ABOUT

NOVELS1
NOVELS2
NOVELS3

WAREHOUSE

JUNK
BOOKMARKS

WEBCLAP
RESPONSE

let's fall in love



あの、零一が結婚するんだってさ。
元教え子のかわいい彼女とさ。
五月晴れの良き日に市役所に届けを出しに行くんだってさ。







「なあ、お前ら結婚式とかはしないのか?」
「俺はきちんと特別休暇を取ると言ったのだが、彼女が学園の休みでもいつでも構わないと言うのだ」
「ふーん。でもさ、女の子にとっちゃ結婚式って一生に一度の晴れ舞台なんじゃねーの?」
「彼女が言うには結婚式はただの通過点だからと。これから先の方が重要だと言われてしまった」
「なーるほどねぇ。ま、あの子らしいっちゃあの子らしいか。ほれ、お代わり」
「ああ」


そりゃまあ、あの子だってそんな超リアリストな事を言いたくて言った訳じゃないだろうし、零一だってそれが彼女の本心だとも思ってないだろう。それはたぶんいつも忙しくて生徒のことに一生懸命な零一に、精一杯気を遣ってのことなんだと思う。
でもさ、そんなことくらい遠慮しないで零一に我が儘言えばいいんじゃないかな、とオジサンは思うね。
君が「零一さんと二人で教会に行きたいわ」とか何とか言ったら、きっとあいつのことだ、通りすがりの教会にでも駆け込んで溢れるほどの誓いの言葉を捧げるだろう。それくらいこいつは君のことが好きで好きでどうしようもないんだから、さ。
あ、そうだ、何ならオジサンが協力してあげようか?なんてね。ま、オレがお節介することじゃねーよな、やっぱ。


「あー、コホン、ところでお前の方は一体どうなんだ?」
「お前って……さて、誰のことかなー?」
「……。益田、お前と、あー、その、あの女性とのことだ」
「ああ、それ」




ああ、まあそうだなぁ、何というかかんというか。
オレは関係を進展させたいのか、それとも今のぬるい現状に甘んじたいのか。揃いも揃ってどっちつかず。去年の誕生日からほんの少しだけ前進したような気もするけど、誰かさんの歌みたいに3歩進んで2歩下がる感じはどこまで行っても否めない。昔零一と彼女を見てた時もオレはかなりじれったくていらいらしたけど、きっとオレとあいつを見てる零一も同じくらいいらいらしてるんだろうなと思う。

でもなぁ、当事者ってのは案外何とも思ってないんだな、これが。
むしろ今のままずっとつかず離れずな関係が続けば、それはそれで楽でいいやなって思ってたりしてね。
もっとも、あいつはどう思ってるかはわかんないけど、さ。



「微妙」
「微妙、とは?」
「うん、だから微妙」
「そうか、微妙、か」
「ああ、微妙だな。実に微妙」

悪友が尋ねている内容くらいこっちも判ってる。
判ってるけど結論を出すのはちょっとまだ惜しい気がしてお前みたいにはっきりできないんだな、これが。
たぶん向こうも確認したわけじゃないけど同じ感覚だといいなぁ。あ、いややっはりそれは違うかな、どうだかな。
ま、この年になるとさ、何か白黒はっきりさせるのがちょっと面倒くさくなってきてどうもいけない。
だってさ、高校や大学ん時の恋愛関係ってのは、結論出してもそれが先の人生にはすぐ繋がらない。
正直くっつくかくっつかないか、だけだろ。
だけど、もうこの年になって出す結論ってのは実に重いわけだ。


「なあ零一」
「何だ?」
「お前は運命って信じるか?あー、そうだな、例えば彼女との出会いについて、とか」
「な、な、何を言い出すんだ、お前は唐突に」
「うん、それはまあオレも思う。でもちょっと興味あってさ」
「知らん!」

ダンっと大きな音を立てて半分残ったグラスをカウンターの一枚板に叩きつけると、奴はまっすぐにピアノに向かって怒ったような顔で歩いていった。ったく、ケチくせーなー、いいじゃんか、心の底から素直に聞いてみたかっただけなんだってば。




金曜日の夜、ようやく11時30分を回ったところ。
後少しで5月23日。オレ様の誕生日。今年は彼女も休みだったはずだけど、急に出勤になったとかってぼやいてたなぁ。会社でもそれなりに先輩になってきて、この頃仕事もそこそこ忙しいらしい。ごめんね、って言われたけど「何?あ、オレの誕生日か。いいんじゃね、忙しいんだしさ」なんて言ってしまった。そりゃ一緒にいられりゃそれに越したことはないけど、こっちも自分の誕生日だからって店閉める訳にはいかないし。ま、おあいこだろ。

ま、さっきのは確かに唐突だったし、奴に尋ねるような質問でもなかったかもしれない。
だからってそんな膨れんなよ。30男がそんな顔したって可愛かないぞ、零一。



っと、この曲は……おいおいlet's fall in loveって。



……let's fall in love
……why should'nt we fall in love?
……our hearts are made of it
……let's take a chance
……why be afraid of it?



ったく、お前がそんな曲を弾くか?
ああ、そっか。これがお前の答えか。
お前はただ恋に落ちた……それだけだったんだな。



もうオレ達もいい年になって、今更愛だの恋だのってちゃんちゃらおかしいぜって醒めた振りをしてきたけど、そうだよな、恋をするってことはすごいことなんだよ、やっぱり。オレは一体何に拘って恋だとか愛だとかめんどくせーって顔をしてるんだろう。ま、実際何度か恋もしたし、愛情を注いだこともあったけどそんな情熱から遠ざかってもう幾年月。だけどそろそろ止めようか、すかした振りをするのはさ。


ふいにマナーのままカウンターの隅に放りっぱなしにしてた携帯が震えた。零一のピアノに耳を傾けながら、こんな時間に誰からだろうと考えてみる。心の片隅ではあいつからだとちょっと嬉しいかもなんて思ってるけど、実際そうだったとしたらそれはそれでとてもじゃないけど照れくさくていけない。ああ1回で出てしまうのもまるで待ってたみたいで、それもちょっとだけ癪だ。まったく、オレってばどこまで意地っ張りでカッコ付けなんだかな。オレ以上にカッコ付けな零一よりタチ悪いじゃないか。

しばらく震えて携帯が止まった。放置してたから30度くらい角度が変わっちまったな。
ちょうど零一が1曲終わったところだった。着信元を確認しようと手に取った。と、いきなりまた震えだした。
ディスプレー表示にはあいつのフルネーム。

去年の誕生日、無理矢理携帯に登録されてしまってから表示を変えてないから、律儀に彼女のフルネームのまま。「秋川紗夜子」って。

「はい、益田」
「もう、携帯くらい出なさいよね」
「はいはい。で、何か用だったか?」
「明日、行くから」
「は?どこへ?」
「あなたの店よ。仕事終わったらまっすぐ行くから、ちゃんと空けといてね、わたしの席」
「何で?」
「何ででも」
「ん……ああ、まあ、待ってるよ。何時間でも待ってるさ」
「ん、待ってて。必ず行くから」
「んじゃ」
「ん、じゃあね」




携帯でしゃべってることに気がついた零一がさりげなく曲を変えた。
なんだよ、こら。taking a chance on loveって。
おい、にやっと笑うな、にやっと。気味が悪い。

ふーん、なるほど、そういうこと。
わかったよ、わかりましたよ。付き合ってやるからちょっと待ってろ。




あ、そうだ。明日の夜は貸し切りにするか。あ、やっぱ臨時休業にしとくか、邪魔が入ったら癪だしな。
もちろん、お前なんか入れてやんねーよ。せいぜい二人でいちゃいちゃしてろってんだ。

オレは大人気なく毒づきながら、零一の隣に立った。
さあて、いっちょやるか。



幸せなあいつに乾杯。
それからオレの明日に乾杯。





"LET'S FALL IN LOVE" written by Harold Allan and Ted Koehler

何だか4月になるといつ告知されるのかなぁと密かに楽しみにしています。ホント、エンディングがないのが不思議なくらい益田氏は人気ありますよね。個人的にはやっぱり主人公ちゃんは零一とくっついてほしいので益田さんにエンディングがあるとしたらそれはずぱり「親友エンド」か「親友告白エンド」だと思います。できればぐずぐずしている二人を見守るいいお兄さん的立場に甘んじていただきたいなぁと。
で、彼は彼でまた別の恋をして欲しいですね。

えっともう34歳?そろそろ彼女と落ち着いてほしい、そんな願いを込めてこの話を益田氏に捧げます。
来年はそうですな、零一くんと奥様自慢でもしててくださいまし、なんてね。

最後になりますが、お誕生日おめでとうございます。益田さんは一生零一くんをからかって遊んでてくださいね。



back

go to top