MINI   VOL.4
MINI

愛車 MINIクーパー “hiro号”

 
MINIクーパー誕生 bS

1960年後半 イギリスの自動車産業再編の波が押し寄せ BMCは67年 レイランド・グループと ローバー
を加えBL_MCとなる このころからMINIの販売に陰りが見え始めた バリエーションの整理 
モデルの変更と進むが 71年31万台をピークに下降線を辿る 80年代BLMINI1000だけが生き残るが
オイルショックや排気ガス問題 日本車の台頭等で衰退して行く 82年オースチン・ローバーの社名になり
生産台数は5万台程度になっていた 84年以降ホーイルを10インチから12インチに換える等して
人気が徐々に回復していったのは日本で であった 85年オースチン・ローバー・ジャパンが設立
限定車が次々発売され ルックスからファション 趣味の対象として人気を得て行く
89年ローバー・ジャパンとなり 85年の登録台数1626台 90年は1万3000台を突破した
この頃1,000ccのみのMINIに1,300ccクーパーモデル(1271cc単キャブ 61ps)が復活する
人気に乗じて限定生産から カタログモデルとなる 92年 インジェクション オートマティックも出る
MTが62ps ATは53ps スタンダードモデルとクーパーは差が無くなり 
MINIの上級グレードと言う位置づけになった

そして現在に至る
                              
                             
2000年モデルとして写真は出てるが 筐体も大きくなるようだし
 果たして“MINI”と呼ばれるのか この個性的なルックスは不滅かも知れない
 
いまのMINIは永遠に語り継がれ 20世紀の名車として 伝説になるに違いない

パワーステアリング

実はMINIには付いてない
「運転させて!」無理やりハンドルをとった友人が次に発した声は「うわ〜これっ」
驚きと戸惑いの情けない顔になった 小さい車が何回も切り返しをしてやっとガレージから出た
そう見かけに似合わず 気難しいんですよ 小指一本でチョイチョイとハンドルが回る
そこら辺の車とは訳が違うんです 多分殆どの人が未体験の車庫出し車庫入れになるでしょう
でも一旦走り出せば “直角に曲がる”と言われるハンドリング

アンダーガード

フロントバンパーの下に顔を覗かせている アルミやらのアレ
伊達に付けてる訳ではないんです 何せMINIクン最低地上高が法定(90ミリ)すれすれの95
その上やけに大きいオイルパンを抱えている 大事なオイルパンを守るため必需品なのです
擦りでもしたら エンジンとギアが一体の大量のオイルが洩れだしてMINIクン一巻の終わりなのです

mini

 MINI物語は私のうろ覚え 間違いがありましたらお許し下さい
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                                               H.Oda
           
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