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daydream



君と出会ってから僕は、ふと気が付くと同じことばかり考えている。それは、この年齢差を考えると完全に『if』の世界のこと。だけど、つい考えてしまうんだ、どんなに考えても仕方のないことだと判っているくせに。


もしも、僕が普通の高校生だったなら。
もしも、僕が君と同じクラスだったなら。
もしも、僕が君の隣の席だったなら。



ありえない。
安物のSF小説じゃあるまいし。
僕が実際に君の隣の席で君と同級生として過ごしているなんて、想像すらできないくせについつい思ってしまう。
もしも同級生だったなら、君は僕を好きになってくれただろうかって。



「ねえ、貴文さん?何か悩み事でも?」
「あ、いや、そうですね。くだらないことを考えてました」
「ふーん。そうなんだ、くだらないこと考えてたんだ」

「もし……もしもですよ」
「はいはい」

君は好奇心に満ちた瞳を輝かせて僕の言葉を待ち受けている。君は僕のどんな発言にもあからさまに驚かない。かと言って妙な好奇心に駆られて根掘り葉掘り聞くこともしない。極めて素直な反応をする。
そこがとてもかわいいところだったりするんだけど。
まあ、今はちょっと横に置いといて、と。


「もし、僕が君の同級生だったらどうします?」
「はい?」
「だから、もしも僕が佐伯くんや氷上くんみたいに同級生で、同じクラスだったり、一緒の部活だったり、同じところでアルバイトをしていたり……したら、どうします?」
「そりゃもう、猛烈アタック?」
「はぁ!?何ですか、それ」

あのね、君はばかばかしい大人の想像をネタに遊んでるでしょ。そんな面白いことを言うなんて。でも、まあ、いいか。僕だってきっと君が隣の席に座ったその日から猛烈アタックしただろうから。

「それって、どうするの?」
「うーん、そうねぇ。とりあえず毎日一緒に帰ろうって見かけたら即声掛けるでしょ。それから、時々は寄り道してお茶して帰るとか。同級生の貴文くんは頭よさそうだから、わざわざ赤点取って勉強教えてもらうとか。あ、そうそう、これは絶対!誕生日プレゼントとバレンタインの手作りチョコは必須だと思うよ」
「ふーん。それはとても楽しそうだ」
「でしょ?」
「うん」

そっか、じゃあ、僕は君に猛烈アタックするなら、やっぱり一緒に帰ろうと誘ったり、お茶しようって言ってみたり、頑張って携帯の番号を聞きだしてデートに誘ったりしなくちゃね。

実際の僕の10代はそんな風に楽しいものじゃなかったから、君達高校生を見ていると疑似体験してるような勘違いをさせてくれた。現実の僕はずっとずっと年上で、高校生の君達からすれば反対の場所にいる保護者だっていうのに。
そんなことを気にもせず、君は僕を見かけると必ず「一緒に帰りませんか?」って声を掛けてくれたね。
あれは今思えば猛烈アタックだったのかなぁ、やっぱり。


「わたしもね、実は先生じゃなくて同級生だったらどんなかなってよく考えてた」
「へぇ……それは初耳ですね」
「うん、だって秘密だったもん」

初めて君に一緒に帰ろうと言われた時は、正直少しびっくりしました。なぜってそりゃ、君はまるで僕を同級生の男の子みたいな調子で声を掛けてきたんだから。
だから、一瞬僕は制服を着た君の同級生のような気分になった。そして時々一緒に帰った。

「君と一緒に帰る日は、僕も同級生みたいな気分でした」
「えっ?そうだったんですか?」
「ええ、とても楽しかった」
「それはよかったです。だって貴文さんって一人でいる時、何とも言えない顔をしてたんだもの」
「やや、それは一体?」
「それはわたしだけの秘密」
「ずるいです」

君がまだ僕の生徒だった頃、なんとか表面は取り繕っていたけれど、やっぱりどこかで人を信じきれないところがあった。だから君みたいに純粋な女の子が僕をかまってくれるのがとても不思議で、それでいてとても心地よかった。

「君が佐伯君のことを瑛君と呼んだり、針谷君のことをハリーと呼んだりするのにちょっとだけ焼きもち焼いてました」

ふと口をついて出た言葉に、君は心底意外そうなきょとんとした顔をする。
まあ、びっくりするだろうね。

君が同級生の男子を親しげに呼ぶ度に、僕と君の間にある見えない距離をずいぶんと自覚させられたから。二人で一緒に帰るわずかな時間、休日を独占して一日デートをしてる時間。その間の僕は仮想空間における君の同級生のつもりだった。だけど、学校の廊下で、教室で、校庭で、君が本物の同級生と楽しそうにしゃべってる場所に僕はいない。
現実の空間では僕はあくまで大人で、教師だったんだから。

「貴文さんが、女の先生と大人の話をしてるのを見るのはちょっと嫌だった。なんでそんな笑顔でしゃべるんだろう、なんでそんなに落ち着いてるんだろう、なんでそんなに…………」
……さん?」

僕と君は生きてきた時間の長さも空間も違う。
当たり前のことだ。
だけど、その当たり前のことが、こんなにも気持ちを揺らすだなんて僕は想像したこともなかった。


今更ながら不安をその瞳に宿らせた君をぎゅっと抱きしめる。このぬくもりはずっとずっと僕のもの。僕だけのぬくもり。
この暖かさを知ってしまったら、もう二度と孤独な殻の中になんて閉じこもれやしない。

「貴文さん?」
「僕はここにいるよ。例え君の同級生じゃなくても、ずっとここに、いる」
「当然です。わたしはどこへでも付いて行くんだから」
「あははは、そうでしたね」


何度か僕は自分自身を見失いかけたことがある。でも、そのたびに君がこの世界に引き止めてくれた。
ありがとう。愛してる。僕はどんな立場であったとしても君を見つける。
そして、きっと君を好きになる。


「貴文さん」
「はい、何でしょう?」
「どんな貴文さんでもきっと好きになると思う、わたし
「そう……ですか」
「うん。それだけは自信ある」
「ありがとう、 さん」



愛してると言いながら、僕は今日何度目かわからないけど、キスをした。
最高の愛情をたっぷり込めて、君へ贈る大切なキス、を。


もう僕はどこへも行かない。
君の隣が僕の居場所。まるで、生まれる前からそう決まっていたみたいに、ここが僕の場所。



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