらをささげ持つようにぎゅっと握って、20センチの距離を縮めてまっすぐに僕の唇は君の唇を目指す。キスっていうのは不思議だね、目を閉じて見えないはずなのに、間違いなく好きな人の唇に届くんだから。

何秒でも何分でも、それこそ何時間でも君とキスをしていたい。
一秒でも一分でも長く、君を抱きしめていたい。




愛してる。




君の笑顔が僕の世界を一瞬で変えてしまった。
3月1日午後5時38分、世界が変わった瞬間を僕は一生忘れないだろう。

君の暖かな微笑みと優しい言葉で、僕はこの世界に留まることを許されたんだから。
もうどこへも行かない。行きたくない。
君のいる場所が僕のいる場所だ。

ね、そうだよね。



さん、ずっと一緒にいるよ。
これから先何があっても一緒にいよう。



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