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眠りによせて



最近の僕は嫌な夢を見ることが少なくなった。
それよりも僕は楽しい夢を見るようになった。

どういう心境の変化?

ううん、たぶん本当に僕は今楽しいんだと思う。
僕が経験しえなかったいろいろなことを経験して、一歩一歩大人への階段を登っていく生徒達を見ているのが楽しくて楽しくてたまらないのだと思う。
前の僕は君達が楽しそうに笑ったり、友達とふざけあったり、何かがうまくいかなくて悔しがったりするのをただ羨ましいと思って見ていただけだった。だけど、それが今はただ傍観して羨望の眼差しを向けるよりも、一緒に楽しもうという気になってきた。実際、輪の中に入ってしまえば、何のことは無い。君達は僕をそれなりに受け入れてくれた。

だから、前よりはずっと楽しい。
大勢の生徒達の中でも、特に一人の女の子を見ていると僕は自分も同じ高校生なんじゃないかと錯覚してしまいそうなほどに、楽しくなる。
その感情の名前を僕は遠い記憶の中で、ぼんやりと覚えている。だけど、今は自覚しちゃいけない感情なんだろうと思う。





「若王子先生!」
さん、今、帰り?」
「もしよかったら、一緒に帰りませんか?」
「どうぞどうぞ」

僕が頷くと彼女はとたんに嬉しそうな顔をして、そのかわいい顔を輝かせる。僕はこの子の教師であって同級生ではないのだから、きっぱりと断ればいいものを、どういうわけか一緒に帰ろうと思ってしまうから不思議だ。

何を話すわけでもない。ほとんどは他愛のない話。学校のことだったり、彼女の友達の話だったり、あまり個人的な話にはならない。僕も自分のことをあまり話さない。
だけど、最近彼女の口から他の男子生徒の名前が出てくると、ちょっとだけ胸が痛むことがある。

その理由をきっと僕は知っている。
ずっと昔、遠い過去に僕が捨ててきた感情だ。




「でね、先生、佐伯くんったらおかしいんですよ」
「…………」
「なんかカッコつけてるけど、こないだ一緒に買い物に行った時、ショーウインドウで髪を直してたんです、熱心に」
「うん……それで?」
「あ、やっぱり気にしてるんだって言ったら、ものすごい勢いで否定して、チョップするんですよ、信じられます?」
「そう……、あ、先生ちょっと買い物があるのでここで失礼しますね。さん、気を付けて帰るんですよ。寄り道はだめですからね」
「はーい、じゃあ、先生、さようなら」
「はい、さようなら」

あのまま、佐伯くんの話を聞いていたら、僕は頭がぐらぐらしそうだった。もっとも、彼女が彼を好きなのかというとそんな感じはしない。むしろ、佐伯くんの方が彼女を気に入ってるような気はする。

だから、買い物があるなんてまことしやかな嘘をついて、僕はさんと交差点で右と左に別れた。
なんて子供じみたことをしてしまったんだろう。僕は彼女から見ればただの教師にすぎないくせに、心のどこかで僕自身を見てほしいと望んでいる。その上、きっと彼女なら教師じゃない僕を見てくれるんじゃないかなんて、期待している。
変だな、最近の僕は。




夜が大きなカーテンで街を覆い始めたこの時間の空の色が、僕は苦手になった。
朝になって暗い色のカーテンを開いて、空が明るい色になる時間を、僕は待ち遠しくなった。



それはたぶん君と僕を分かつ境界線だから。




今夜、君は誰の夢を見るんだろう?
僕はまた君の夢を見るかもしれない。その夢が幸せなものだったなら、僕はまた君と一緒に帰ろうかな。


君は誰の夢を見ますか?

明日、もしもまた君が僕に笑顔を向けてくれたなら、週末の時間をもらってもいいかな。
教師としてじゃなく、若王子貴文として、僕は君の時間がほしい。





今夜、僕はどんな夢を見るだろう。
君もワンシーンでいい、僕の夢を見てくれると嬉しいんだけど。

さて、と。
猫のご飯でも買いに行きますか。



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