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Merry Christmas Baby


僕にとってのクリスマスは、コールドターキーと愛想笑いに満ちたパーティのこと。
一人研究室のデスクでぱさついたターキーをパンにはさんで機械的に口に運ぶ僕。
スポンサーの顔を立てるためだけにパーティに顔を出して、無表情に壁の花になる。





「貴文さん!」
「ん?ああ、そうだった。クリスマスでしたね」
「昨日は遅かったの?」
「そうだね。今年はパーティの年だったし、9時にはお開きだからね。でも、その後ちょっと見回りに出て帰ってきたのは11時くらいだったよ」
「そっか、昨日は寒かったでしょ?」
「うん、寒かった。だからね、結構夜遊びしてる悪い子は少なかったよ」
「夜遊びしてればよかったかな?」
「ダメだよ。僕以外の人に捕まったらダメ」
「じゃあ、捕まえていてね」
「もちろん」



今の僕にとってのクリスマスはこんな他愛のない会話と温かい肌触り。
こんな日々がこの先ずっと続きますように、と僕は切に願う。

帰って来た頃は日本のクリスマスが苦手だったのに、君と出会ってからは誕生日の次に好きな日になった。もちろんこの場合の誕生日と言ったら、もちろん僕のじゃなくて君のだけどね。
君は大学生になって少しだけ大人になった。高校生の頃は結構落ち着いた雰囲気の洋服を少し背伸びして着ていたけれど、今の君はもうすぐ二十歳になることもあって大人っぽい服装でも無理な背伸びには見えなくなってきた。
これも年相応と言うことかな。普通の女の子は大人っぽいねって言うとあまりいい顔をしないらしいけれど、彼女は不思議なことに嬉しそうな顔をする。
「子供っぽいと貴文さんがお父さんにたいに見えちゃうでしょ」、なんてちょっとだけ失礼なことを言われるけどね。

「ケーキとチキンを買ってきたけど、どうしよう」
「どうしようって?」
「フランスパンとかワインとかも買ってくればよかったかなーって」
「君はまだ飲めないでしょ。僕だけ飲んでもおいしくないよ。パンじゃなくても、いいよ、冷凍のピラフでも」
「そんなのでいいの?」
「うん、いいよ。今からまた外行くの寒いでしょ。あ、そうだ、レタスとかキュウリとかがたぶんまだ食べられるよ」
「じゃあサラダにしようか」
「そうしよう」

ケーキを冷蔵庫に収めながら、サラダにと野菜を取り出して、電子レンジにパッケージから取り出したチキンを入れるか、冷凍ピラフを入れるかちょっと迷う。時間は12時過ぎ。そろそろお腹が空いてくる時間だ。
「貴文さん、チキンは電子レンジでちょっと温めましょうか。ピラフはフライパンで炒めるから袋開けてくれる?」
「了解」

手早くキュウリとトマトを切ってレタスをちぎってお皿に盛ってる横で、僕はピラフの封を切ってフライパンをコンロに掛けて、そのままざーっと明けたら場所を交代。
君は伸び始めた髪を軽く後ろで結わえて、フライパンのピラフを鼻歌交じりに炒めている。
そんなありふれた日常の風景があまりにも嬉しくて、僕の腕は後ろから君を今すぐにでも抱きしめたくてうずうずしている。でも実際にそんなことをしたらきっと君に怒られる。そして、30分くらいはきっと口を訊いてもらえないだろう。

「貴文さん、鶏熱いから気をつけてね。絶対素手で持たないでね」
「判ってるって」
「ホントかなー」
「信用ないなー、僕」
「前科あるでしょ」

チキンのお皿を鍋つかみでちゃんと持っていつもより少しこざっぱり片付けられたこたつの天板にそっと乗せる。
温まったピラフと簡単なグリーンサラダ、コップにはワインならぬ熱いお茶。和洋折衷、不思議な食卓になったけれど僕にはあの頃のコールドターキーよりずっとずっとごちそうと思う。スポンサーに連れられて言った三つ星レストランのクリスマスディナーや、最高級のお寿司屋さんなんかよりも、こっちの方が僕の口には合うみたいだ。もちろん、君がそういう店に行きたいと言うなら、喜んでエスコートするけど、たぶん君も窮屈な高級店よりこっちが好きに違いない。


「外に行けば良かったかな?」
「僕はこの方がいいよ。こうやって君と心おきなくいちゃいちゃできるし」
「またもう!」

そう言って笑う君は本当に楽しそうで、僕は君を好きになって良かったと思う。
狭いアパートのこたつに足を入れて、ぬくぬくと温まりながら熱いチキンを頬張りながら何でもないことを君と話をする。
長い間僕にはこんな日常は望むべくもないってずっと諦めてきた。
だけど諦めなくてもいいんだってことに気づかせてくれたのは、君の笑顔だった。

あの海辺で僕は君に言ったよね。君が僕をこの世界につなぎ止めてくれるって。無自覚なんだろうけれど、君の存在は僕をつなぎ止める柔らかな鎖のようなもの。誰かに束縛されるなんてまっぴらだってずっと思ってきたけど、本当は嫌いじゃなかったんだなぁって最近はよく思う。小さな喧嘩もするけれど、ちょっとした行き違いで君を泣かせてしまうこともあるけれど、それでもたぶん泣き顔と笑顔だったら笑顔の比率の方が高いはず。僕はそう思ってるけど、君はどう?

「この間はごめんなさい」
「えっと……?」
「遅くなって心配してくれたのに、逆に怒っちゃって」
「いいよ、僕の言い方も悪かったんだし」
「何かね、まだわたしは高校生なのかって思ったらちょっと腹立っちゃったのね」
「うん、僕もちょっと先生っぽかったしね」
「ごめんね」
「じゃあ、仲直りのちゅーでもする?」
「もうっ!」


ほら、その笑顔。僕は眩しくていとおしくて楽しくてとにかくどうしようもなく、好きだ。
だからこんな日にはこころから言うよ、Merry Christmas Baby! ってね。






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