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永遠の向こう側



今年は春が遅くてようやく気温が上がったと思ったらこの暑さ。
5月って子供の頃からこんなに暑かったっけか?



オレは久しぶりに午後から店を開けて、これでもかってくらいの晴天の下に持ち出したカウンター前のスツールをを拭くことに専念していた。なんでこんなことをしているのかって言うと、まあ、ぶっちゃけ大した意味はない。去年結婚したばかりのオレの悪友が奥さんを連れて来るそうだ。あいつにもまあ人並みの幸せを手にする権利はあったってことで、いろんなあいつを見てきたオレとしては自分のことみたいに嬉しくて仕方がない。この前なんて買い出しに出かけた先であいつが普通に買い物袋を左手に持って奥さんと右手をつないでるのを見て、こっちまで何だか幸せな気分になってしまったんだ。あ、やばいなってね。一時は結構とげとげして無表情だったこともあったのに、今のあいつはどこからどう見てもいい夫って感じで。あんな顔をできるようになるんならオレもって思わされて困ったよ。

別にオレは独身主義でもなんでもない。むしろ若い頃は誰かを好きになる度に結婚したいとストレートに思っていた。零一の方こそ色々あって恋愛と結婚は別物だとはっきり言っていたのに、見事に恋愛の延長で結婚してしまった。しかも今までなら相手に迫られて鬱陶しいと言って退けていたのが、自分から堂々と結婚を申し込んだって言うんだから人間変わるもんだと思う。


オレは……そうだな。
好きなことは好きだと思う。つか、きっと愛してるんだと思う。
35にもなろうってのにまだ躊躇ってばかりだけど、たぶんそうだと思う。
彼女から今日会いたいってメールが来ると何だか少し嬉しいと感じるし、一つのベッドでごろごろしながらキスを繰り返してる時間は温かくて好きだ。だけど明け方あいつが会社に行くためにごそごそ始めると、これだけ生活が真逆じゃどうしようもないんじゃないかって思ったりする。



開け放ってもなお薄暗い店内のカウンターに置きっぱなしの携帯が微かに揺れてすぐに止まる。きっとメールだ。
喉の渇きも覚えたからそのまま中に入って携帯を確認すると、まさにあいつからだった。

『今から行ってもいい?』
って今何時だ?

えっと……あ、3時か。
今日は友達の結婚式があるって言ってなかったっけか。
11時から式があって12時から会場の広い庭で簡単なパーティがあるとかないとか言ってたよな。二人して店に来ちゃ天気の心配ばっかしてたっけ。パーティの話を聞いてふと思い浮かんだのは昔見た映画の風景。緑の芝の上にテントがあってそこここに料理が並んでて、客の間を真っ白なドレスを来た主役が歩き回って順番にダンスを踊る。あの映画は確か客の老人とキスをして新婦が入れ替わってしまって大騒ぎ、いや、まてよ、訳ありの友人同士がくっつく話、どっちだったっけ?ま、いいやそれはちょっと置いといて、と。
とにかく、スクリーンを見上げながら若かったオレはこんな華やかなのじゃなくて、旅先の教会とか神社でぱぱっと祝福してもらってキスでもして安っぽい指輪でも交換すりゃいいじゃないのって思ってた。だってさ、お互いに好きだって気持ちさえあればそのまま二人で楽しく生きていけると大まじめに信じてたんだから、昔の純情だったオレは、さ。


『いいけど、零一夫婦に会うかもよ』
返信。

冷蔵庫を開けてコーラをグラスに注いでたら返信。
『構わないわ。今からタクシーに乗るところ。お店?それとも家?』

『店。何か食べるか?』
返信。

グラスにライムを搾って氷を入れたところでまた返事。
『店ね。わかった。引き出物のお菓子があるからいい。コーヒーくらいで』
『了解』
返信、と。

ライム入りのコーラを片手にオレはまた日の当たる場所に戻った。半分くらい飲んだところで、片付けを始める。スツールを全部中に入れたところで氷が溶けて気の抜けたコーラを一気飲み。こないだまでうすら寒かったのに今日は春を通り越して一気に初夏の日差しと気温。体感温度はきっと30度近いんじゃないかと思う。この間まで中々溶けなかったグラスの氷が30分もしない内に半分以上溶けてしまうくらい暑い。





車が止まる音がして、いつもより堅いヒールの音が響いたと思ったら「来ちゃった」と言ってほんのり赤い顔でにこにこ笑うお前がいた。
「飲んでる?」
「うん、ちょっとね。だって今日はこんなに良い天気なんだよ」
「なんだそれ。理由になってねーぞ」
「真美ちゃんが幸せになる日なんだもん、飲んじゃうでしょ普通」
「そんなもんかねぇ」

まぁ入れば、と言いながらいつもと違う華やかなメイクと華やかな香りに妙な気分になった。
「アイスとホット、どっちがいいんだ?」
「ホット、ぬるめで」
「はいはい」

ごそごそと大きな紙袋をあさって、紗夜子は箱を2つ取り出した。紙袋の中に無造作にブーケが突っ込まれているのが気にはなっていたけれど、敢えてオレは何も突っ込まないことにした。
「そうそうこれ、引き出物のマカロンとロールケーキ。何か有名パティシエ作らしいよ。あ、そうだ、氷室さんいつ来るの?奥さんも一緒なの?」
黙ってコーヒーを淹れて「まだ熱いぞ」と注意しながらロールケーキの箱をそっと開けてみた。真っ白でふわふわで天使の羽根を乗っけたみたいなきれいなケーキだった。

「なあ……何かあった?」
「……ん、ちょっとね」
「ふーん……」
「あの子のね、満開の笑顔をね、見てたらね、何だかね」
「なるほどねぇ」

ちょっと淋しいような嬉しいような複雑な気分、ってか。
オレもさ、気持ち悪いけど零一が結婚するって聞いた時ちょっとだけもやもやした気分だった。嬉しいくせに嬉しくない、なっかちょっと置いてけぼりくらった気分でもある。

「ずっと一緒にいるってどんななのかな」
「さあ?聞いてみる?あの二人にでも」
「どうだか」
「紗夜子はさ……」
「義人はさ……」
同時にお互いの名前を呼び合って、そのまま一瞬目が合ってから小さく笑った。「なんだよ?」「何よ?」と口にしてからまた笑う。

初めて会ったのはたぶん5年前。彼女は仕事の失敗と彼氏に振られたことの両方でずいぶんとしょげかえっていて、気になったオレは冗談にくるんでカサブランカを気取って見せた。その後忘れかける頃にふらりと現れては1杯飲んで、零一が気まぐれに弾くピアノに耳を傾けて小一時間で帰ってしまう。そんな時間が3年近く続いてようやく「付き合おうか」と言いだしたのは2年前。それからだらだらと続いてるつもり。

「さっきの話だけどね」
「ん」
「氷室さんが去年結婚したじゃない?」
「そうだな、正直びっくりしたけど」
「その時さ、淋しいなぁとか思わなかった?」
「どうだろ」、と気のない返事を返しながらオレもコーヒーを淹れて飲み始める。
「わたしね、あの子が選んだんだからちゃんと祝福したよ。2年くらい遠距離だったのにがんばったなぁとか、ね。当たり前のように名字が変わっちゃうけど、しばらくは元の名字で呼んじゃうんだろうけど、それでもたぶん慣れてきて、来年の今頃には今の名字が当たり前になってね、前の名字なっだったけってなるんだろうと思うし。前みたいに気まぐれに今日ご飯行こうよって言えなくなって、これから少しずつ距離ができても仕方がないと思うのね。嬉しいことなのに淋しいってあるんだ、ね」
「うん、そうだな。昔から知ってる奴ってさ、なんかそのまま死ぬまで変わんないような気がするんだ」
「だよね。わたしとあの子は新卒で会社入ってからずっと仲良かったからね。義人と氷室さんってもっと長いでしょ」
「小学校からの腐れ縁」
「氷室さんって結婚とかしそうになかったもんね」
「ま、でもあいつだって変わるよ。ちょっとずつ人間になった」
「何よそれ」
「本当はそうじゃないんだけどさ、あいつ誤解されやすいからロボットだのアンドロイドだの言われてたからな」
「そっか」




冷めたコーヒーを飲み干して2杯目を淹れようとしたところで、扉が開いた。
「こんにちわ、あれ、こんばんわ、かな」
「どちらでもよろしい」
「いらっしゃい」

細長い影の隣にちょこんと頭一つ小さい影が寄り添うように立っている。噂をすれば、ってところか。
「氷室さんこんにちわ」
「ああ、君も来ていたのか」
「紗夜子さん、今日どうしたの?いつもと違うけど」
「ああ、これ。友人の結婚式帰り。あ、そうそう引き出物のケーキ食べる?」
「いいんですか?」
「まったく、君は……。益田、とりあえずコーヒー」
「あいよ」

女の子はいくつになっても結婚式っていう行事が好きなのか、紗夜子に根掘り葉掘り昼間の様子を聞いている。零一は黙ってオレを見ながらゆっくりとコーヒーを飲むばかり。
「あれはウエディングブーケだろう?」
「だよな」
「花嫁が投げて受け取った女性は次に結婚するとかしないとかいう代物だろう」
「お前がそんなことまで知ってるとは知らなかったぞ」
「桃花に聞いた」

それにしてはやけに無造作に袋に投げ込んであるよなー。まるでいらないのに無理矢理押しつけられましたってな感じで。

「お前、彼女とどうしたいんだ?」
「へっ!?」
突然核心を突く質問を突きつけられて思わず変な声を出してしまった。女性陣は無邪気に話しているので気づかなかったかもしれないけど。

「なあ聞いてもいいか?」
「何だ?くだらない質問なら却下だ」
「お前、何で結婚したんだ?」
「はぁっ!?」
今度は零一が奇声を発する番だった。くすくす笑いながらグラスを出して奴の「いつもの」を用意してやった。酒でも飲めばちょっとくらいは何か話すだろう、って期待を込めて。
「わたし達も何か飲みたい」と、紗夜子が言うから結局4人分のアルコールを用意して、カウンターを挟んで2対2で向かい合った。

「聞いてもいいですか?」
改まって紗夜子が二人に質問を投げようとする。にこにこ笑いながら、桃花ちゃんが「いいですよ。答えられる質問でお願いしますね」と返答する。

「ずっと一緒にいるってどんな感じですか?」
「えっとつまりまあ、結婚するってことはずっと一緒にいることだろ。それってどんな感じかなって」
「ああ、なるほど」
「零一は?」
「それはやはり覚悟がいる、ということだ」
「覚悟……ですか?」
「ああ。一人の人間とずっと同じ時間軸の上を歩いていくということは相当の覚悟がいる」
「覚悟、か。ま、お前らしいな」
「わたしはね、自分が一番この人のことを判ってるつもりになろうと思ったけど」
「なるほどねぇ。それも桃花ちゃんらしい」


話をしながらちまちまと冷蔵庫の残り物でちょっとしたつまみを作りながらオレは二人の言葉を心の中で反芻していた。どっちもそれらしい言葉だな、と。
「益田」
「何だよ」
「それで、お前はどう思うんだ?」
「オレ?オレ、わかんないや」
オレの適当な言葉にむっとした顔をした零一は、ごくごくと喉を鳴らして半分以上残っていたジントニックを飲み干した。桃花ちゃんはちらっと零一を見るとそのままオレの出したつまみを「おいしいですねぇ、これ」と言ってにこにこと口に運んでいる。紗夜子も一緒になって笑いながら飲んで食べて会話を楽しもうとしている。オレは斜めに背を向けてとっておきのブランデーをコーヒーに垂らして飲み始めた。


「オレ、どうしたいんだろうな」
「そんなものお前が自分で考えるべきことだ」
「判ってるよ」
「答えを出したいのか、それとも出す気はあるが出したくないのか、どっちだ」
「どっちだと思う?」
「後者、か」
「ばれた?」
「当たり前だ、何年の付き合いだと思っている」
「だな」

借りるぞと呟いて奴はピアノに向かう。何かあるとあいつはピアノに喋らせる。そしてそれがまた嫌みなほど伝わってくるんだ。

答えはたぶん一つしかない、それは判ってる。でもそれはオレだけの独りよがりかもしれないと、柄にもなく弱気になる。紗夜子と少しくらいは一緒にいたくて日曜日を休みしたくせに、あいつにはオレもそろそろ年だからしんどいんだよ、なんて余計な言い訳をしてしまったバカなオレ。だけどきっとばれてると思う。土曜日の夜になると紗夜子は心なしか嬉しそうにするから。

何度も何度も恋をして、その度にオレはいつもその先を想像してしまう。
一緒に住むこと、一緒に寝て、起きて、食事をして、笑い合って、喧嘩して、仲直りして、また一緒に寝る。
そんな日常の何でもない営みを想像するのが好きだった。
当然紗夜子とも同じように想像した。生活時間がほぼ逆だからオレが寝てる間にあいつは仕事に出かけていって、帰ってきたらオレが入れ違いに出て行く。だったらオレの方が少し譲歩して気まぐれに明け方まで店を開けたりせずに12時くらいには閉店して、ほんの30分でも1時間でもその日にあった出来事を話す時間を作ろうか。いや、そんなことせずに会社帰りにはここのカウンターのいつもの場所に座らせて賄い飯を食べてもらおう。そうすりゃたぶん一挙両得。二人の会話が成り立つはずだ。なんて、勝手に想像するオレ。


「ねえ、桃花ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「あいつといるのってどんな感じ?」
「あ、それは気になる?家でもあんな感じ?それとも今はやりのツンデレなの?」
「あはははっ!ツンデレ!確かに!でもツンツンツンデレって感じですよ。めったにデレませんもの」
「そりゃそうだ。家じゃ別人みたにでれでれしてたらそれはそれで見物だ」
「でも、一緒にいたいって思いました。ずっとずっとこの人のそばにいたいって思いました。無条件にただひたすら。いいことも悪いことも全部一緒にいて見届けたいと思ったんです。一緒に喜んで一緒に悲しんで一緒に楽しいと思いたかったから、だから結婚しました」
「……そっか」
「ま、そうだな……」



ただそばにいる。
そんなありふれた日常が大切。
指先だけでもいつも繋がっていることは、簡単なようで実は難しい。

でも、それでも無条件に願うことがきっと一生に一度くらいはある。



いつの間にか鍵盤を玩んでいた零一がカウンターに戻ってきた。

とっておきのシャンパンを開けよう。
そして大事な言葉を伝えよう。


「なあ、紗夜子」
「あら、これあの夜と同じカクテル」
「カサブランカ、か」
「バーグマンの」
「あの日はさ、飲んでくれなかっただろ」
「そうね、ちょっとささくれてたから」
「今日は飲めよ」
「ふふふっ、いただきます」

甘い甘いシャンパンカクテル。こんなものでも初めて会った日に一瞬で戻れる。あの日からきっとオレはずっと好きだった。いつか一緒にいたいと思った。だから今夜、言うことにする。
「死ぬまで一緒にいてくれ」
「嫌よ」
「ちょ、ちょっと待て!そりゃないだろ」
「期限なんて切りたくない。無期限で一緒にいさせてくれるなら、ね」
「何だそれって、それどういう意味?」
「もう鈍いんだから!」と怒った顔で紗夜子はオレを強引に振り向かせると一瞬だけ唇を重ねた。甘いシャンパンの香りと味がした。そして柄にもなく頬が熱くなった。





「コホン!で、いつ結婚するんだ?」






益田祭り献上品4作目です。
さて、1作目のGSは設定がはっきりしていて、誕生日がちゃんと生年月日だったんです。なのでそこから考えると益田氏ももう35歳。零一さんも35歳。桃花ちゃんはウチ設定(2月生まれ)では23歳で、去年卒業と同時に結婚してそのまま大学院に在籍中です。さてさて、お相手の紗夜子さんは益田氏の2つ下(いや3つかな)です、オリキャラです。

益田祭りの度に書いていた連作も一応ここでハッピーエンドにしておきます。実は二人の出会った頃の話もありましていつかウチで連作短編として公開しようかな、と思っています。

さて、誕生日おめでとうございます!そして今年も主催お疲れ様です。そして毎年楽しいお祭りをありがとうございます。どんなに忙しくても書かなくちゃと思わせてくれるこの企画大好きです。



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