M39.連続講座 Q&A(その3)
	著者:近藤純正

	長野県飯田市でも2008年5月25日と6月22日に連続講座(M25~M36:2008年春)
	とほぼ同じ内容の講座を開催した。その講座で出された質問のうち質問票に
	書いてもらった内容をQ&Aとして取りあげる。なお、温暖化問題についての
	Q&Aは次の章「M40.温暖化についてのQ&A」に掲載してある。
	(完成:2008年5月27日、問題13~15を追加:6月25日)

	目次
	 9.作物の凍霜害の防止法
	10.地面の状態と関係する身近な実験例
	11. 道路除雪の気象への影響
	12. この数年の温暖化のうちCO2の寄与
	13. 金華山のシカの大量死について
	14. 河川水温の計算法
	15. 仙台のケヤキ並木と大気汚染
	参考書
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9.作物の凍霜害の防止法

Q9 作物の凍霜害とその防止法の原理がよく理解できなかったので、 再度の説明をお願いします。


A9 図39.1は晴天夜間の地面付近の気温・地面温度・地中温度を 説明した模式図です。

凍霜害説明
図39.1 作物の放射冷却とその防止法の原理、ただし数値は例である(本 ホームページの「身近な気象」の 「2.放射冷却と盆地冷却」の図2.4に同じ)。 (「身近な気象の科学」 (東京大学出版会)、図5.7 より転載)

地面は長波放射を放出し温度は0℃となり、高さ1~3mの気温より 4℃も低い。作物の葉面は地中からの地熱(地中伝導熱)が伝わらない ので、地面温度よりさらに低く、-2℃になる。図のいちばん右に 示したように、葉面に覆いをかぶせると、葉面からの放射熱の放出を 防ぐことになる。つまり、覆いからの長波放射量は大気放射量より大きい ので、葉面の冷却は小さくなる。

もう少し具体的に説明しよう。目に見えない長波放射量(波長の長い赤外 放射量)と、それに相当する温度で考えよう。

相当する温度    長波放射量(W/m)    物 体 な ど
  -20℃          233           天空の有効温度(水蒸気量に依存)
   -2℃          307           葉面、および覆いの上面温度
     0℃     316           地表面温度

     1℃     321        覆いの下面温度(覆いの厚さに依存)
     3℃          330           覆いの下の葉面温度
     4℃        335           覆いの下の地面温度

放射量の単位を1平方メートル当たりで表すことにすれば、覆いの無い 葉面は天空からの大気放射量233ワットと、0℃の地面から316ワットを受ける。 葉面自身はそれらのほぼ中間の307ワットを放出してほぼ釣り合いの状態になる (そのほか、空気との熱のやりとりなどもあって釣り合っている)。

覆いの下面にある地面は放射冷却が弱く、地中からの伝導熱もあって、 4℃ほどの高温に保たれている。覆いの下にある葉面を考えると、覆いの下面が 出す放射量321ワットと地面が出す335ワットを受け、それらのほぼ中間の 330ワットを放出し(ほかに空気との熱交換などもあって)釣り合っている。

ここで示した数値は例であり、大気や土壌の条件を与えて熱収支の計算を 行えば、地面温度や地上にある植物などの物体の温度はかなり厳密に知る ことができます。参考書には、計算原理やプログラムが掲載されています。

10.地面の状態と関係する身近な実験例

Q10 地面の状態と関係する気象の見方を最近やっと見直したいと思う ようになりました。身近な気象実験を挙げていただければ活用したいと 思います。(T.A.)


A10 今回行った放射冷却の講義では、地面の状態、とくに土壌水分が大きく影響 することを説明しました。この実験をとり挙げましょう。

広いほどよいのですが、庭に50cm平方ほどの裸地面2つ(A,B)を作ります。 安価なアルコール温度計4本(A1、A2、B1、B2)をホームセンターで入手し ます(もちろん、ほかの温度計でも可)。温度計A1とB1をそれぞれほぼ水平 に地面に置き、球部が土に埋まる程度にします。球部の一部分は露出しても よいですが、空中に浮き上がらないように設置します。他の温度計A2,B2を それぞれ裸地A,Bの地中に差し込み温度目盛が読み取れる程度に、同じ深さ に設置します。

裸地面Aには時々散水し、Bよりもいつも湿った状態にしておきます。晴天が 続き乾燥してもよいのですが、裸地面AがBよりも相対的に湿った状態に しておきます。降雨があってもそのままにしておきます。温度計が地面から 浮き上がっていないことを確認しましょう。

気が向いたとき地表面温度と地中温度を観測し、湿った裸地面のほうが平均的 に低温になり、温度変化の幅が小さいことを見出しましょう。

この実験場を利用して、さらに裸地面Aの四方を板で囲み風の当たり方を 変えた場合にはどうなるか、日陰にしたらどうなるか、草が生えたらどう なるかなど、様々な実験が可能です。それらの実験を通して、都市化したり 砂漠化したときの状態を考察するのに役立つでしょう。

11. 道路除雪の気象への影響

Q11 私の生れた石川県では冬の道路の除雪のために、幹線道路には 水を出す融雪装置があります。これが気象に大きな影響を与えて いるのかなと思うのですが?(HS)


A11 はい、ローカルな気象に大きな影響を及ぼします。雪は白く 太陽光を反射し、熱の伝導が悪いですが、これを取り除き水を流すことで、 まず路面の温度を変えてしまいます。路面温度が変わると、道路に近いところ の気温に影響を及ぼします。除雪の効果が最低気温に大きく影響している 実例を示しましょう。

図39.2は北海道旭川における年最低気温(毎日の最低気温のうち、1年間で もっとも低い値)の経年変化です。

旭川の年最低気温の経年変化
図39.2 旭川における年最低気温の経年変化。青の実線は長期的傾向、 青の破線は数十年に1回の頻度で発生する極低温の出現傾向を示す (「身近な気象」の「8.都市化と放射冷却」 の図8.1に同じ)。

旭川では1902年に-41℃の最低気温を観測している。 1889年~1920年ころには、年最低気温は平均的に-30℃~-35℃程度で あったが、最近の年最低気温は-20℃~-25℃程度となった。 これは、約100年間に10℃の上昇 である。この上昇量は、旭川における 年平均気温の100年間の上昇量(約2℃、図は省略)に比べて、はるかに 大きい。最低気温の上昇は都市で生じており、田舎ではほとんど見られない。

最低気温の大きな上昇傾向は都市化にともなう、様々の要因によるものと考えられる。 さまざまな要因の一つに、最近の道路除雪がある。詳細は、「身近な気象」の 「8.都市化と放射冷却」を参照していただくと して、除雪をすると、それまで地中から上がってくる熱が雪で遮断されて いたのが、地表面に現れるようになり、夜間の放射冷却を著しく弱化させる ことになり、最低気温が高くなります。

旭川におけるこの傾向は、他の雪の多い都市でも同じように現れています。 冬の極寒がなくなることは良い面もありますが、悪影響もあるかも知れません。 たとえば、以前は冬に死滅していた害虫・病原菌が近年は越冬するように なっているのかもしれません。

そのほかの影響として、道路融雪に地下水を使う場合、高温の地下水は融雪 に際して冷却されます。これも必ず良い面と悪い面があるはずです。 人間にとって良いことは、地下水を夏の冷房に利用することができます。 悪い面では、地中温度が低下し、春の昇温を遅れさせることになります。

日本海の面積ほどの広範囲の積雪・融雪の年による違いが、はるかに離れた 地域まで春から夏にかけての気候に影響する例も知られています。

12. この数年の温暖化のうちCO2の寄与

Q12 近藤先生は、この数年の地球温暖化のうち、大気中の二酸化炭素 量の増加による寄与はどのくらいだと思われますか?(N.H.)


A12 直接的には、気温上昇のほんの一部に寄与していると考えます。
詳しいことは次回の講義(2008年6月22日)において皆さんと議論することに しましょう。本ホームページの「身近な気象」の 「41.日本のバックグラウンド温暖化と都市昇温」の章に説明してあり ます。

要約すると次の通りです。
(1)二酸化炭素の増加による気温は、100年間当たり0.6℃/100y 程度で、 なだらかな上昇率であるが、やがて1℃/100y 以上の大きさになっていく でしょう。

(2)太陽活動の変動
(3)世界的な大規模火山噴火
(4)砂漠化など地球表面の人為的改変や大気汚染など
(5)その他の気候のゆらぎ
による気温変化は0.5~1℃程度の変動幅があり、これらは2~3年から数十年 の時間スケールで生じている。二酸化炭素など温室効果ガスの増加による 温暖化(1)は(2)~(5)の変動幅の中にほとんど隠れるように混在している。

注意すべきは、数値シミュレーションによる気候変化の予測は不確定要素が 多く、参考にするとしても信じるわけにはならない。気候変動には、 正方向と逆方向の複雑なフィードバック過程があり、未知の過程によって 生じうる短期的な気候の急変を監視していくことがもっとも重要である。

この重要性について、科学者・気象関係者の多くは気づいていないのでは ないか、それが問題である。たとえば気象庁は政治家の予算節減方針に 従い、観測体制をおろそかにしているのではないか? たとえば、 多くの測候所敷地は財務省に返却され売りに出されている。また、ごく最近 (2008年4月1日から)、仙台と那覇の高層観測は廃止された。

この廃止のことは一般に知られていないので、ある科学者が気象庁に対して 「なぜ報道しなかったのか?」と尋ねると、担当者は「高層観測は 地上気象観測やアメダス等に比べて一般国民にはなじみの薄い観測項目なので、 特に発表は考えなかった」とのことである。

高層気象観測は数十年の蓄積がある重要な観測項目であり、廃止を公表しない のは、いまや環境・気候変動問題が国民の大きな感心ごととなっている現在、 無責任である。気象庁長官は、観測を廃止せざるを得ない現状を国民に訴え る責任はなかったのだろうか?
訴えることによって国民の理解を得て、観測体制の維持がよい方向に向く 可能性が大きいのだが。

13. 金華山のシカの大量死について

Q13 南三陸沿岸沖にある小島「金華山」でニホンシカが大量死した原因 として、温度低下によるとしたことが理解できません。経過的には、
(1)シカが大量に殖えすぎており、
(2)えさ不足となりシカは常に飢餓状態にあった、
(3)シカ個体の体力低下から外気温度の低下に対応できなかった、
という流れが考えられます。これは適切な自然界の間引きでして、すべての 生物にあてはまることですが・・・・・。(Y.S.)


A13 はい、おおよそその通りですが、少し加筆しておきましょう。 (1)金華山には定住する人はいないのですが、神社があり、シカは大事に されてきました。天敵がいなく殖えすぎた状態にあった。(2)低温の 異常気象で雪が春になっても融けず、餌となる草の生長が遅れた。とくに 標高200m以上は例年になく積雪が残り、シカは入っていけなかった。例年なら 草も生えてくるのだが異常気象で、3月~4月には飢餓状態になった。死亡 数の大半は3月下旬~4月上旬に生じた。 (3)死亡したのは小シカと老シカに多く、死亡原因は肺炎と崖からの転落に より怪我をして歩けなくなったことによる。

つまり、低温と積雪で餌が少なくなったことが大量死を招きました。

異常気象による自然界の間引きとして、シカの大量死事件を片付けてしまう ことに、納得できない人々も多いのです。このことが自然環境の保護の難し さです。 シカを人間に置き換えて考える人々もいるのです。われわれ日本でも、昔は 異常気象で飢饉が起こり大量の人々が死亡しました。

現代のアフリカなど発展途上国では干ばつなど異常気象による飢饉で多数の 人々が命を落とし、戦乱も生じています。これを自然の間引きだけで片付けて よいのでしょうか。とても難しい課題だと私は考えます。

14. 河川水温の計算法

Q14 河川水温の計算は途中で流入する河川や落差工の落ち込み部などの 要素、等々のことを考慮すべきだと思います。ある程度の経過をたどれば河床 部には「みおすじ」ができ、その両側の陸地部分にはヨシなどが繁茂する河川 環境になります。(Y.S.)


A14 はい、その通りの河川環境を考慮に入れて河川水温の計算を行い ました。実際には、対象とした宮城県秋山沢川は河川改修が行われた直後 (水温の計算において源流地点とした所より上流部は工事中)であり、 計算の対象とした範囲の川床はセメントで平らに固められ、「みおすじ」は できておらず、アシなども生えていない状態でした。

河川改修前には、水が水流内の岩にぶつかりしぶきをあげるために、大気との 熱交換が盛んになっていたので、その際の熱交換パラメータは別の小川で 水温変化を観測して決めることができました。ほかに、 風が水面を横切る川幅や、日射の透過と長波放射の射出に関係する樹木の 空間密度など、諸パラメータを考慮に入れて計算しました。 ここでは、詳細は割愛したいので関係する章を参照してください。

本ホームページの「身近な気象」の「M23.河川改修 と魚の大量死事件」に計算法の概要が説明されており、その章の末尾に 掲載してある参考文献に詳細が示されています。数年間の期間を通じては、 秋山沢川に集まる蔵王の分水嶺内の各標高ごとの降雪量・雨量、融雪量、 蒸発散量、土壌水分量、河川流量、河川流速などかなり込み入った計算を パソコンで行いました。

15. 仙台のケヤキ並木と大気汚染

Q15 都市部の緑は、殺伐とした社会環境の中で精神的な”やすらぎ” を与えてくれる場所にもなっております。それが大気汚染の元凶になって深刻な 社会問題になっているとは知りませんでした。植栽間隔は、 そこを通る車の運転手の場合は、心臓の鼓動と連動した間隔が良いようですが、 歩行者の場合は、変化のある植栽間隔のほうが楽しいようです。(Y.S.)


A15 私の言いたいのは、何かを行う場合、良かれと思ってなしたこと が、当初は気づかなかった悪影響が発生することがあるので注意しようと いうことです。

仙台のケヤキ並木について、戦後の植栽当時は背丈も低く、周囲の建築物も低層 でありましたが、ケヤキの繁茂と高層のビル群ができるようになり、風通しが 悪化し、日中は樹冠部が高温、地上付近が低温となる安定な大気層となります。 安定な大気層内では空気の混合は弱く、大気はよどんでしまいます。 昔は多くなかった自動車も近年は増えてきました。安定層が形成されたケヤキ 並木道には排気ガスが増えてきました。拡散が弱いので大気は汚染状態となり ます。これを防ぐには、ケヤキを剪定し、地上のところどころに太陽光が入る ようにして、自然に対流を発生させ、排気ガスを上空に拡散するようにすれば よいと考えます。

仙台市定禅寺通りで観測された気温の断面図(安定な大気層の図)とケヤキ 並木の写真が本ホームページ「身近な気象」の 「M21.温暖化と都市緑化(Q&A)」の図21.3~21.5に掲載されています。


参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

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