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02:背中合わせ 〜reiichi× parallel heroine



いつもの昼下がり、いつもの場所。
わたしと零一くんは背中合わせに広くて日当たりのいい氷室家のリビングルームのふかふかした絨毯の上で座り込んでいる。初めてこの家に来たのは確か高校2年の頃。あの頃は二人きりになってもきちんとソファに向かい合って座ってたっけ。




背中越しにわたしは零一くんに声を掛ける。
「ねえ、零一くん」
「ん?どうした?」
「どうもしない」
「何だそれ」

背中越しに聞こえる声は空気を伝わるいつもの感じとは違って体の奥からじんわりと伝わってくる。背中を合わせるっていうのはそうあるようで中々ない。背中合わせで何をしているかというと特別何もしていない。何となくわたしは持ち込んだタウン誌をぱらぱらめくっているだけだし、零一くんは図書館で借りてきたというお気に入りの作家さんのミステリーを熱心に読んでいる。

ああ、何だかちょっと眠いなぁ。


大学1年の時に初めてこの家に泊まって以来、週末には泊まっていくようになった。別にわたしの家でも構わないのに、零一くんは律儀にわたしの家には泊まっていかない。理由は聞いたけど、笑って教えてくれない。


「零一くん」
「ん?ちょっと待ってくれないか」
「うん」
わたしが去年の誕生日にあげたシルバーのブックマークを丁寧に本に挟むと、ふいに立ち上がった。

おっと、びっくり。
急に背中の支えが無くなってわたしはちょっと勢いをつけたまま絨毯にひっくり返った。

「ごめん、痛かっただろう」と慌てた彼が立ち上がったのにまたしゃがみこむ。
おお、何だか顔が近い。

ゆっくりと手を伸ばして心配顔で見下ろす零一くんのすべすべした頬に触った。一瞬きょとんとしたけど、彼もわたしと一緒に絨毯に横たわった。

「もう、夕方だな」
「うん」
「今日は土曜日だな」
「うん」
「どうするんだ、今日」
「うん」

何が言いたいのかはわかる。
わたしだって答えは決まってる、いつも。
どちらからでもなくぎゅっと手を握ると、零一くんもぎゅっと手を握り返してくれる。


大好きな零一くん。
背中合わせでも背中合わせじゃなくてもわたしはこうやって静かに呼吸をしているだけの時間が好き。

「今日、何食べる?」
「零一くんのパスタ」
「そうか、キャベツあったかな」
「アンチョビは?」
「たぶんある」

今何時かな。
二人して同じことを思ったのか、同じ方向を見上げてた。

そっか、もう5時か。

ゆっくり立ち上がって冷蔵庫を開けると、半分使ったキャベツがある。他に野菜は……じゃがいもと玉ねぎと人参か。あ、ベーコンみっけ、よしスープはわたしが作ることにしよう。

「キャベツあるよ」
「そうか。でも、まだ早いだろ」
「そうだね」

20歳を過ぎて零一くんは前よりちょっとだけ大人っぽくなった。
背が伸びるのもさすがにもう止まったみたいで、体重はあまり変わらない。だから、前より少し痩せてみえる。時々ピアノを弾く指は長くて骨ばっていて、なんとなくイメージするピアニストの指じゃない。でもそのごつごつした指も大きな手のひらも、起き抜けのうっすら髭が浮いてる頬も今のすべすべの頬も、さらさらの髪も洗いたてのちょっと湿って乱れた髪も、全部好き。

「ねえ、わたしのこと、好き?」
「突然どうしたんだ?」
「何でもないけど」、と言いながらわたしは寝転んだまま零一くんに背中を向ける。自分で聞いておきながらちょっとだけ恥ずかしくなったから。

「なあ、俺のこと、好き?」、耳元で囁くようにわたしに聞く零一くんの腕は背中からしっかりとわたしを抱きしめていて。
「そうだねぇ?どう思う?」
「好きに決まってる」
「そうだね、そうかもね」

腕の中でくるっと体を回して、わたしはまっすぐに零一くんを見つめてキスをする。こんなことさえ、3年前より、1年前よりうまくなったような気がする。それはたぶんキスしたりハグしたりすることが、歯を磨いたり顔を洗ったりするのと同じくらい自然になったからじゃないかと思うから。





あいたたっ。
やっぱりどんなにふかふかでも絨毯に寝転んだままは痛いね。
そろそろ日も暮れてきたし、ご飯作ろうか、ねぇ、零一くん。



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