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01:手をつなぐ 〜himuro× heroine





「先生」
「どうした?」
「女の子と手をつないだこと、あります?」
「な、な、何を、君は、一体!?」
「ちょっとした好奇心です」
「まったく……君は」
「で、ありますよね〜、当然そのくらい」
「コホン、いい加減にしなさい」
「まさか、ないんですか?」
「そのくらいあるっ!以上だ」
「ふーん」
「もう……いいだろう?」
「はーい。質問終わりにします」

なぜ急にそんなことを聞きたくなったんだろう。
聞いてもどうなるものでもないし、そのままじゃあ手をつないでください、なんて言える相手でもないくせに。だけど、何となくこの堅物の数学教師にもわたし達のような高校時代があったんだろうなって思っちゃったから。だから、つい聞いちゃった。
今はこんなに冷静な人でもちゃんと初恋なんてもものもあったんだろうし、彼女がいたことだってあっただろうし。友達と騒いだこともなかったとは言い切れないし。好きな女の子を前にしておろおろどきどき落ち着かない時間を過ごしたことだってあるかもしれない。


たぶん、さっきの質問はそんな大人と子供の中間だった頃のことが聞きたかったんだと思う。


うーんと子供の氷室先生は想像できなさそうで、これは割と想像できる。
大学生の氷室先生はたぶん今とあまり変わらないだろうから、それもきっとわかる。わからないのは中学生とか高校生の頃の先生。どんな10代だったのかなーとか、同級生だったらどんな感じ?とか想像できそうでできない。
益田さんだったらなんとなく見当つくんだけど。


「君達の年頃なら、手くらいつなぐだろう」
「そういうものですか?」
「ああ、あのくらいの年頃ではそれだけで精一杯だからな。好きな女の子のそばにいるだけでどきどきするものだ」
「先生にもそんな頃があったんですか?」
「当たり前だ。いきなりこの年になるはずもない」
「あはははっ、それもそうですね」
「まあ、君もゆっくり色々なことを経験して大人になりなさい。何も急ぐことはない」


急いで大人にならなくてもいいって言われても、早く大人にならなきゃ先生と同じラインに立てません。だけど、そう言われてみればそうかも。頭でっかちな大人になってもつまらないかもしれないし。うーん、大人になるってすごく簡単に見えて難しい。


「先生、今だけ手をつないでくれませんか?えっと、ああ、そう、5秒でいいです。5秒だけ」
「5秒?何だそれは」

わたしの妙な申し出に、先生は一瞬変な顔をしたけれど、次の瞬間にはふんわりと笑ってわたしの手を取ってくれた。
あー、こんなことなら5秒なんて言うんじゃなかった。せめて1分って言っとけばよかった。

心臓がどきどきしてるうちに5秒なんてあっという間に過ぎてしまう。

だけど、先生はわたしがゆっくり5つ数え終わってもまだ手を離さなかった。

「先生?」
「あ、すまない。もう帰る時間だ」
「はい」



窓の外は綺麗な夏の夕焼けが広がり、先生の綺麗な横顔にうっすらと影を落とす時間になっていた。
わたしはきっと今真っ赤な顔をしているに違いない。恥ずかしいと思うよりもさっきまでの大きな手のひらの感触が嬉しくて、舞い上がって火照った頬よりも手のひらが熱くてたまらない。きっと明日になっても明後日になっても、卒業しても今日のこの感覚は忘れないんだろうなーって思う。

うーんと大人になって、今日の先生みたいな大人になって、誰かに10代の思い出を聞かれたら胸を張って言えるかな。
すごく年上の人が大好きで、一度だけ手をつないだことがあるんだよって。
その時のどきどきして心臓がスキップしてるような感じとか、少しだけ手のひらが汗ばんじゃったこととか、その人の手が思ったより暖かくて心地良かったこととか。
ちゃんと思い出にできるかな。うん、たぶんできる。



「先生、さようなら。また明日」
「ああ、気を付けて帰りなさい」

赤く染まった長い廊下をわたしは駆け出した。
早く早く家に帰ろう。途中で絶対何にも触らないために。

せっかくの手のひらのぬくもりを忘れないうちに……走ってウチに帰ろう。



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