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Waltz for Debby



「零一、お前大学行くの?」
「このままなら一流大学に入れるらしい。お前は?」
「オレ?どうしようかなぁ?」
「行ける頭があれば行ったらいいだろう」
「そんなもんかね」
「そんなもんだ」
「ふーん、なるほどねぇ」

18歳になった日、オレ達は高校の屋上で昼飯を食った後珍しくもちゃんとした話をした。
その後丸一日考えて、オレは二流大学に進学してバイト三昧。貯めた金でヨーロッパに出かけて1年のつもりが3年も長居して帰ってきた。
その間に、こいつは宣言通り一流大学に進学して、優秀な成績で卒業して私学の教師になった。







それからきっちり2倍の年月が流れて、オレ達は高校の屋上じゃなくてバーのカウンター越しにこれまた珍しくちゃんとした話をしていた。

「お前、立ち会うの?」
「そうだな、状況しだいだ。お前は?」
「オレ?どうしようかなぁ?」
「行けるのなら行けばいいだろう」
「そんなもんかね」
「そんなもんだ」
「ふーん、なるほどねぇ」

何か、18年前とあんまり変わらない会話。
でも話の中身は全然違う。

去年の誕生日、オレは勢いでプロポーズしてそのまた勢いで婚姻届を出して結婚した。
それまでのオレは結婚なんてものに縛られることが怖くて、いつも結果を出すことを躊躇ってばかり。
だけど、今回ばかりは自分から制度に縛られるのもいいかなとふいに思ってしまったんだ。
魔が差したか、いや、そんなことはない。
本気、だったんだ。
かなり、本気、だったんだよ。



「でもさあ、何だってタイミングが合うんだよ」
「それはこっちのセリフだ」

いい年こいた大人が二人、「本日休業」の札が掛かったジャズバーの内側で大きなため息を吐き出した。
大きな一枚板のカウンターの上にはいつもの「ジントニック」といつもの「バーボン」。
傍らにはよく冷えたカルパッチョと熱々のパスタ。
カルパッチョには新鮮な鯛と今が旬の赤タマネギと薄切りのきゅうりとみじん切りのトマト、パスタは冷蔵庫に残ってた春キャベツとイタリアで覚えた自家製アンチョビとオリーブとにんにくを少々。
普通に店で出してもいいくらいの出来だと思うけど、零一はいつも中々旨いとは言わない。
まあ、何を出しても残さず食べてるからまずくはないんだろう、と思う。



「ホント、どうして同じなんだよ」
「知るものか」



零一は結婚して約2年、オレんところは今日で1年。
どうしてこんなことだけタイミングが合うんだよ、ホント、マジで。


「で、どうすんだ?」
「その時になってからだ」
「まあな」



静かすぎる。
男二人、黙々と飯食って酒飲んで。
時々思い出したように既視感たっぷりの会話を繰り返す。

ここは祝うべきか哀しむべきか。
いいややっぱりここは思い切り祝うべきだ。
奥さん達のためにも。


「変なこと聞いてもいいか?」
「変なことなら聞くな」
「……なあ」
「煩い奴だ。黙って食べてろ」
「はいはい」
「はいは1回」
「はーい」
「伸ばさず短く」


ったくどこまで「先生」なんだか。

「何か掛けるか?」
「ふむ、そうだな」
「リクエストは?」
「そうだな、何でも構わない」

じゃあ、何かピアノ曲をメドレーで。
エヴァンスのWaltz for Debbyでも掛けるとするか。


「紗夜子さんはどうするんだ?」
「うーん、あの会社はちゃんとしてるからね、1年くらい休暇を取れるらしい。お前んところは?」
「院生だからな、少し遅れるだけで比較的自由だ」
「でもな、何かちょっとはずかしいんだと」
「そうなのか?」
「そういうものらしい」

エヴァンスの軽快なピアノの音色に混じる店のざわめき、客の拍手。
ジャズピアノのアルバムの中では好きなものの一つだ。
いつもこの店で零一がピアノを弾いてる様をそのまま録音したら、きっとこんな音源になるのだろうと想像させる、この臨場感。
1枚終わったらそのまま同じ曲を零一に弾かせてみようか。
今日みたいな静かな夜はきっと同じ曲でも違う印象になるんだろうな。
なんてありもしない想像を巡らしてみたり。


「なあ、嬉しかったか?」
「当たり前だ。お前は?」
「そりゃあもう」
「だが、正直に言うと二人だけでもいいと思っていた」
「オレも、かな」

オレのところは彼女もそう欲しがってなかったし、二人きりでずっとこのまま生きていくという選択肢もありだと思っていた。
そりゃあ、大人だから何もせずにすることをすればいつか出来る可能性があることも判ってた。
でも、こういうのってやっぱりある日突然告げられるもんだったんだ、まるで映画かドラマか小説のワンシーンみたいに。


「ところで今日紗夜子さんは?」
「もうすぐ来るよ」
「会社か?」
「いや、有休取って病院行って実家寄ってくるって」
「うちもまあ同じようなものだ」
「いや、奇遇だねぇ。ひょっとして同じ病院だったりして」
「勘弁願いたいものだ」
「だな」


時計を確認するともうすぐ8時。泊まってくればいいと言ったのに、あいつは頑なに拒否してどうしても今夜ここに寄るといって聞かなかった。
まあまだそんなに目立つ訳ではないけれど、こっそりネットで調べた知識では今くらいが一番気をつけなくちゃいけないらしい。
でもいわゆる気分が悪くなったりとか、食べ物の好みが変わったりなんてことはまだないようだ。
ああいうのは母親に似るから私はきっと軽いわよって笑うあいつ。
でも最近心配性のオレは少しヒールのあるパンプスで小走りに歩く姿を見るだけで、どきどきする。

零一なんてこの頃ようやく普通になってきたところだったのに、またもや教師時代に逆戻りして「あれはダメ」「これはダメ」って言ってるんじゃなかろうか。

でもなぁ、男は何せ経験がないもので、想像するしか出来ないわけだ。
しかも大抵の想像はあまりいい想像にはならない。
マイナスのことばかり考えてしまって、ふいに変な時間に目が覚めてみたり。
もしものことを想像して、どうやってフォローしようかとかろくなことを考えない。

男は結局弱い生き物なのかね。
そんでもってやっぱり女は強い生き物なのかな。

「桃花ちゃんのこと心配してダメ出しばっかしてんじゃねぇの?」
「そんなことはない」
「へぇ、珍しい」
「コホン、実を言うとだな。あちらのお母さんから先に言われたんだ。神経質になるとお互いに良くないとな」
「よく判ってるじゃん、お母さん」
「言いたいことは山程ある。しかし、桃花とて立派な大人だ。もしもの時に俺がフォローさえできればいい」
「零一も大人になったねぇ」
「煩い」


そんなことは判ってるんだけどさ。
こんな事言うとどっかで叱られるのかもしれないけどさ。
ウチのは桃花ちゃんみたいに若くないし、体力的に大丈夫かなって。
そういうこと言うと「大丈夫よ」って笑われるのがオチなんだけどさ。


それぞれにため息を吐き出すと同時に互いの携帯が反応した。

「氷室だ」
「あ、オレ」

どちらからともなく、すっとカウンターの端と端に離れて携帯を耳に当てた。
「どした?」
「今ねぇ、駅前なのよ。タクシー拾った方がいいよね」
「そうしろ。あ、そうだ零一がいるぞ」
「あー、桃花ちゃんだ!」
「おーい?」
「ごめんごめん、見つけちゃったから一緒に行くね。じゃあ、何か飲み物だけ用意しておいて」
「了解了解。気ぃつけてな」
「うん」

「一緒に来るってさ」と零一に投げるとあっちも同じような状況だったらしく、苦笑したままだった。
しかしまあ、桃花ちゃんはすごいね、あの零一にこんな顔をさせるんだから。
「らしいな」と返しながらあいつも笑っていた。

二人が来たら賑やかになるな、この店も。
どちらからともなく立ち上がってカウンターの内側のシンクに食べた食器を移動して、簡単に洗って水滴を軽く切ってかごに入れていく。
単調な作業の間零一は何か考えるような表情で時々手を止める。それでも奴の手元は正確だった。



「不思議なものだな」
「何が?」
「いや、お前と俺が普通に生活していることだ」
「普通……ねぇ」
「ああ」

零一の言う普通の生活ってのが具体的にどの辺のことを指しているのか、想像するしかないけれど、どこかで自分は両親のようになるのが怖くて踏み出せない部分があったのだろう。
両親が離婚したのは小学生の頃、長く連絡の取れなかった父親が亡くなったのが高校生の頃、別居していた母親が新しいパートナーと暮らし始めたのが大学生の頃。
その度に奴はピアノに向かって感情を吐き出し続けていた。いつもは軽口を叩くオレもそんなあいつの背中を見る度、何も言えないままただ傍にいるしか出来なかった。

もしも今零一に何か感情をむき出しにするような事があったら、その時はオレじゃなくてかわいい奥さんが傍にいてくれる。
嬉しいような淋しいような、前に紗夜子ともそんな話をしたっけな。長く付き合ってると、お互いが出会った頃から永遠に変わらないような錯覚に陥るんだなって。

成長した自分と同じく成長した長い付き合いの友人。
どちらも大人になったっていうのに、顔を合わすと途端に昔に戻ってしまう。
お互いに決して認めないが、それが親友というものかもしれない。


「こんばんわ〜」と、可愛い声がしてゆっくりと扉が開く。
夜風と共に女性陣が入って来た。

5月の夜はまだまだ暖かい。


「そうそう益田さん。お誕生日ですよね」
「あっ、そうか」
「忘れたふりしたってバレてるわよ。はい、プレゼント」
「何?」
「デジカメ」
「何で?」
「これから必要になると思って」
「ああ……」
「ちなみに俺もこの間同じものを買った」

まったくどこまで人をおちょくってるんだか。
でもまあいいか。長いこと写真なんて撮ってなかったけど、いい機会だ、また始めるか。
じゃあ手始めに家族写真から始めようか。

喉が渇いたと言う二人にフレッシュジュースを用意して、オレ達二人にはブラックコーヒーを用意する。
ひと息ついたところで、急にいたずらを思いついたような楽しげな顔で二人は顔を見合わせて笑う。

「そういえば、同級生になるのねぇ」
「ですねぇ。いいお友達になってくれるかしら」

「何の話だ」
「ウチと益田さんのところは同じ学年だねぇって話です」

「やれやれ」
「やれやれ、だな」

「いいじゃないの、もし男の子と女の子だったら幼なじみから発展しちゃうかもよ」
「女の子同士とか男の子同士でも親友になってくれたら嬉しいし」
「うんうん、もし将来二人が付き合いたいって言ってきたら大賛成」
「わたしも面白いかな」

楽しそうに将来を語り合う二人をよそに、零一の眉間の皺が1本また1本と増えて行く。オレも面白そうだとは思うけど何だか複雑な気分になってきた。
だってさ、もしもウチの可愛い娘さんが零一んちの無愛想な息子さんに恋しちゃったりして、そのまま結婚とかしちゃったら、オレらとうとう親戚だぜ。長い腐れ縁の果てに親戚。勘弁してくれよ。
とか言いながら、本人達の恋路を邪魔する権利はオヤジ達にはないんだけどさ。って、オレまで何考えてんだか。

「こいつと親戚になんぞなれるか」
「零一くん、気が早いぜぇ?」
「うるさい、あくまで可能性の問題なのであって……」
「ま、オレもちょい勘弁」
「えー、何でよ」
「そうですよ、いいじゃないですか」
「つかさ、気持ち悪いってぇの。こいつと親戚なんて」
「気が早すぎ!」
「ホント!」

けらけらと笑い合う二人の姿は何だかふんわりと明るく、そこだけ柔らかな花が咲いているみたいだった。
来年の今頃にはまた二人増えて一層賑やかになるだろう。











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