K142. 東京の5湧水の水温季節変化(1)


著者:近藤純正・内藤玄一
東京都内の湧水のうち、明治神宮と深大寺と都立農業高校農場と国立市 ママ下湧水および八王子市中野山王の子安神社の5つの湧水について水温の季節変化の 観測を開始した。
調布市の深大寺延命観音堂下と都立農業高校神代農場と八王子市の子安 神社の湧水の水温季節変化幅は0.2℃以下で小さく、渋谷区の明治神宮 清正井と国立市のママ下湧水の水温季節変化幅は2.5~3℃で大きい。
水温の季節変化幅から、湧水の地中内の複雑な流路網の平均的な深さ 「平均的深度」が推定できる。この「平均的深度」は、湧水点と周辺 との「標高差」にほぼ等しいことがわかった。 (完成:2017年2月14日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2017年2月9日:素案の作成
2017年2月12日:「はじめに」へ解説を加筆
 同 : 細部に微小な加筆・削除
2017年2月14日:図142.11の次へ「参考:子安神社の湧水の化学成分」を追記

    目次
        142.1 はじめに
        142.2 観測
        142.3 湧水温度の季節変化
        まとめ
        文献               


研究協力機関・協力者(敬称略)
明治神宮
深大寺
東京都立農業高校
内藤 理


142.1 はじめに

地中の深くから湧き出してくる湧水の温度は地表面温度の年平均値に ほぼ等しく季節変化が小さい。地中熱の影響する温泉地や地中100m以深 を除けば、地中の深さ10m~30mの温度は、その地域の地表面温度の 年平均値に等しくなる。ここでいう地域とは、数100m平方~1km平方 程度の面積範囲を指す。

地域の地表面温度の年平均値は、その地域の環境によって決まることから、 湧水温度の長期変化の観測から地域の環境変化を知ることができる。 環境変化として、広域にわたる地球温暖化と地域特有の都市温暖化・ 乾燥化がある。

ただし、湧水の地中深度が浅く数mであれば、水温の季節変化は数℃と 大きく、地域の環境変化を求めることは難しくなる。この場合の水温は、 湧水地点のごく近傍数m平方~数10m平方のごく局所的環境に依存する。

日本の気候条件では、湧水温度は気温の年平均値より高く、湧水・気温差 は1℃前後である。湧水・気温差は、気温の低い北日本で少し大きく、 気温の高い南日本で小さい。

気温の上昇つまり地球温暖化が進むと蒸発・蒸散(=蒸発散)が盛んに なり、湧水温度は気温ほど上昇せず、湧水・気温差は時代とともに 小さくなる。いっぽう、森林や畑地が開発され都市化されると、蒸発散量 が減り高温・乾燥化する。その結果、湧水・気温差は逆に大きくなる (「K130.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析」 「K132.東京の都市化と湧水温度―熱収支 解析(2)」)。


解説:地球温暖化と湧水・気温差
気温が上がると蒸発散量が大きくなる。つまり地表面から大気への潜熱 輸送量が多くなる。その増えたぶんに相当する顕熱輸送量が減ることによって 地表面の熱収支がバランスする。地表面としては、地表面温度と気温の差を 小さくすることで顕熱輸送量が少なくなる。それゆえ、湧水温度と気温の差 は地球温暖化が進むにしたがって小さくなっていく。
湧水・気温差が北日本で大きく、南日本で小さいのも、同じ熱収支の原理に よる。平均的に南日本では北日本に比べて地表面が得る放射量(日射量+ 大気放射量)は大きいけれども、この放射量効果よりも気温の効果が蒸発散量に 大きく効いている。


このように、湧水温度は地域の環境(地球温暖化、都市化による高温・ 乾燥化)を表す重要なパラメータである。

東京は湧水の多い所であり、湧水・気温差の解析から、各地域の蒸発効率 (β=0~1)を求めた(「K130.東京の都市化と 湧水温度―熱収支解析」「K132.東京の都市 化と湧水温度―熱収支解析(2)」)。

それらの解析では、湧水温度は年2回の観測値を年平均湧水温度と仮定 している。この仮定が成立しない地点もありそうなので、確認のために 毎月の湧水温度を観測することにした。

142.2 観測

湧水温度の観測地点
図142.1に示す赤丸印は今回選んだ湧水点である。深大寺と神代農場は 別にして、明治神宮とママ下湧水と子安神社の湧水温度は季節変化が大 きく、年2回の観測から年平均水温とみなすことが難しいと予想した湧水 である。

後述の観測結果が示すように、子安神社の湧水は測る場所によって水温 の季節変化幅が違うことが分かってくる。また、湧水は地中内の流路網 の複雑さによっては、数10秒単位の水温変動を伴う場合もある (「K137.湧水温度の数分間の短時間変動」)。

それゆえ、地域の環境変化と湧水温度の長期変化との関係を調べるに際し、 これらの準備研究をしておくことが基本となる。本研究の目的はこの ことにある。

東京湧水地点
図142.1 東京の湧水地点(宮野ほか、2013、の図1に加筆)。

明治神宮の湧水は、JR山手線の原宿駅の近く、神宮御苑内の「清正井」、 標高=28mである(「小さな旅」の 「144. 明治神宮内苑」)。

深大寺は調布市深大寺元町にある。水温を観測する湧水は、延命観音の下、 標高=43mにある。そのほか、本堂裏の井戸、不動堂裏の井戸、そば屋 「雀のお宿」の南側の水路に流下する湧水を含めた4か所の湧水点で測る (「小さな旅」の「153.深大寺(調布市)」 )。

都立農業高校の神代農場は深大寺の東側、調布市深大寺南町にある。 湧水は農場内のワサビ田の北東の隅、標高=43mにある(「小さな旅」の 「154.神代農場(調布市)」)。

ママ下湧水は、多摩川沖積地、国立市のママ下湧水公園、 標高=64mにある。中央線立川 駅から川崎に向かうJR南武線の2つ目の駅が矢川駅で、その駅の南西600m にママ下湧水がある(「小さな旅」の 「149.ママ下湧水(国立市)」)。

子安神社は、八王子市中野山王の標高=124mにある(「小さな旅」の 「148.子安神社の湧水(八王子市」)。

八王子市内には子安神社が2つある。本論で湧水温度をはかるのは、中野山王 の子安神社である。

すでに、「K132.東京の都市化と湧水温度-熱収支 解析(2)」で指摘したように、この湧水は湧き出し口が多数あり、 それぞれの水温が0.5℃程度も異なるので、水温観測場所を明記しなければ、 水温の長期変化から地域の環境変化を知ることは難しい。

子安神社
図142.2 子安神社の湧水観測点(「K132.東京の 都市化と湧水温度-熱収支解析(2)」の図132.1に同じ)。 赤文字の「北」と「東」は湧水量の多い場所で、これら2か所の水温を 測る。

水温の観測方法
必要な水温の観測精度は0.1℃ないし、これよりも高精度が望ましいこと から、表示単位と精度がともに0.01℃の「高精度温度ロガープレシィK320」 (立山科学工業製)を用いる。ただし、深大寺の2か所の井戸水の温度は 表示単位が0.1℃のデータロガー「おんどとりTR-55i-Pt」(T&D社製)に Pt1000防水型センサMODS112-02—PT-01(立山科学工業製)を接続した 水温計を用いる。いずれも高精度の検定済みである。

前記のとおり、水温が数10秒程度の時間で変動する湧水もあるので、 そのことを意識して観測する(「K137.湧水温度の 数分間の短時間変動」)。

子安神社では池の周りの東側~北側の石垣の下から湧水が出ている。 長靴を履いて石垣の湧き出し口に水温計を差し込んで測るが、石垣の 上から折りたたみ棒を伸ばして測ることもできる。その測定風景は図142.3 に示した。拡大した図142.4は棒に取り付けた水温計感部の写真である。

観測風景
図142.3 水温の測定風景、水面から石垣上端までの高さ=1.25m (2017年2月4日)。

水温計
図142.4 棒の先端に取り付けた水温計受感部。


142.3 湧水温度の年変化

湧水温度の年平均値は地表面温度の年平均値に等しくなる。地中水の 経路が深いほど、水温の位相遅れが大きくなり年変化幅(振幅の2倍) は指数関数的に小さくなる。

図142.5は水戸地方気象台において観測された1931年から1949~52年までの 19~22年間平均の地中温度の年変化である。

地温年変化
図142.5 地中温度の年変化(水戸)(近藤、2000、図4.11より転載)。

地温変化幅
図142.6 地中温度の年変化幅と深さの関係(農林水産省・気象庁、1982、 に基づき作成)。縦軸(地中温度の年変化幅=振幅の2倍)は対数目盛で表してある。


年変化幅(=振幅の2倍)と位相の遅れは地中の温度拡散係数 a (=熱伝導係数λ / 体積熱容量cρ)と関係する。a が大きいほど (土壌水分が多いほど)位相の遅れは小さく、振幅の深さによる減衰率は 小さくなる(近藤、2000、のp.122)。

地域ごとに地中の温度拡散係数 a は多少異なるが、説明の簡単化のために 以下では a は水戸の値とした場合について、湧水温度の季節変化から 湧水の地中経路の平均的な深さ(平均的深度)は概略何mとして説明 することにする。

明治神宮
図142.7は2016年7月から2017年2月4日までの明治神宮清正井の水温変化 である。まだ1年間の観測は終了していないが、位相は概略3か月の遅れ、 水温変化幅は4℃程度とみなされることから、湧水の地中経路の平均的深度 は4m程度で浅い。清正井の周辺を見渡したときの林床面高度と湧水点 の標高差に対応している。

明治神宮
図142.7 湧水温度の季節変化、明治神宮清正井。


深大寺
図142.8は深大寺の湧水と井戸水の水温季節変化である。上図に示す延命 観音の下にある湧水は季節変化幅が0.2℃以下と見なされる。この湧水点と 崖上の標高差≒10mであり、図142.6に示した地中の深さ(平均的深度)と ほぼ一致している。

しかし、下図に示す食堂「雀のお宿」水路脇の湧水温度の季節変化幅は 15℃程度もある。この湧水は食堂付近の平坦地、おそらく0.3m~1m 程度の深さを通ってきて水路に流れ落ちていると想像できる。

深大寺
図142.8 湧水温度の季節変化、深大寺。


神代農場
図142.9は都立農業高校の神代農場ワサビ田の湧水温度の季節変化である。 ワサビ田の北側~東側の石垣下端から湧き出しており、観測は北側の 湧出水量の多い水温と北東隅の水温を測ることにしている。いつも 北東隅が0.1℃ほど低温であり、季節変化幅は0.1℃程度と見なされる。 図142.6の平均的深度=12~15mに対応しており、湧水点と崖上の標高差 ≒10mと大きな違いはない。

神代農場
図142.9 湧水温度の季節変化、神代農場。


ママ下湧水
図142.10はママ下湧水の水温季節変化で、きれいな正弦波を示している。 位相遅れは約3か月、変化幅は2.5℃と見込まれる。平均的深度は概略5mで あり、地形的な標高差≒4mとほぼ一致している。

ママ下湧水
図142.10 湧水温度の季節変化、ママ下湧水。


子安神社
図142.11は八王子市中野山王の子安神社の湧水温度の季節変化である。 図142.2に示した写真の ように、湧水は東側石垣~北側石垣の広い範囲から出ている。水温は 湧水量の多い位置で測ることにしている。

水温変化幅は東側石垣で1℃、平均的深度≒7mに相当する。この湧水の 東側には北に向かう緩慢な登り坂の自動車道がある。

北側石垣では水温変化幅は0.1℃程度、平均的深度=12~15mに相当する。 北側は傾斜がやや急で上段には神社、その西側は住宅地、北側には数軒の 住宅、北西側は広い畑地である。湧水点と北~北西側の標高差=15~20m であり、北側石垣の湧水の主な涵養域が北~北西方の範囲とすれば、 平均的深度とほぼ一致する。

子安神社
図142.11 湧水温度の季節変化、子安神社(八王子市中野山王)。

参考:子安神社の湧水の化学成分
水温の季節変化幅から、北側石垣と東側石垣からの湧水の涵養域が異なる ことが推定された。これと関連することが大八木(2016)による化学成分 を測った報告に次の内容が示されている。
”北からの流れは,(涵養域にあたる北西方の範囲に畑が多くあり)肥料に よる窒素汚染,東からの流れは畑地は少ない環境のため,水質が異なる。 水質は特に硝酸態窒素の濃度に差がある。”


まとめ

東京都内の5か所の湧水について、水温観測を2016年の5月~7月から開始した。 2017年の2月4日までの約7~9か月分の結果を示した。

調布市の深大寺延命観音堂下の湧水、都立農業高校神代農場の湧水、 および八王子市中野山王の子安神社下の池にある北側石垣の湧水の水温季節変化幅 は0.2℃以下で小さい。一方、渋谷区の明治神宮清正井と国立市のママ下 湧水の水温季節変化幅は2.5~3℃で大きい。

水温の季節変化幅から、湧水の地中内の複雑な流路網の平均的な深さ 「平均的深度」が推定できる。この「平均的深度」は、湧水点と周辺との 「標高差」にほぼ等しいことがわかった。


文献

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学-理解と応用―.東京大学 出版会、pp. 324.

大八木 英夫、2016:多摩地域の湧水と池.多摩のあゆみ55号、46-55. (たましん地域文化財団発行)

宮野 浩・泉 岳樹・中山大地・松山 洋、2013:東京都内の湧水温の長期変化に関する 研究-土地利用との関係に着目して-.地学雑誌、122、822-840.

農林水産省・気象庁、1982:地中温度等に関する資料.農業気象資料、 第3号、pp.273.


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