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a beautiful thing, that name is love


誕生日……か。




バイト君達から開店前に「マスター、今日誕生日ですよね」なーんて言われて、一瞬きょとんとしたオレに彼らはご丁寧にも小さな包みを手渡してくれた。開けろ開けろとうるさいからその場でラッピングを解くと、中から出てきたのは綺麗にグラスエッチングされた一組のショットグラスだった。へぇ、結構いい感じじゃないか。


「さんきゅ。でもなぁ、お前ら妙な気ぃ遣ってんじゃねぇぞ」
「まあまあいいじゃないですか。二つありますから彼女さんと差し向かいでおいしいお酒でも飲んだらどうですか?」
「大きなお世話。ま、でもありがとな」
「いいえぇ、これからもよろしくお願いしまっす」
「ああ、時給は上げねぇけどな」
「あはははっ」





そっか、オレの誕生日……か。
そういや、いくつになったんだっけ?
あ、そう、もう33。
いやいやまだ33だよ。
ああ、いや、なんというか。
オレもいい年になってきたなぁ、と。
ついしみじみ……と。
しねぇしねぇ。
そんなこと、一生する訳ねぇし。


ったく、誰がいつ教えたんだか、今日は店に来る客来る客みんな一言「おめでとう」なんて言ってくる。何だか最初はちょっとだけこそばゆい感じだったくせに、いつの間にか機械的に挨拶を返していた。
そういえば、唯一言わなかったのはウチのピアノマンこと氷室零一くらいだ。
何十人もから挨拶代わりに「おめでとう」なんて言われても、なぁ。去年もその前もこんなだったっけ?
いちいち覚えてねぇなぁ。



「なあ、零一」
「何だ?」
「お前は言わねぇの?」
「だから、何をだ」
「……何でもない」
「ふっ、相変わらず変なヤツだな」

にやりと笑うこの悪友。何を企んでやがる、このひねくれ男。いや、最近流行のツンデレってヤツなのか。
ああ、やっぱそれはないない。つーか、むしろ気持ち悪いわ。

そう言えばこの頃あいつと会えてないなぁ。あっちも最近また仕事が忙しいらしいし、こっちはこっちでこんな商売やってるから普通の勤め人とは間逆な生活だし、な。もう少しこっちから積極的に誘えばいいんだろうけど、オレの時間にもあいつの時間にも無理やり合わすことすらしない。何やってんだか。

「お前、あの子とはちゃんと会っているのか?」
「ん?何のことだ?」
「お前のかわいい彼女ちゃん。もう大学も4年?卒業したらどうするの?やっぱ結婚?」
「っ!!バカか、お前は!?」
「おっもしれぇ」



3年前の誕生日。その半年ばかし前。
クリスマスの夜に、オレは友達に連れられてここに流れてきた彼女と知り合った。女友達と何だか少しばかり深刻そうな会話をしていた彼女の瞳に吸い寄せられるように、プレゼントだと言ってシャンパンカクテルをおごった。しきりに遠慮する彼女は泡がすっかり消えて無くなるまでそれを放置して、小さなバッグを抱えてレストルームへと姿を消したんだった。

何か話したんだと思うけど、その時のことを実はよく覚えていない。
だけど、その後彼女は一人で夜遅くにやってきてはたまに奏でられる零一のピアノに耳を傾け1杯飲んで帰っていく。
しばらくはその繰り返し。何となくこれが最後。彼女と他愛ない会話を繰り返しながら、この子と恋に落ちなきゃオレはきっともう誰も好きにならないんじゃないか、意味もなくそう思った。




昔々、些細な事で小さな喧嘩をして、そのまま「ごめんよ」を言う暇も与えられないままに失くした若い恋。
10年が過ぎてようやく前を向こうとした矢先に飛び込んできた新しい恋。それが彼女だった。
最後にしよう、そう思っているくせにどうしてこうオレはまっすぐに飛び込んでいけないんだろう。例えばこの目の前でジントニックを飲みながら、賄いのパスタを食べてる悪友みたいに、な。こいつだって踏み出すまではキャラクターに似合わないぐずつき方をして、割り切れない数式を前にうんうん唸ってたくせに、その数式がすっきり解けた途端これだから……な。

「明日、あるんだろ?」
「ああ、そうだな。いつも通りだ」
「帰らなくてもいいのか?」
「帰ってほしいのか?」
「べっつに」
「……」

「別にそういう訳じゃないけどな」っと、オレは一人ごちながらカウンターの奥へと移動する。誕生日ってのはオレにとってはちょっとだけ切なくなりたい日だ。正直一人でひっそりと安酒でもちびちびやりながら、しけた煙草でもやたらにふかしながら海岸で一人夜空を見上げるって方がよほど似合ってると、思う。
だけど、基本年中無休のこの店を臨時休業なんてカッコ悪いことはしない。

なんたって年のせいなのか、あの子のせいなのか、目尻にうすーく笑い皺が浮かぶことさえあるんだぜ。それこそ笑っちまうよな、アンドロイドとまで言われたあの氷室零一がだぜ。

でも最近のオレはそれもいいんじゃないかと思い始めてる。
いい加減年を取ってくると自分で自分を変えるのはそう簡単なことじゃない。だけど、誰でも変われるものなら変わりたいと思ってる。そんな人間を変えるのは陳腐だとは思うけど、やっぱり誰かを強く思う心なんだろう。なんて、この悪友を見ているとつくづくそう思う。

だとするとオレもそろそろ恋に溺れてしまってもいいかもな。
だよな、今日誕生日だし。生まれ変わる理由にしちまうかな。
じたばたせずに、さ。



「ピアノ、借りるぞ」
「こんばんわー」

零一が声を上げたのと彼女が入ってきたのはほとんど同時で、オレはどっちに向って返事するでもなく「あいよ」なんて答えてた。生ぬるい夜風をまとって現れた彼女の口紅は少しだけ地の色が見えて、鼻の頭は走ってきたかのようにちょっとだけてかって見えた。

「よっ。遅くまで大変だな」
「何かちょうだい。喉渇いたからさっぱりしたの希望」
「はいはい」

さーて何にするかな。ジン・サワーか、シカゴか。それともトムコリンズあたり。「ほれ」なんて素っ気なくコースターの上にグラスを乗せて、彼女の前へそっと置く。空いてきたカウンターの前にすとんと座ると彼女は喉を鳴らして半分くらいまで一気飲み。まあ、そう来るだろうと思っていつもより薄く作ったつもりだけど、そんなに一気に飲んだら回っちゃうよ。「こんな時間にどうした?」、オレが問いかけるのと同時にに零一のピアノがポロロンと鳴った。

「今日、何日か知ってる?」
「んー、さあ何日だっけ?」
惚けたふりをしながら、オレは手元にある自分用のグラスにお気に入りのバーボンを注いで一口だけあおった。「まったく、覚えときなさいよ」、って彼女は少し頬を膨らませながら、すっと小さな包みをカウンターに滑らせた。

「何これ」
「そうねぇ、何かくれって顔に書いてる可哀想な人にお恵みを」
「何じゃそら」
「だから、ありがたく受け取りなさい」
「あ、ああ」

零一はちらりとこっちに目を向けると、口の端でにやりと笑いやがった。それも一瞬のことですぐにいつもの癖で背筋をすっと伸ばすと、鍵盤の上にゆっくりと指を置く。そして流れてきたのは……Blue Moon。

まったく、お前らは。
オレもそろそろ金色の月にでも出くわすかもってか。


澄ました顔で2杯目に出したシカゴを飲む彼女と、ゆったりとしたアレンジでBlue Moonを奏でる悪友。オレはなんと言っていいのかわからないまま、ただヤツの指先から生まれる音を聞き、彼女からもらった何かを手の中で転がしていた。やがて曲が終わり、小さな拍手を受けた後、ヤツはおもむろに曲をStardustに変えた。

そういえば、3年前にはこの曲を弾いてもらったっけな。軽やかに弾いてるくせに、どこか切なくて嫌になる。


「いつ聞いてもかっこいいわね、氷室さんのピアノ」
「まあな。でも、曲判ってる?」
「どっちもすごい有名な曲じゃない。わたしだってこのくらいは知ってるわよ」

確かに零一のピアノは人を惹きつけるものがある。例え、一介の数学教師が戯れに弾いているとは思えないほどの腕前だ。誰もヤツにリクエストなんてしないし、いつも弾いてるわけでもない。

夜も更けて、客が一人二人と帰って行き今や俺たち3人だけになってしまった。ぎりぎりで5月23日。stardustが終わって一瞬だけ静かになった。彼女の手には今氷を浮かべたミネラルウォーター、その溶けかけた氷がからんと軽い音を立てる。

「これでラストにする。お前の生まれた日だ。リクエストしろ、弾いてやる」
「何をまた偉そうに。ま、いっか。じゃあ、最後は楽しく『's wonderful』で」
「了解」

にやりと笑うと、すっと指を下ろしガーシュインを楽しげに弾き始めた。





まったく、オレの周りにはどうしてこうもお節介が多いんだろう。
頼んでもいないのに、次々にオレの欲しいものをくれる。
今日はさ、プレゼントお持ち帰りしてもいいかな、お前明日休みだろ?
そろそろあいつみたいに最後の女を捕まえておきたくなったんだよ。
いや、違うな。オレが一人の女に捕まりたくなったのか、たぶん。

「お誕生日、おめでとう」、そう言って彼女は不器用にウインクするとそっとオレの頬に手を添えて小さくキスをくれた。
「ああ、さんきゅ」、お返しに口紅が取れ掛けて地の色になった唇にキスをした。

さーて、客も引けたし零一のピアノが終わったら臨時休業にするかな。



益田義人、ちょい役のはずがこんなにも皆さんに愛されているキャラクターもないでしょう。そんな彼の魅力は何なのか。きっと大人の男性だということに尽きるのでしょう。確かに零一も大人だけれど、彼よりも精神的には大人。それでいて時々子供っぽく友人をからかって遊ぶ。そんなところが魅力なのだろうと思います。
いつもこの人を書くとどうしても零一以上に失ったものへの感傷のようなものを書きがちで、それでいていい加減友人の応援ばかりしてないで自分のことにも頓着しなさいよとも思ってしまいます。若い彼女を手に入れた友人をからかいながら、その一方でのめりこめる恋を羨ましいと思う。そんな見守りポジションな益田さんが大好きです。でも、自分もちゃんと手に入れてね、最後の恋を。
てなわけでこんな話を。


お誕生日おめでとう、義人さんv
いい男になってね、男は30を過ぎてからだよ。


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