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Someone sings "Happy Birthday to you"


11月6日。
世に言う誕生日というやつだ。
つまり、戸籍上この日を境に1つ年をとるわけだ。

誕生日がめでたいのは子供の頃だけ。中学生くらいになるともっと早く大人になりたくて、1年に1つだけ年を取ることがまどろっこしく感じられ、20代も後半になると年を取るのは1年単位ではなく、10年単位で感じられるようになっていく。つまり、よくある言葉で「大台に乗る」というわけだ。


1975年生まれの俺は今回の誕生日で何歳になるのか、2012年マイナス1975年、即ち37年生きたことになる。
父が亡くなった時の年齢はちょうど50だった。その年齢になるまで後13年。なぜか俺は自分の寿命のことを考えるのに、父の亡くなった年齢を想定する。別にそこに何か特別な意味があるかと問われれば特に理由などない。なんとなくその年齢を過ぎればおまけのような人生なのではないかと思うだけだ。だが、君はまだ今年で25、13年経っても40代にもなっていない。ずいぶんと若いのだなと、こんな時にふと思う。



「零一さん、今日も遅いんでしょう?」
「ああ、そうだな。文化祭が近いからな。君の方はどうなんだ」
「わたし?わたしはまだ時短ですよ、だから保育園に寄って6時過ぎには帰ってるわよ、いつも通り」
「そうだったな」
「だから、今言うわね。お誕生日おめでとう、零一さん」
「ありがとう。では行ってくる」
「行ってらっしゃい」


結婚して3年。
子供ができて、3人家族になった。
自分がこんなにも当たり前の日常を送るようになるとは、20代の頃には想像すらできなかった……。









「なあ、零一」
「何だ?」
「まーた、お前女子生徒泣かせてんだって?」
「な、泣かせてなどいない」
「ってことは自覚はあるんだ、へぇ、冷たいねぇ、誕生日プレゼントくらい受け取っても損はないだろうよ」
「なぜ、そんなことをお前に言われなければならない」
「いやー、天之橋さんがさ」
「……理事長か」


教師になってこの方、どういうわけか毎年毎年女子生徒がどこで調べるのか俺の誕生日にはプレゼントを持ってくる。
もちろん受け取ったりはしない。当然のことだ、万が一受け取ったりしたら「贔屓」だの「差別」だのと騒ぐ生徒もいるだろう、しかし、それ以前にただの錯覚であることを冷静に正してやることが大人の義務だと頑なに信じていたからだ。
中にはありがとうと礼を言ってから丁重にプレゼントを拒否する教師もいたし、とりあえずその場を収めるためだと言い訳をして受け取る教師もいた。しかし、俺にはそのどちらもできかねた。
妙な期待を持たすことは残酷だと思っていたが、それ以上に生徒は生徒であってそれ以上でもそれ以下でもなかったからだ。
だから俺ははっきりと言う「受け取ることはできない、無駄なことはしないように」と。
だから教師になって丸4年、だんだんとそのような行為に及ぶ女子生徒は減ってきていた。
少なくとも一度持ってきて断られた生徒は再び持ってきたりはしない。
そんな馬鹿なことをするのは新入生くらいなものだ。


そして、11月6日。
がA4サイズの封筒を俺に差し出した。満面の笑みで「先生、誕生日おめでとうございます」と言いながら。

もちろん、受け取ることを拒絶した、それはいつも通り。
笑顔が一瞬にして強張った、ここまではいつも女子生徒が見せる反応だった。
そこから彼女は強張った笑顔のまま差し出した封筒をさっと引っ込めると、「わかりました。でも、お誕生日おめでとうございます。気持ちだけにします」と言ってくるりと背中を向けて立ち去った。


きっとそのこと言っているのだろう、理事長は。
うちの理事長は時間があれば校内をよく歩いている、生徒からすれば教師は身近な大人だが、学園の理事長となると年に何度か体育館のステージ上にいるか、生徒手帳に載っているか、そのくらいの意識しかない。
だからこそ、校内をうろうろするのが楽しいのだという、ある意味変わった人物だ。

「益田、理事長を知っているのか」
「まあ、ね。どっちかって言うと花椿さん繋がり?」
「あの人、か」
「うん、あの人」

静かにコースターが引かれ、いつものジントニックのグラスが置かれる。そしてまかないのスープ、今夜はショートパスタの入ったコンソメ味のようだ。
グラスの酒をぐっと半分ほど飲み干すと、俺はまたさっきの続きに連れ戻された。

「お前さ、例えば自分の彼女がプレゼントくれたらもらうの?」
「当たり前だ」
「へぇ〜、そこは当たり前なんだ」
「おかしいか」
「ううん、あまりに普通でびっくり」
「しかし生徒はダメだ。いくつ違うと思っている。それに生徒をそんな目でみることは絶対にない」
「そんな目ってなーに?零一くん?」
「うるさい」

10も年下の子供に興味はない。
むしろ興味を持つことは犯罪だ。

だが、今回は何かが違う。
今まで何人もの女子生徒からの誕生祝いもバレンタインも全て断ってきたのに、彼女の強張った笑顔が頭から離れない。
強張った笑顔を見ると少しだけ胸が痛い。何か申し訳ないことをしたような気がしてくるのだ。


「あ、そうだ」
「まだ何かあるのか」
「誕生日おめでとう、零一。これ天之橋さんから」
「どうして理事長が」
「さあねぇ、あの人も花椿さんに負けず劣らず謎だからなぁ」
と益田が言いながら他の客のオーダーを聞きに離れていった。カウンターの上に残されたのは小さなカードが一枚。

淡い水色のシンプルなカードを開くと、彼女の文字。
「先生のお誕生日がいい一日でありますように。いつもどこかで誰かが見守ってくれてますよ、きっと。おめでとうございます。わたしも早く大人になりたいです」

意味が通っているようないないような、それでいて優しい言葉。
どこかで誰かが見守ってくれている、こんな言葉どこで見つけてきたんだ、一体。


「益田、借りるぞ」
俺はそのまま柄にもない曲を1曲だけ弾いて帰宅した。








あれから10年。
その時のカードの生徒は今俺の隣にいる。
彼女は毎年毎年性懲りもなく俺にA4の封筒とチョコレートの包みを差し出し続け、その度に俺に断られ続けた。
しかし3度目の誕生日。とうとう受け取ってしまった、彼女の「卒業論文」を。



「零一さん、あら、早かったのね」
「ああ、君の顔を見たくなった」
「えっ?どうしたの?」
「どうもしない、何でもないんだ、ただ誕生日だから君といたいと思った」
「ケーキ、食べます?奏(かなた)がちょっと口に入れちゃったけど」
「いただこう」


いつもどこかで誰かが見守ってくれている。
どこでこんなフレーズを知ったのか、彼女に尋ねたことがある。
「おばあちゃんがね、留守電に入れてくれてたの、中学生の頃、いろいろ悩んで苦しかった時に」と少し恥ずかしそうに教えてくれた。そしてその留守電の声を録音して大切に取ってあることも。

当時の俺は彼女にはどう映っていたのだろう、何かに悩んでいるように見えたのか、いや、そうかもしれない。
きっとあの強張った笑顔を見たときのちくりとした胸の痛みの原因を認めたくなくて、苦しかったから。




君がいてくれるなら、俺は父より長生きをしよう、と思う。
そして永遠にとは言わないが、後30年いや40年は一緒にいよう。
小さなケーキと君の笑顔に誓って……。




あー、久しぶりで嘘っぽい。大丈夫でしょうか、これ。でも一応誕生日祝いのつもりです。

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