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04:肩にもたれる 〜himuro× heroine



よっぽど疲れていたのだろう、は椅子の上でドレスを着たままかすかに頭を揺らしていた。芝居がはねた後の教室は思いの外静かで、学園祭の喧騒はどこへやらといったところか。
今年の学園演劇の主役はだった。そして、演目は眠れる森の美女。さらさらと流れるようなデザインの偽物のシルクで仕立てられた淡い色のドレスにもすっかり秋の陽が射している。
今年は11月にしては少々暖かいが、それでももうすぐ夕刻になろうという風は冷気をはらみ、肌にちりりとした感覚を覚えさせる。


この準備期間中、俺は吹奏楽部があるので、練習場所の提供と打ち上げの際の出資を約束しただけでほとんど何も関与していない。一応担任として舞台は見た。練習も2度ほど見せてもらった。しかし、それだけだ。



舞台を見て、の演じた眠り姫に名前がちゃんとあることが不思議で、子供の頃母に見せてもらったアニメーションを少しだけ思い出した。その頃は口付けをすることで、姫が目覚めることが単純に驚きで、今のようにそこに意味を見出したりはしなかった。

すやすやと平和そうに居眠りする彼女の隣が空いている。そんな薄いドレスだけでは寒いだろうと、上着を脱いで差しかけようとしたその時、手を掴まれた。


……?」
「あ、先生……でしたか」
「すまない、その、なんだ。手を……離してはくれないだろうか」
「えっ?あ、ご、ごめんなさいっ!」
「いや、いい。隣に座ってもいいだろうか」
「あ、はい、どうぞ」


驚いた。
突然、彼女に手をゆるやかに握られただけで、心拍数が一瞬跳ね上がった。まるで、中学生のような反応をしてしまった自分がおかしくて、少し笑ってしまった。

「コホン、よくがんばったな、
開け放たれた窓の外では遠くに鳥の声が聞こえ、どこからか模擬店の甘辛い匂いが漂ってくる。

「はい、おかげさまで。でも、わたしがお姫様なんてどう考えてもイメージ違いじゃなかったかなーって思ってます。葉月くんはどこからどう見ても王子様だけど。あ、これ言うとあの人怒るから」
「君も中々よくできていたと思うが」
「あ、そうだ。先生、高校生の頃演劇部だったんですよね。どんな役をやったんですか」
「立っているだけでいい役だ」
「何ですかそれ」
「つまり、舞踏会のその他大勢とかだ」
「そうなんですか」


は俺の姿を想像したのか、くすりと笑った。衣装は今日の葉月が身に付けていたものと大差なかったが、如何せんその他大勢だ。姫と王子が中心で踊る周囲で、女子生徒の手を取ってくるくると花のワルツでも踊ったのではなかったか。

そういえば、今日の劇中でも二人は踊っていた。ワルツのステップは基本を押さえれば、短時間の練習でもそれなりには見える。しかし、葉月とは結構うまく踊っていた。


「はい?」
「30分だけ、眠りなさい。あまり寝ていないのだろう、目が閉じかかっている」
「う……、バレてました?」
「ああ」

全く、君は……。
何事にも熱心に取り組むのはいいが、体を壊しては台無しだ。

涼やかな秋風が流れ込み、空気が冷たい。先ほど脱ぎかけた上着に再び手を掛けると、彼女の華奢な肩に沿って乗せる。一瞬驚いた顔をしたが、はすぐに微笑んだ。

「先生、30分だけ肩をお借りしてもいいですか?」
「ああ、構わない」
「お休みなさい」
「お休み」


は俺の上着を口元まで引き上げると、そっと頭を凭せ掛けるようにして目を閉じた。



11月の風は冷たかったが、君の頭が触れる部分はほんのりと暖かかった。



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