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9月4日



Happy Birthday To You,
Happy Birthday To You,
Happy Birthday Dear TAKAFUMI,
Happy Birthday To You.




夢の中で僕は大きな大きなクリームが見えないくらい赤いイチゴがたっぷり乗ったバースデイケーキを前に座っている。周りには何度見渡しても誰もいない。カセットテープからエンドレスにHappy Birthdayが延々流れていて、僕は一人で大きなケーキをどうしようかと途方に暮れている。淋しいのか淋しくないのか、悲しいのか悲しくないのか、それとも実は嬉しいのか嬉しくないのか。正直わからない。

とにかくいつまでもいつまでも僕は途方に暮れている。
どうしたらいいのかわからないまま、僕はただ途方に暮れている。







「貴文さん、起きて」
「……ん?……あ、……さん?」
目覚めたばかりのぼんやりした頭のまま、僕は起こし来てくれたさんの頭を抱え込んで、ぎゅっと抱きしめた。なぜだかわからないけど、そうしたい気分だった。小さな声で「どうしたの?」って言った君の唇を塞ぎ、僕は朝からキスをした。

しばらく僕にされるがままだったさんは、ゆっくりと僕の指を1本ずつ剥がした。そしておもむろに僕の目を覗き込みながら「どうしたの?嫌な夢でも見た?」って言いながら心底心配そうな顔をする。
ここで「何でもないよ」ってぎこちない笑顔で答えるのは簡単だ。だけど、敏感な彼女はすぐにそんな小さな嘘を見抜いてしまう。
「ちょっと楽しくない夢を見たんだ」、正直に僕は彼女に申告する。
今まで僕は色々と人生をごまかして生きてきたけど、彼女にだけはどうもうまくごまかせない。

「大丈夫よ、いつでもわたしは貴文さんの手が届く場所にいるわよ」
、そう言ってさんはゆっくりと微笑む。この笑顔に何度僕は救われたことだろう。

「だから、さあ起きて一緒に朝ごはん食べましょう」
「うん、そうする」
「そうしましょ」

いつの間にか立ち上がっていた君はすっと僕の方へと手を伸ばした。僕はその手を取る。
情けないことにあんな夢を見た朝は君の手を頼りにしないと起きられやしない。

「ねぇ、僕のこと愛してる?」
「そうねぇ、どう思う?」
「わからないよ」
「じゃあ、言わない」
「いじわるだなぁ、さんは」
「大好きよ。さあ、しっかりして」

彼女がそばにいてくれてよかった。僕は本当にそう思う。
僕の人生の半分はめちゃくちゃだったけど、これからの人生はきっと君がいるから大丈夫。意地っ張りで前のめりでそれでいて淋しがり屋で甘えん坊で大人で子供な君さえいれば僕は大丈夫。

君に出会うまでの僕は、自分が生きていることを後ろめたく思い、いつでも退場しようと思っていた。実際君に好意を寄せながら一方で君と人生をともにするなんでありえないと否定するばかりだった。だけど、春先の海岸で君を掴まえた時もう離さないと誓ったんだ。

さん、愛してるよ」
「うん、ありがとう。それから……」
「それから……何?」
「お誕生日おめでとう」
「あ……」

まーた忘れてたわね、そう言ってちょっと眉間に皺を寄せると彼女は僕を睨む。忘れてたわけじゃないよ、忘れてるふりをしてただけ。初めて君に「お誕生日おめでとうございます」って言われた時はマジで忘れてた。2回目になると前の日から何だか心がむず痒くて、夜中にコーヒーを飲みすぎたっけ。3回目は……僕の方から彼女を化学準備室に誘ったんだった。

「もう何回目になるのかなぁ、さんにお祝いしてもらうのは」
「8回目、ううん、7回目かな」
「そんなになるかな」
「そうね」

高校を卒業して、大学を卒業して、君は今僕の家族になった。
クリスマスまでには家族がもう一人増えて、僕は守るものが両手一杯になる。




9月4日。
僕が生まれた日。
そして僕が生まれ変わる日。

キッチンから君の楽しそうな鼻歌が聞こえる。
僕はベッドに腰掛けて昨日の夢を思い起こす。

僕は一人で大きなケーキを前にして途方に暮れていた。
あれは君に出会う前の僕の姿だ。

「貴文さん、早く。スープが冷めちゃうわよ」
「うん、わかった。ちょっと待って」

今の僕はケーキを前にしても途方に暮れたりしない。だって、ケーキよりも何よりも今の僕には君がいる。
だから、誕生日が嬉しい。

「今日はまっすぐ帰ってきてね、ケーキ用意しておくから」、君はそう言ってすごく楽しそうに笑う。僕も「楽しみだ」と言いながら、シャツの袖に腕を通しながら返事をする。まっすぐなんてもんじゃない、僕は飛んで帰ってくるよ、絶対に。



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