K153. 神奈川県秦野の湧水の水温季節変化(2)


著者:近藤純正・内藤玄一
秦野市内の湧水8か所について水温の季節変化を観測した。
平沢の兵庫の泉の水源、白笹稲荷神社下の湧水、秦野駅近くの弘法の清水、および 尾尻取水場の湧水温度の季節変化幅(年較差)は0.1℃以下で小さく、地中水 の平均的な深さ「平均的深度」は10m以上の深さに相当する。 それゆえ、これらの湧水温度の長期変化を記録していけば、地域の環境変化 (地球温暖化、都市化など環境変化)が水温変化として現れる。 (完成:2017年8月22日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2017年8月14日:素案の作成
2017年8月22日:完成

    目次
        153.1 はじめに
        153.2 観測
        153.3 湧水温度の季節変化
        まとめ             


研究協力機関・協力者(敬称略)
日立製作所ICT事業総括本部:野口賢次・鈴木達也
千村ネイチャ―倶楽部:尾崎文隆
秦野市平沢:和田 大
秦野市環境保全課:谷 芳生
秦野市くずはの広場:高橋孝洋
白笹稲荷神社


153.1 はじめに

地中の深くから湧き出してくる湧水の温度は地表面温度の年平均値にほぼ等しく 季節変化が小さい。地中熱の影響する温泉地や地中100m以深を除けば、地中の 深さ10m~30mの温度は、その地域の地表面温度の年平均値に等しくなる。 ここでいう地域とは、1km平方程度の面積範囲を指す。

地域の地表面温度の年平均値は、その地域の環境によって決まることから、 湧水温度の長期変化から地域の環境変化を知ることができる。環境変化として、 広域にわたる地球温暖化と地域特有の都市温暖化・乾燥化がある。

しかし、湧水の地中深度が数m程度の浅い場合は水温の季節変化が大きく、 地域の環境変化を求めるのは難しくなる。この場合の水温は、湧水地点の ごく近傍数m平方~数10m平方のごく局所的環境に依存する。

日本の気候条件では、湧水温度は年平均気温より高く、湧水・気温差は1℃前後 である。湧水・気温差は、気温の低い北日本でわずかに大きく、気温の高い 南日本で小さい。これは地表面における熱収支・水収支の理論的考察から 推定されることである。

気温の上昇つまり地球温暖化が進むと蒸発・蒸散(=蒸発散)が盛んになる。 つまり地表面から大気へ放出する蒸発の潜熱輸送量が大きくがなる。そのぶん 顕熱輸送量が減って熱収支がバランスする。地表面としては顕熱輸送量を 少なくするには、地表面温度と気温の差が小さくならねばならない。

それゆえ、湧水温度は気温ほど上昇せず、湧水・気温差は時代とともに小さくなる。

いっぽう、森林や畑地が開発され都市化されると、蒸発散量が減り高温・乾燥化 する。その結果、湧水・気温差は逆に大きくなる (「K130.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析」「K132.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析(2)」)。

このように、湧水温度は地域の環境(地球温暖化、都市化による高温・乾燥化) を表す重要なパラメータである。

ここで必要とする年平均湧水温度の観測精度は0.1℃以内であるので、 本研究では0.01℃の高精度の水温計を用いる。

神奈川県秦野市は湧水の多い所である。それら湧水のうち、地域の環境を 求めるのに適当とみなされる8か所の湧水を選び、水温の季節変化を観測する。 本報告は、観測開始の2016年8月から2017年7月までの1年間の結果である。

153.2 観測

湧水温度の観測地点
図153.1の下段に示す赤丸印は今回選んだ湧水の8地点である。

各湧水地点の標高は地理院地図の電子国土Webにより、地点の標高が自動表示 される方法による。一覧表は、後掲の表153.1にまとめてある。

秦野の地図
図153.1 湧水地点の地図。
上:神奈川県の地図、大四角印はアメダス、小四角印は気温観測地点
下:秦野市内の湧水地点、丸印は湧水温度の観測地点
「K139.神奈川県秦野盆地の気温(7~12月)」 の図139.1に同じ)(Google マップをもとに作成)。


千村の湧水は日立製作所のITエコ実験村の水源である。エコ実験村の気温観測 地点(標高187m)の上流の林内に湧水点がある(標高200m)。この湧水の 涵養域の平均標高は250m前後と考えられる(「小さな旅」の 「151.日立ITエコ実験村」の写真⑤)。

谷津湧水は「ふれあいの里」にある(「小さな旅」の 「151.日立ITエコ実験村」の写真⑥)。
水源は標高190mにあり、そこから太い塩ビ管で標高176mまで導水されている。 その水温を観測する。水源から水温観測点までの距離は約100mあるが、 湧水量が多いことと太い塩ビ管がおもに日陰にあって途中の温度変化は小さく、 月1回の観測から年平均水温を必要な精度で求めることができると考えた。

そのほかの湧水の写真は第1報に示した(「K143.神奈川県秦野の 湧水の水温季節変化(1)」)。

平沢の「兵庫の泉」の水源は和田大氏宅の裏庭にある(標高=112m)。

白笹稲荷神社の湧水は神社の下の池、標高約104mにある。この池の中から湧き 出る水と、太い塩ビ管から水路に自然放流される水の温度を測る。

ホタル公園向原湧水は「小さな旅」の 「156.今泉ほたる公園(秦野市)」の写真③に示されている。 標高96mにある。ホタル公園の池の水源から湧き出る水の温度を測る。

「弘法の清水」は「小さな旅」の「155.弘法の 清水(秦野市)」の写真③に掲載してある。標高=87mである。 この湧水量は多い。

尾尻取水場は「小さな旅」の「155.弘法の清水 (秦野市)」の写真⑤に掲載してある。標高=84mにある。 石垣の間から出る大量の水と、その上段にある旧水道施設の平坦地から湧き出る 水の温度を測る。

くずはの広場のホタルの里は秦野市立の自然観察施設「くずはの広場」の中を 流れる葛葉川の飛び石を渡った崖下にあり、水道施設の水源跡である (「小さな旅」の「157.くずはの広場(秦野市)」 の写真⑤⑥)。湧水地点の標高=123mである。

この旧水道施設の水路トンネルは山腹に開かれているが、少し奥で崖面に平行に 近い形で曲がっている。そのため、地表面からの平均的な深さは浅い。


水温の観測方法
必要な水温の観測精度は0.1℃、または、これよりも高精度が望ましいことから、 表示単位と精度がともに0.01℃の「高精度温度ロガープレシィK320」(立山科学 工業製)(検定済み)を用いる。月に1回の頻度で水温を測る。水温が数10秒程度の 時間で変化する湧水もあるので、そのことを意識して観測する (「K137.湧水温度の数分間の短時間変動」)。

この観測と同時に、千村と平沢では自記記録の水温計で連続観測も行う。 自記記録の水温計は表示単位が0.1℃のデータロガー「おんどとりTR-55i-Pt」 (T&D社製)にPt1000防水型センサMODS112-02—PT-01(立山科学工業製)を 接続した水温計である。1時間の時間間隔で記録し、平均値を求めるので、 平均水温の精度は0.02℃程度である。

いずれの水温計も精密検定してあり、その校正表にしたがって観測水温を補正する。


153.3 湧水温度の季節変化

湧水温度の年平均値は地表面温度の年平均値に等しくなる。地中水の経路が 深いほど、水温の位相遅れが大きくなり年変化幅(振幅の2倍)は指数関数的 に小さくなる。詳しくは、「K143.神奈川県秦野の 湧水の水温季節変化(1)」に掲載してある。

千村ITエコ実験村
秦野市の南西部の千村には数か所の湧水がある。そのうちの観測に適した湧水は、 日立製作所の実験場「日立ITエコ実験村」の水源であり、この水温を観測する。

図153.4は1時間間隔で記録した表示値0.1℃単位の水温について、前後の各12時間 の移動平均値を示してある。これは精度を上げるための操作である。

8月~9月の期間に時々水温が上昇する現象がみられる。たとえば2016年8月22日は 小田原の日降水量=131mm、9月20日は85mmの大雨であった。湧水地点は斜面 に立つ大木の根本にあり、大雨の水が水温記録点に流入したためと考えられる。

また、2017年1月21日~25日は「データなし」としてある。この1月は8日~9日に 24mmの降水があり、その後は無降水、さらに21日~26日は寒波の襲来で夜間は 氷点下(-7℃~-2℃)となり、周辺の凍結により水の流れが弱化し、水温計の 感部が溜まり水の水温(-0.1℃~+9℃)を測ったとみなされる。そのため、 「データなし」とした。

そのほか、野生動物が水源を攪乱し、水温計が空気中に出されたことが数回あり、 「データな」とした。

これらの特殊現象を除けば、千村の湧水温度は±0.2℃ほどの変動幅がある。

千村水温自記記録
図153.4 千村の日立ITエコ実験村の湧水水源の水温変化(自記記録)。

平沢水温自記記録水温
図153.5 平沢の兵庫の泉の源泉の水温変化(自記記録)。


図153.5は平沢の兵庫の泉の源泉(和田大氏宅の湧水)の水温の自記記録である。 この周辺は、ほぼ平坦な畑地の混ざる住宅地である。水源の水量は多く、 水温は年間を通して変動幅は0.1℃以下、ほとんど一定温度の16.6℃である。 地中の平均的な経路の深さ「平均的深度」は15mないしそれ以上と考えられる。

図153.6~12は毎月1回の頻度で観測した各湧水の水温の季節変化である。

谷津湧水
谷津湧水は千村の東方の約500mにあり、似た山林の条件である。水源から太い 塩ビパイプで導水された地点(水汲み場)で水温を測る。図153.6に示すように、 水温季節変化幅(年較差)は0.61℃である(表153.1にまとめてある)。

谷津水温
図153.6 「ふれあいの里」の谷津湧水の水温季節変化。


千村エコ実験村源泉
月1回の測定結果は図153.7に示した。前述したように、ここでは野生動物による水源の 攪乱などあり、月1回の観測では、正しい季節変化の観測は難しく自記記録を参考に して年平均値や年較差などを求めた(表153.1にまとめてある)。

エコ実験村源泉水温
図153.7 千村のエコ実験村源泉の水温季節変化。


白笹稲荷神社
白笹稲荷神社は南西に向かって平均的に標高が高くなる地形にある。神社の南側が 急峻な狭い谷地形となり神社の下の浅池に湧水がある。その近くに太い塩ビ管から 水路に自然放水される湧水もある。この2か所の水温を測る。

図153.8は池の湧水と、水路に自然放水されている水温の季節変化である。 太い塩ビ管からの自然放水の水温がいつも僅かに低温であり、水温の季節変化 は認められない。水温=16.61℃のほとんど一定である。

湧水点の標高=104m、南西200mの標高=130m、さらに南西200mの 標高=160mである。南西200mまでは住宅地、それ以遠の南西は主に山林である。

白笹稲荷神社水温
図153.8 白笹稲荷神社下の湧水の水温季節変化。

平沢 兵庫の泉
秦野市南公民館の西、約250mに兵庫の泉の水源がある。水源の水量は多く、 水温は年間を通して変動幅は0.03℃、ほとんど一定温度の16.61℃である (図153.9の青印プロット)。それゆえ、地中の平均的な経路の深さ「平均的深度」 は図153.9から15mないしそれ以上と考えられる。

水源の標高=112mであり、112m+15m以上=標高127m以上の範囲は西北西 600m以遠である。その周辺も畑地の混ざる住宅地である。この緩慢な傾斜勾配 15m/600mは西北西の方向へ続いている。

これら緩慢な傾斜地、西北西の距離1000m程度までの面積範囲が兵庫の泉の 涵養域と考えられる。それゆえ、この地域の環境変化(地球温暖化も含む) が水温の長期変化として今後の数十年間にわたって現れるであろう。

平沢水温
図153.9 兵庫の泉の源泉と道端まで導水された兵庫の泉の水温季節変化。


図153.9の赤印プロットは水源から幹線道路沿いまで導水されて、「杜の豆腐工房三河屋」 脇に造られた道端の「兵庫の泉」の水温季節変化である。


ホタル公園向原湧水
図153.10はホタル公園の向原湧水の水温季節変化である。変化幅は約0.15℃で 位相の遅れは約半年である。

ホタル公園水温
図153.10 ホタル公園向原湧水の水温季節変化。


地中水の平均的な経路の深さ「平均的深度」が増すにしたがって、水温年変化の振幅 が小さくなり、位相の遅れが大きくなる。このことは 「K142.東京の5湧水の水温季節変化(1)」の図142.5と図142.6に 示したように、地表面からの熱が地中へ伝わるのに時間がかかることによる。

弘法の清水と尾尻取水場
弘法の清水は小田急線の秦野駅の東、100m余の距離にあり、湧水量が多いこともあって、 遠方から水を汲みにくる人たちが多い。

この湧水温度は、ときに数十秒間の水温変化を生じることがあり、その変動幅は 0.05℃である(「K137.湧水温度の数分間の短時間変動」 )。それゆえ、0.1℃目盛りの温度計では、水温を0.1℃高く測ったり、低く 測ったりする場合がある。

尾尻取水場は旧水道施設の跡地であり、弘法の清水の南東150mにある。 図153.11には弘法の清水と尾尻取水場の湧水、合計3湧水の水温季節変化を示した。

弘法と尾尻の水温
図153.11 弘法の泉と尾尻取水場の湧水の水温季節変化。


これら3湧水とも、水温変化幅は小さい。これらの湧水点の標高=87m(弘法の清水)、 標高=84m(尾尻取水場)であり、湧水の涵養域と見なされる周辺の標高は93m (寿徳寺)、99m(秦野駅南口広場)、110m(秦野駅南口の西500m)であり、 西方ほど標高が高くなっている。

なお、尾尻取水場平坦地(旧建物跡、現在は砂利地)から出る小規模湧水の 水温が僅かに低温である。


くずはの広場 ホタルの里
くずはの広場のホタルの里の湧水地点の標高=123mである。その西側は急峻な 断崖であり、断崖上の狭い半島状地形の平坦地(標高=130~140m)は住宅地 である。湧水は断崖の下端にある水道の水源施設跡のコンクリート造りの 下から出ている。前記のように、この水路トンネルは山腹に開けれれているが、 少し奥で崖面に平行に近い形になっている。そのため、地表面からの平均的な 深さは浅く、水温の季節変化幅は大きい(図153.12)。

くずはの広場水温
図153.12 くずはの広場ホタルの里の湧水の水温季節変化。


まとめ

神奈川県の秦野市の湧水8か所について水温の季節変化を観測し、 表153.1の一覧表にまとめた。

表153.1 秦野の湧水観測のまとめ
秦野湧水観測一覧表

(1)兵庫の泉の水源、白笹稲荷神社下の湧水、秦野駅近くの弘法の清水、尾尻取水場 の湧水温度の季節変化幅は0.1℃程度、またはそれ以下で小さく、地中水の平均的 な深さ「平均的深度」は10m程度、またはそれ以上に相当する。

とくに、兵庫の泉の水源の水温は季節変化が認められず、16.61℃の一定である。

弘法の清水は、ときに約0.05℃の変動幅で短時間変動を起こすことがあるが、 年間を通して水温はほぼ一定の約16.81℃である。

(2)一方、水源から導水された谷津湧水、道路端まで導水された兵庫の泉は 水温季節変化幅はそれぞれ0.6℃、0.4℃である。

(3)くずはの広場のホタルの里の湧水は、標高差約10mの断崖の下にあるにも かかわらず、水温の季節変化幅は大きめの1℃ほどもあるのは、 水路トンネルが崖面に沿って掘られていて、地表面からの深さが浅いことによる。

各湧水の地学的な詳細は第1報のまとめに示してある( 「K143.神奈川県秦野の湧水の水温季節変化(1)」)。


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