K53.東京の新露場の気温は下がるか?


著者:近藤 純正
東京の皇居外苑北の丸公園に東京の新たな地上気象観測施設・露場が完成した。2011年8月1日より 試験的な運用が開始され、現露場(大手町1-3-4)との比較観測が今後3年間ほど行われた後、 北の丸公園での観測に移行されるという。この比較観測において、平均気温にいかほどの違いが 生じるか? その見積もりをしてみた。 (完成:2011年8月7日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2011年8月1日:粗筋の完成
2011年8月2日:見積もりの2方法と、あとがきに追加
2011年10月10日:注1 を加筆

  目次
        53.1 はしがき
        53.2 概略的な見積もり
        53.3 都市化率と風速の違いによる見積もり
        あとがき
        参考文献


53.1 はしがき

最近、東京の地上観測地点として、新しい観測露場が皇居外苑北の丸公園に完成した。大手町にある 現在の露場から約900mのほぼ西北西にあり、公園内の科学技術館から道路を挟んで西の約100m の地点である。標高は、新露場が25.2m、現露場が6mである。 (「写真の記録」の「92. 東京の新露場」を参照)。

新露場における試験的な運用は2011年8月1日から開始され、今後3年間ほど現露場との比較観測が 行われた後、新露場での観測に移行するという。

現時点において、現露場に比べて新露場の平均気温がいくら下がるか上がるかを予想しておくこと に意義がある。なぜなら、実測結果がわかってから知るよりも、予想と実測結果の違いから 私たちは自然をより深く理解することができるからである。

図53.1は東京における年平均気温の経年変化である。赤色の滑らかな曲線は都市化による気温上昇 (熱汚染量)である。熱汚染量は観測地点における値であり、同じ東京都内でも地点ごとに異なる はずで、周辺の都市化率や観測露場の風速によって変化するものである。

東京の気温上昇
図53.1 東京における年平均気温の経年変化,ただし1910~1925年の平均を基準のゼロとした値. 小さいプロット:年々の気温,青色折れ線:年々の 気温の5年移動平均,赤色の滑らかな曲線:熱汚染量. 近藤(2010;2011)、あるいは「研究の指針」の 「K48. 日本の都市における熱汚染量の経年変化」の図9に同じ)

人口と熱汚染量
図53.2 都市人口(1995年)と熱汚染量(1990年)の関係。破線:弱風速、実線:強風速の都市。 「身近な気象」の 「M59. 都市気候」の図59.2に同じ)

図53.2は都市人口と熱汚染量の関係を示し、赤の丸印と破線は風速が弱い都市、緑の四角印と実線は 風速が強い都市である。風速は観測高度を統一するために、高度50mに換算した年平均風速U50で 分類してある。

東京の熱汚染量が露場の移転によってどのように変化するかに関心がある。

53.2 概略的な見積もり

その1:図53.2からの推定
図53.2は同じ規模の都市、つまり同じ都市でも風が強い地点(緑線)と弱い地点(赤破線)の熱汚染量 の違いを表す図と解釈してもよい。

単なる推定であるが、新露場付近の風速は大手町の現露場に比べて40%程度[(4.5-2.8)/4.5=0.62] 風速が弱いとして、図53.2から読み取れば、新露場の平均気温は現露場より高温となり、+0.15℃ ±0.2℃ということになる。±0.2℃は図のばらつきの標準偏差(誤差)である。

その2:緑地と日だまり効果を考慮した推定
現在の露場は大手町のビル域にあり、露場西側のKKR竹橋会館との間には道路、北側には高架の 高速道路、お壕の周りには広い301号線がある。一方、新露場は北の丸公園の樹木の多い所にある。 一般に緑地公園内は蒸散が盛んで、かつ日陰が多いことから、ビル群・舗装道路域に比べて平均気温 は低い傾向にある。公園の広さにも依存するが、公園内は年平均気温が -0.7±0.3℃ 程度低くなる と予想される。

注1:-0.7±0.3℃ の見積もり
東京白金台の自然教育園内と市街地の気温差を観測した2010年8月~10月の晴天日29日間 平均値=2.2℃であった(清水ほか、2011;「身近な気象」の「M61.都市昇温の緩和策」の図61.3)。
これは晴天日の平均であり、曇天も含む 月平均値は、この値の1/3 程度(≒0.7℃)と見込まれる。公園の広さや樹種等による 違いもあるので推定誤差を±0.3℃とした。

しかし、現露場は風の通り抜けがよいのに対し、新露場は樹木に囲まれ風速は弱く、日だまり効果 によって気温が高めになることが予想される。これらプラス・マイナスの効果によって、現露場と 比較して平均気温に違いが生じるか?

2011年7月22日の見学したとき、大手町では風があったが、新露場では風はほとんど感じられなかった (「写真の記録」の「92. 東京の新露場」)。

新露場の風速が40%弱いとすれば、図53.3より+0.3±0.2℃と推定される。

以上から、新露場における年平均気温は -0.4±0.3℃ 低く観測されるものと推定できる。

風速と日だまり効果
図53.3 風速の変化と日だまり効果による気温上昇の関係.四角印は樹木の 成長により日だまり効果が生じたと考えられる地点,丸印は日だまり効果 に都市化の影響も含む可能性のある地点を示す( 近藤(2010;2011)、あるいは「研究の指針」の「K45.気温観測の補正と正しい 地球温暖化量」の図45.6に同じ;「K46.日本における温暖化と気温の 正確な観測」の図46.1に同じ).

53.3 都市化率とによる見積もり

その3:半径5km内に重み付けした都市化率から推定
桑形ら(2011)は、観測点周辺の都市化率と熱汚染量の関係を調べ、図53.4に示す結果を出している。 熱汚染量は近藤(2011)が全国91都市について求めた値である(近藤、2011)。 都市化率 UI とは、観測点周辺の都市面積の割合を、国土数値情報(国土地理院発行)などで使用 している3次メッシュ(約1km×1km)ごとに重み付け平均することによって求めている。

すなわち、近傍ほど土地利用の影響が大きく遠方になるほど影響が少なくなるような重み付けである。 おもに5km内に重み付けした都市化率ということができる。

詳しくは「研究の指針」の「K48. 日本の都市における熱汚染量の経年変化」 の48-5-3項を参照のこと。

熱汚染と都市化率
図53.4 上図:都市化による気温上昇(2000年時点の熱汚染量)と都市化率との関係,
下図:熱汚染量と高度50mに換算した風速 UAの逆数との関係.

上図では地域ごと,下図では都市化率 UI ごとに記号で分類した(桑形ほか,2011).
「研究の指針」の「K48. 日本の都市における熱汚染量 の経年変化」の図12に同じ)

東京の2000年時点の熱汚染量=1.96℃、都市化率=82%であり、上図の赤丸印でプロットされている。

上記論文の著者の桑形・村上氏に新露場の都市化率を計算してもらうと、新露場の都市化率は現露場 に比べてわずか1%しか小さくない。したがって、図53.4(上図)の赤実線の傾向から年平均気温は ほとんど低下せず、0±0.3℃ と予想される。

一方、東京の現露場における高度50mに外挿した風速の逆数=0.17s/mであり、下図(横軸は風速の 逆数)の UI>=50% のプロット群の一点鎖線の傾向からすれば、新露場における風速の減少率が 40%程度と仮定すれば、+0.5℃±0.3 の気温上昇が推定される。

以上、都市化率の変化と風速の変化の両効果として、+0.5±0.3℃の上昇となる。

その4:半径1km内の都市化率から推定
鈴木・渡辺(2009)は京葉地域の「区内気象観測原簿」から東京都内と千葉県内の沿岸部の9地点に おける最高気温と最低気温の平均値を平均気温とした資料を整理し,また土地利用の地形図と地図 から読み取った市街率(高層市街地と市街地の占める面積率)との関係を調べている.市街率は 観測所を中心とする半径1kmの円内に占める市街地の面積の割合とした.

その詳細は「研究の指針」の「K48. 日本の都市に おける熱汚染量の経年変化」の48-5-3項を参照のこと。

皇居付近のGoogleマップから半径1km内の市街率を読み取ると、現露場の市街率=69%に対して 新露場の市街率=55%で14%減少する。

図53.5の横軸は市街率の変化率、縦軸は熱汚染量の変化率である。この両軸の年単位を外して、 それぞれ市街率の変化と熱汚染量の変化の関係として読み替えることができる。 この図に回帰直線を描いて求めると、市外率14%の減少について、-0.1±0.2℃の気温低下となる。

京葉アメダス都市化率
図53.5 京葉地区の区内気象観測所における市街変化率と熱汚染量変化率の関係.ただし,1976年 以前について解析(鈴木・渡辺,2010,の資料に基づく). 「研究の指針」の「K48. 日本の都市における熱汚染量 の経年変化」の図11に同じ)

注2:
図53.5に最小自乗法の直線を描くと原点ゼロを通らないのは、半径1km範囲外の都市化も含む からである。また、この図は、都市化による観測点の風速変化も同時に含んだものである。

あとがき

東京の新露場の年平均気温が、現露場における観測値に比べて下がるか上がるかを検討した結果を 次の表53.1にまとめた。

表53.1 東京の新露場における年平均気温が現露場における値に比べて高くなるか、 低くなるかを推定した結果(単位:℃)。ただし,+は新露場が高温、-は低温と 推定されることを意味し、±は推定誤差の幅を示す。

     方      法             緑地の効果   日だまり効果    結  果

    (1)図53.1から                --                --        +0.15±0.2
  (2)緑地と日だまり       -0.7±0.3       +0.3±0.2   -0.4±0.3
  (3)5km重み付け都市化率   0.0±0.3       +0.5±0.5     +0.5±0.5
  (4)1km内の市街域           --                --        -0.1±0.2     


この推定の根拠となる露場の風速は、単なる推定値を用いた結果であるので、今後、 風速の情報が得られれば、再び年平均気温の推定を見直したい。

以上の結果からすると、新露場の気温が低くなるか高くなるか、見積もりは難しいことがわかった。 それは、熱汚染量は緑地の効果と日だまり効果のほか、人工熱やビルの高層化による正味放射量の 増加の効果などが考慮されていないことによる。そのため、図53.2~53.5において プロットに大きなばらつきがある。

それを示唆するグラフを図53.6に示した。プロットは1976, 1987, 1991, 1997, 2000年を示す値であり。 都市化率が80%以上になった1980年代以後は、都市化率はほとんど増加していないのに、熱汚染量は 増加する傾向にある。

東京の都市化率と熱汚染量
図53.6 東京の都市化率(半径5km内に重み付け)と熱汚染量の関係。
プロットは1976~2000年期間、破線と点線はそれ以前の傾向(推定)。
熱汚染量は近藤(2011)、都市化率は桑形ら(2011)に基づく値である。

つまり、観測地点(大手町の現露場)周辺の都市面積(ビルなどの建物用地と幹線交通用地)の割合 がほとんど増えないのに、ビルの高層化と人工排熱の増加が熱汚染量を大きくしている。ビルの高層化 は日中・夜間とも都市における正味放射量を増加させる働きがある。

要約すると、1kmメッシュを使っても仮に100mメッシュを使っても、都市の熱汚染量は土地利用や 風速だけでは決まらず、図53.4~53.5で示したように±0.2~±0.5℃程度のばらつき(誤差)が 生じる(予測には限界がある)。

今後3年間に行われる現露場と新露場における比較観測の結果を楽しみにして待つことにしよう。

参考文献

近藤純正,2010:日本における温暖化と気温の正確な観測.伝熱,Vol.49,No.208,58-67.

近藤純正、2011:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、(印刷中).

桑形恒男・石郷岡康史・西森基樹・村上雅則,2011:気温上昇トレンドに対する都市化の寄与に ついて(仮題,投稿準備中).

清水昭吾、菅原広史、成田健一、三上岳彦、萩原信介、2011:自然教育園における 冷気のにじみ出し現象。自然教育園報告、第42号、39-47.

鈴木章仁・渡辺智仁,2009:京葉地域の土壌被覆変化に伴う都市温暖化量推定.平成20年度 千葉工業大学工学部卒業論文,pp. 24(指導教員:松島 大)



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