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想いの泉



「はい、若王子です」
「あ、えっと、こんばんわ」
「はい、さん、こんばんわ」
「今大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。さんこそ大丈夫?」
「大丈夫です。今何してました?」
「お風呂入ってきたところです。さんは?」
「わたしもお風呂上りです」
「湯冷めしないようにちゃんと暖かくしてる?髪も乾かした?」
「大丈夫ですよ。貴文さんこそちゃんと乾かしましたか?そのまま寝ちゃったらひどい寝癖になりますよ」
「大丈夫、大丈夫。きっちりドライヤーかけたからさらさらだよ。それにちゃんとホテルの浴衣を着てます」
「じゃあ大丈夫ですね。そうそう、修学旅行の引率お疲れ様です。今回も生徒さん達と一緒に回ったんですか?」
「まあね。でも特定の子と二人きりになったりはしないよ、あれはさんだけの特別だったからね」
「何ですか、それ。あ、そうそう、途中二人きりだったのって教頭先生にばれて怒られませんでした?」
「あははっ、ばれたのは枕投げに参加したことの方だったかな。ばれないように一緒に隠れたのに、どこかからばれててね、帰ってから長ーいお説教されました。ついでに普段のことから服装からしゃべり方からくどくどと」
「そうだったんですか?大変だったんですね」
「何の何の。でも、僕は楽しかったですよ、あの年の修学旅行」
「今年は参加しなかったんでしょ?叱られたから?」
「違うよ。僕は君がいたからやりたかっただけで、そうじゃなかったらしませんよ。僕だって一応注意する立場なんだし」
「そういえばそうでした」
「あ、忘れてたでしょ」
「ちょっとだけ」
「ひどいなぁ、さんは」
「だって、貴文さんすぐみんなに馴染んじゃうだもの。一緒にしゃべっててもあんまり違和感なかったし、廊下でしゃべっててもすぐ間に入ってきちゃうし」
「それは、さんレーダーが付いてたからだよ。君を見ていたから」
「はい!?」
「だからね、いつの間にか君が気になって気になって仕方がなくなってて、つい廊下とか教室とかで君の声が聞こえるとピコンって反応しちゃってて」
「知らなかった……」
「でしょ?」
「うん」
「でも、もっと威厳があった方がいいのかな、先生としては」
「別にいいんじゃないですか、貴文さんは貴文さんで」
「やや、嬉しいことを言ってくれますね、さん。大好きですよ、僕」
「よくそんなことさらっと言えますね。照れたりしないんですか?」
「どうして?」
「日本の男の人って言わなくてもわかるって思ってるところあるから」
「そうかな、やっぱり大事なことはきちんと言わなきゃ伝わらないと思いますよ。もしかして照れてるのはさんの方?ピンポンですか?」
「かもしれないですね。でも、ちゃんと伝えなきゃいけないのはわかってますよ」
「じゃあ、僕のこと好きって言えますか?」
「はぁ!?な、何をいきなり!」
「ダメ?」
「ダメじゃないですけど……今貴文さん一人?」
「どうして?」
「もしそばに誰かいてうっかり聞かれてたりしたら困るかもって……」
「一人ですよ。部屋がシングルなので大丈夫。他の先生方はいませんよ。それよりさんは今自分の部屋?」
「はい、そうです。一人でベッドの上です」
「おお、ベッド」
「今変なこと考えたでしょ」
「そんな滅相もない。でも、隣にいたかったなぁってちょっと思いました。修学旅行なんてうっちゃって病気だとか言って今から帰ろうかな」
「ダメです。ちゃんと後2日京都にいてください」
さんは厳しいねぇ。僕と離れてても平気?」
「なわけないでしょ。でもね、貴文さんのお仕事なんだから我慢してるんです」
「そうなの?」
「そうですよ、そうじゃなかったら今すぐ京都に行きたいくらい」
「じゃあ来る?」
「それはダメです。お仕事なんだからそこに部外者のわたしが入っていいわけない」
「うーん、中々にマジメですねぇ、さんは」
「貴文さんがふざけてるんです」
「そうかな……、じゃあちょっと反省します。ところで、マジメな話してもいい?」
「はいどうぞ」
「誰かを好きになるってすごく素敵なことだったんだなぁって今さらながら実感してるんですよ、僕」
「そうかもしれませんねぇ」
「でしょ?好きだなとか気になるなって思った瞬間から、僕の気持ちはずっと君に向ってこぼれっぱなし。つまり垂れ流してるんです、好きって気持ちを」
「垂れ流し!?」
「そう、今この瞬間だって携帯電話の電波に乗せて、君が好きだっていう思いを送ってるんです。受信拒否しないでくださいね」
「しませんよ、そんなこと。わたしも……わたしもね、去年より先月より昨日より1分前より今の方が貴文さんのこと好きになってると思いますよ」
「嬉しいな」
「嬉しいですか?」
「うん、マジ嬉しい。だってさんって案外言葉に出しては言ってくれないじゃないですか」
「そうですかね」
「うん、そうだよ。何か随分年下なのに君の方が余裕に見える」
「気のせいですよ、わたしなんて些細なことでわたわたしちゃって全然余裕ないです。貴文さんこそ余裕じゃないですか」
「そんなことないよ。君が僕以外の男の話をしてる時なんて、その唇をすぐに塞いじゃおうかと思ってるもの」
「やだ、何それ」
「いつもキスしたい、いつでも抱きしめたい、さん」
「無理です」
「判ってるよ、現実には無理だってことくらい。でも、キスしたい。電話でキスして?ダメ?」
「はぁ!?何言ってるんですか?」
「冗談です。本気にした?」
「もう知らない」
「まあまあ。あ、そうだ。お土産何がいい?明日買いに行くんですけど」
「何がいいだろう?貴文さんがいいなって思ったものなら何でもいいですよ」
「そうですね、何がいいかな。無難に食べ物とか?」
「あ、そうだ。清水寺の方に有名な七味屋さんがあるんですよ、そこの七味か、宇治茶とか、うーん、京都限定のお菓子とかがいいかな、食べ物だったら」
「食べ物以外だったら?」
「貴文さんの写真」
「僕の写真?」
「うん。一枚欲しいかな。できれば生徒さんと一緒じゃないもの」
「そっか、じゃあ明日誰かに撮ってもらおうか」
「うん、そうしてください。ちゃんと笑顔でね」
「はい、わかりました」
「あ、もうこんな時間。明日も早いんでしょ、もう寝ますか?」
「そうだね、君は明日大学は?」
「うん、明日は1限からだから早起きしなきゃ。じゃあ、おやすみなさい」
「君が幸せな夢を見られますように」
「貴文さんもちゃんと起きられますように」
「カチン、僕だって目覚まし掛ければちゃんと起きられます。あ、でもモーニングコールしてくれるなら飛び起きますよ」
「何時ですか?」
「えっと、6時半。でも、いいですよ、君も早起きしなくちゃいけない」
「いいですよ、わたしも起きるから」
「じゃあ、楽しみにしています。おやすみ、。いい夢を」
「おやすみなさい」
「…………」
「…………」
「先に切ってください、貴文さん」
「そっちこそ」
「えっ、嫌ですよ」
「そうなの?じゃあ、僕も嫌だ」
「わがまま言わないでくださいよ、大人なんだから」
「そっちだっていつまで経っても大きな子供なんだから」
「む」
「カチン」
「じゃあ、せーので一緒に切りましょ」
「わかった、そうしよう。でも、その前にもう一回おやすみなさい。それからいい夢が見られるようにキスを」
「おやすみなさい。貴文さんもゆっくり寝てくださいね」
「「せーの!」」


二人の掛け声で同時に携帯を切った。貴文はさっきまで彼女の声が聞こえていた無機質な機械をじっと見つめ、そしてゆっくりと撫でた。まるで、大好きな彼女の頬を撫でるように優しく。

「おやすみ、



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