ABOUT

NOVELS1
NOVELS2
NOVELS3

WAREHOUSE

JUNK
BOOKMARKS

WEBCLAP
RESPONSE

Happy Happy Christmas



日本でクリスマスと言えば、本来の意味とは少し違って楽しくパーティをしたり恋人とデートする日のこと。
僕はいわゆる中学生くらいの頃から大学生くらいまでの長い間そんなこととは無縁に過ごしてきた。それでも普段は素っ気ない研究所でさえも4週間も前からクリスマスツリーが飾られて、少しは華やかな雰囲気をかもしだしていたものだ。25日の夜になると、研究所の中にある大きなホールで虚飾に満ちたパーティが開かれ、大人達は欺瞞と打算に裏打ちされた笑顔を浮かべて政治家やら財界の大物やらの相手をしていた。僕ら現場の人間には全くもって意味がなかったけれど、それでも上層部は一生懸命だった、と思う。

現場の研究者である僕はそんな夜でもひたすら計算に励み、小さなケーキと冷めたターキーをサンドイッチにしてほんのり暖かいカフェオレを飲む。当時は淋しいという感情すら忘れていて、何をそんなに騒いでいるのだろうと醒めた目で世間を見渡していただけだった。







だけど、今僕の目の前に広がるのは生徒達の笑顔。
そして僕も心からこのささやかなパーティを楽しんでいる。
正直大したことのないケータリングの食事だし、大人でも仕事の一環だからアルコールは一切出ない。飲み物と言えば甘いジュースとウーロン茶にミネラルウォーター。子供達はチキンやケーキに目を輝かしてあちらこちらとテーブルを渡り歩いては頬を紅潮させておしゃべりに花を咲かせている。もちろん今夜のためにお洒落した男子も女子もお目当ての相手に勇気を出して話しかけて、瞳をきらきらさせて青春の1ページを堪能しているようだ。

僕の十代とは大違いだ。
以前はそれが羨ましいと思ったけれど、今はそれほど思わない。
大切な人がいて、その子はまだ高校生で後1年以上も待たないと先には進めない。それでも、彼女と話して彼女を眺めてほんの少しでも彼女の時間を独占できるだけで心がふんわりと温かくなって、僕はきっとこの先もちゃんと生きていてもいいのだと確認できる。

これを幸せと呼ばなかったら大きなバチが当たる。




さん、楽しんでいますか?」
「えっ?あ、先生。先生も楽しんでますか?」
「そりゃーもう、と言いたいところだけど、君は何だか少し元気がありませんね。人いきれにでも当たったのかな」
「そんなことありません」
「じゃあ、何か悩みでも?」
「何もありませんよ」
そう言って手を顔の前でひらひらさせながら、彼女は儚げな笑顔を見せる。

最近の彼女は時々僕と一緒にいる時でも、遠くを見てぼーっとしていることがある。理由を尋ねてもさっきみたいに微妙な笑顔を見せながら、急いで話を変えていく。まるでその話題に触れてほしくないかのように慌てて。今だって「何もありませんよ」と言った端から、「あ、あっちのケーキもおいしそう」とか言って話を逸らしてしまう。だから僕もとりあえず話を合わせて「向こうのテーブルにもおいしそうなのがありましたよ」、なんて言ってしまう僕。そうじゃないだろ、そうじゃ。


ねえ、本当は何かあるんでしょう。
僕に言えないけど言いたいことが一杯。
ねえそうじゃないの。そうだよね、きっと。でなきゃそんな顔しないでしょ。

クリスマスなのにそんな顔しないで、僕が原因なのだとしたらちゃんと話をしようよ。そうじゃないとせっかくのクリスマスが台無しになっちゃうよ。ねえそうでしょう、紗夜さんもそう思わない?

さん」
「はい?」
「ねえ、ちょっと抜け出そうよ」
「でも、それってまずくないですか?先生また叱られちゃいますよ」
「いいんです、そんな小さなこと。それより僕は今夜大切なものを失くしたくないんだ。さあ行こう。叱られるのは慣れてるから大丈夫」
「えーっ、でも」
「いいのいいの」
半ば強引に呆れ顔のさんの手をきつく握り締めて、僕たちはクリスマスの夜へと足を踏み出した。まだ戸惑い気味の彼女は、急いでコートを袖を通すと慌てて僕の後ろをついてくる。


さあ、ここからは教師と生徒の時間は終わり。僕とさんの時間の始まりだ。
さん、時々心ここにあらずって時があるけどひょっとして僕が原因なのかな?」

会場の体育館を抜け出して学校の前の道をまっすぐに街へと歩いていく。その途中で彼女は躊躇いがちに足を止める。僕はその度につないだ手を後ろに引きずられ、手を離してしまいそうになる。何度道の途中で止まったのか判らなくなるほど止まったけれど、半分意地になってた僕は君の手を離さない。

すっかり学校が背景の彼方になった頃、無言のまま彼女は夜空を見上げた。僕もつられて見上げると今夜は月も無くて満天の星空が広がっていた。そういえばこうやって誰かの隣で星を見上げたことなんてなかったなぁ、なんてしみじみ思ってしまった。手袋も無いままの君の手はすっかり冷たくなっていて、思わずのその小さな手を僕のコートのポケットに握ったまま入れると、指先が微かに震えたのが判った。

「大丈夫、誰も見てないよ」とさんの方へ顔を寄せて囁いて安心させようとしたけれど、逆に彼女は少し顔を背けてしまう。どうしてそんなことをするの?もちろん、僕と君の立場上あまり大っぴらに何もできないのは判ってるつもりだ。だけど、今夜はクリスマスじゃないか、少しくらいは好きな女の子といちゃいちゃしたいんだ。僕は失われた青春を君で補いたいなんてそんな切ないことはもう思わない。もちろん君をからかってるつもりもない。結構こう見えて真剣に君を好きなんだよ。どういう訳か自分でもよく判らないけれど、とにかく君が大切で大好きで。

さん、もう隠し事はやめよう」

「えっ?」
と、君は大きな瞳を見開いてようやく僕の方をまっすぐに見てくれた。そんな君がいとおしくて僕は思わず君を強く抱きしめたくなったけど、寸でのところで押し留めた。だって急に抱きしめてまたそっぽを向かれたんじゃ意味がないじゃないか。

「ああ、やっと僕をちゃんと見てくれた」
「先生……」
「僕は今この時間君の先生は止めるよ。若王子貴文として君の時間をもらってもいいかな」
「でも……それは……だ」
「だめじゃないよ。卒業までまだ時間があるけれど僕はもう君が好きで好きでどうしようもないんだ。信じてくれる?」
「ずるい……です」
「ずるい?僕が?」
「だって、先生はわたしの気持ちを知らないから……」
「じゃあ、ちゃんと言って」
「えーっ!」
「クリスマスの魔法」
「魔法?」
「そう、魔法。だから君の声は僕にしか聞こえない」
「……大……好き」
「うん、僕もだ」


ふいにどこかから、クリスマスソングが聞こえてきた。
僕の好きなジョンレノンだ。きっとさっきからずっと流れてたはずなのに、君が僕を好きだと言ってくれた瞬間に止まっていた時間が流れ始めたみたいに、好きな曲が耳に飛び込んできた。

Happy Christmas!

そうだ、最近ちょっと元気が無かったけどどうして?
ふと彼女を連れ出した訳を思い出して聞いてみた。そうすると君ははにかみながら僕を見上げて「だって、先生と歩いてたらみんな振り返るんだもの」、なんて答えてくれた。なんだ、そんなことか。それなら僕だっていつもかわいい君を見るたびに、そのままどこかに隠してしまいたいと思ってるんだからおあいこだね。

「かわいいことを言ってくれるね、さんは」
「な、な、何言ってんですか、先生!」
「そんなところも大好きです」
「……!」

さあ、冷え込んできた。どこかで明日のいい訳でも考えながら君と暖まろう。君の笑顔のためなら僕は何でもするよ、僕はもう君しか要らないんだから。

「さて、そろそろいい時間です。どこかで暖まってから帰ることにしましょう」
「そうですね、そうしましょう」
「一緒にいい訳考えてね」
「ふふふっ、しょうがないですねぇ、先生は」
「クリスマスプレゼントに一つおねだりしてもいいかな」
「何ですか?」

立ち止まって僕を見上げた君のまぶたをそっと閉じて、僕は初めて君にハプニングじゃないキスをした。宝物みたいな君をゆったりと抱きしめながら、甘い甘いスイーツのような唇に引き寄せられて何度もキスをする。「貴文って呼んで、今夜だけでいいから」って耳元でお願いしてみる。すると閉じていた目を一瞬大きく見開くと、こくんと一つ頷いて、恐る恐る僕を呼んでくれた。「貴文……さん」って。



クリスマスなんてあんまりいい思い出がなかったけど、これからはきっと君のお陰で幸せな聖夜になるだろう。
冷たくなった君の頬を撫でて、もう一度キスを。

あ、やばい。ここは路上だった。でも、いいや。クリスマスなんだから。
空の上の神様しか見てないよ、きっと。
道行く人達だって今夜くらいはたぶん見て見ぬ振りをしてくれる。

きっと。




Happy Christmas for you.
君の上に天使が舞い降りますように。
そして僕の上に天使が舞い降りたことを神様に感謝して……。


来年も再来年もその先もずっと……。




back

go to top