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what is this thing called love?



「随分と髪が伸びましたねぇ」


いつもと同じのんびりとした口調で、貴文さんはわたしの長く伸びた髪を優しく撫でる。
卒業してからもう1年。来週にはもうわたしも大学2年になろうとしている。貴文さんはといえば、相変わらずあの学校で化学を教えている。まあ、趣味と実益を兼ねてってところなのかも。

「卒業してから、ほとんど切ってないでしょ。ピンポンかな?」
「……ピンポン、です」
「僕はどっちでもいいんだけどね」
「何が?」
「君の髪が長くても短くてもどっちでも、好き、だから」
「ふーん」



わたしが髪を伸ばし始めたのは、ある写真を見てしまったから。
卒業式の直前、この人の微妙に散らかったデスクの上に無造作に落ちていたある写真。そこには、まだ10代に見える若王子先生ときれいな長いブロンドヘアの美人が並んでいた。貴文さんの表情こそ笑ってないけど、なんだか照れたような顔で白い頬がちょっと赤くなっていて、なんとなく子供の直感で好きな人だったのかなと思ってしまった。


僕の10代は暗かったんだってこの人は言うけれど、実際のところどうだったんだろう。少しずつ好きになる毎に貴文さんの昔が気になって気になってしようがなくって、聞きたくて聞きたくてそれでも聞けなくて。

そんなわたしにあの写真は少なからずショックだった。
わたしをデートに誘ってくれるけど、優しくしてくれるけど、本当は……大人の女の人が好きなんだろうなーって。

翌日、先生の机は綺麗に片付けられていて、まるでそんな写真が存在していなかったかのように。
そして、卒業式の後、貴文さんから告白されて、わたし達はそのまま付き合うようになった。
でも、あの写真はわたしの心から消えてなくなったりしない。むしろ、見た時よりも強く思い出してしまう。





「どうかしました?何か気に障ること、言った?」
「ううん、そんなんじゃない」
「本当に?」
「うん」




そっと貴文さんは立ち上がると、冷蔵庫からわたしの大好きなアップルジュースと自分用にいつものウーロン茶を持ってきてくれた。部屋に呼ばれる前は、姫子先輩がおんぼろアパートだなんて言ってたから、どんなところに住んでるのかと心配したけど、案外普通の2DKだったから安心したのを思い出した。
何もなかったりしてって思ったけど、普通に家具があって普通に電化製品があって、普通の暮らしがあった。


「さあどうぞ。 さん」
「ありがとう」
「何かもやもやしてるでしょ?それはひょっとして僕がらみのこと?」
「……うんって言ったら?」
「そうですねぇ、何でも君が僕に聞きたいことは答えますよ。できる限り正直にね」
「……」

聞きたいことなんて山のようにある。
貴文さんの過去なんて、断片的にしか知らないけれど、だからといって根掘り葉掘り聞くのも感じ悪いと思う。そんな風に聞いてもし、貴文さんが怒っちゃったら、どうしようかと思う。子供っぽいやきもちだなんて自分でも自覚してる、けど、ダメ。


「君が髪を伸ばすきっかけって……もしかしてコレ?」

テーブルの上に自分のグラスを置いて、寝室から何かを持ってきた彼はわたしにあの時に見た写真を見せた。
あ、あの写真。

こくんと頷くと貴文さんはまたわたしの髪をゆったりと撫で始めた。

「よーく見て、 さん」

貴文さんの声はなおも笑っている。何がそんなにおかしいのだろう。
「しかし、僕はひどく無表情だな。まあ、アメリカ時代の写真だから仕方がないか。よく見てごらん、喉の辺り中心に」
「えっ?」



渡された写真をじーっと見つめる。何がそんなにおかしいのだろう。澄まし顔でウーロン茶を飲む貴文さんのの喉元。、喉仏がゆっくりと上下して……あーっ!!


「わかりましたか?」
「はい、ごめんなさい。わたしの誤解です」
「やっぱりね。どうしてこんな写真が紛れ込んでいたのかはわかりませんが、ハロウィンだったんですよ、これ」

よくよく見てみると、美人さんの喉にはくっきりと成人男性特有のものが写っていた。それにしてもこれって一体。

「あ、僕はこんな格好しませんよ。これは同じように早熟の同僚が、ふざけて堅物だった僕にしなだれかかってきたところなんです。決してそういう趣味はないです」
「でも、美人」
「そうかな。僕は君の方がいいけど」


と、いいながら、わたしを抱き寄せて、唇にやさしいキス。や、りんご味だ、なんて言いながらもう一度キス。

「でも、貴文さんは大人だからお付き合いした人いたでしょ」
「正直に言ってほしい?」
「……う、うん、ちょっと、気になる」

「じゃあ、僕を見て」
「はい」


ゆっくりとわたしの頭を撫でながら、貴文さんは小さく「3人とお付き合いしました」と言った。でもそんな真剣な恋をするような機会なんてありませんでしたよ、実際。貴文さんはゆったりと笑う。

確かにそうかもしれない。
だけど、わたしよりも随分大人の貴文さんは、その分長い時間を生きているわけで。わたしに会う前の時間はわたしのものじゃなくて、貴文さんしかいない時間。

「だから、本当に恋をして、マジで付き合いたいと思ったのは君だけです、えっへん」
「そこ、自慢するポイントですか?」
「えっ?違った?」
「いいです、嬉しいから」


わたしが髪を伸ばしたのは、確かにあの写真のせいもある。
でも、それ以上に髪を伸ばせばもっと大人に見えるかもしれないって思ったから。

デート中、ふと目に入ったショーウインドウに映るわたしは、貴文さんの隣でひどく子供じみて見えて、もう少し髪が長かったら、背伸びした服装もしっくりくるのにっていつも思ってた。

「僕は君がどんな外見でもOKです。何の問題もありません。君が君らしくいつも笑っていてくれたら、それだけで幸せです」

貴文さんはズルイ。いつもその柔らかな笑顔にごまかされてしまうんだから。
「君はほんとうにかわいいですね」
「えっ……?」

貴文さんは大人だからそんなことをさらっと言っちゃうんだよね。
わたしはまだ子供だから、ちっちゃくふくれてみせるしかできないんだよ、ホント。




「黙ってないでこっち」
ぽんぽんとリズミカルに貴文さんは自分の隣の薄い座布団を叩く。隣においで、甘えていいよ、大好きな人からの大好きなサイン。
膨れっ面はやめて、わたしは貴文さんの隣に座り込む。そして、猫のようにそっと頭をもたせかけて規則的に刻まれる優しい心臓の鼓動を聞きながら、目を閉じる。



好き……貴文さん。
しばらく寄りかかっててもいい?



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