K236 自然通風シェルター改良型の試作


著者:近藤純正
野外の気温観測では、温度センサは放射除け(自然通風シェルター、 あるいは強制通風筒)の中に入れて観測する。しかし晴天日中は放射除けが 加熱されて気温は高めに、晴天夜間は逆に気温は低めに観測される。 この違いを放射影響誤差という(日中はプラス、夜間はマイナス)。 放射影響誤差は風速が強くなるにしたがって減少する。 一般に使われている自然通風シェルターの放射影響誤差は、 風が弱く太陽直射光が強い条件で+1~2℃程度と大きい。

今回、日中は太陽直射光を、夜間は天空の大部分を遮蔽する水平円板を付けた 改良型の自然通風シェルターを試作・試験した。放射影響誤差は一般に使われている 自然通風シェルターに比べて格段に小さいことがわかった。 晴天夜間には水平円板によるシェルター本体の放射冷却が90%程度も軽減され、 放射影響誤差はほぼゼロで(-0.02℃程度)、夜間の気温観測用に適している。 一方、晴天日中には風速が1~2m/s以上の条件のとき放射影響誤差は +0.2℃以下となる。
(完成:2024年3月11日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2024年3月8日:素原稿
2024年3月11日:図236.1の前に水平円板を2重にした理由を加筆。 「まとめ」の最後に、積雪地域における注意を加筆

    目次
        236.1 はじめに
        236.2 自然通風シェルター改良型
        236.3 比較試験の方法
        236.4  試験の結果
        まとめ
        文献           


謝辞
試作の部材はクリマテック株式会社から提供された自然通風シェルターの中古品を 利用した。また、本稿の査読は千葉工業大学の松島 大教授にお願いした。 ここに厚く御礼申し上げる。


236.1 はじめに

気温観測に必要な精度
気温観測では温度センサに及ぼす放射の影響を防ぐために百葉箱が使われてきた。 しかし、百葉箱内は晴天日中の微風時には1℃ほど高温になることから 1970年半ば以後は強制通風筒が使われるようになった。しかし、 気象庁や農環研などで使われている強制通風筒では、 晴天日中の放射影響誤差は0.15~0.5℃程度である (近藤、2014「K90.通風筒(ノースワン社製)に及ぼす 放射影響」の表90.1;近藤、2015「K99.通風筒の放射影響 (気象庁95型、農環研09S型)」;近藤、2015 「K100.気温観測用の次世代通風筒」を参照)。

自然通風シェルターは電源が不要で一般に使われることが多いが、 放射影響誤差は1℃前後、最大5℃を超えることもある (近藤、2014「K98.自然通風式シェルターに及ぼす 放射影響誤差」)。

天気予報など通常の暮らしでは気温の観測精度(許容誤差)は0.5℃とされているが、 地形や地被状態による気温の違いは±1℃以内であり、 (近藤・野口、2018「K170.里地里山の気温分布 (完結報)」) その違いを調べる研究では高精度の観測が必要である。 日本の地球温暖化量は100年につき0.7℃程度の上昇率である (近藤、2020 「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」)。

これらのことから、気温の観測精度は少なくとも0.2℃、可能ならば0.1℃よりも 高精度であることが望ましい。

自然現象を高精度で観測すれば、新しい発見があり、研究の喜びを味わうことが できる。

近藤式精密通風気温計
誤差0.01℃の高精度で観測できる強制通風筒が開発され、市販化されている (近藤、2016 「K126.高精度通風式気温計の市販化」 )(標準価格は95,000円)。 これに用いるファンモータはDC12V, 0.125A(1.5ワット)である (AC100V電源でも可)。

この通風筒の放射影響誤差が他の多くの通風筒に比べて格段に小さいのは、 円筒形の通風筒は(1)金属製ではなく温度伝導率の低い塩ビ管であること、 (2)塩ビ管は大・小の2重構造であること、 (3)大・小の2重の吸気口はともに流線形のラッパ口であり円の断面の直径は 吸気口の先端で最大で、しだいに小さくなり一定になる形状であることによる。 吸気口が流線形のラッパ口であるため、通風筒の内壁面に沿って形成される 内部境界層の乱流を抑える構造になる。そのため、通風筒の外壁面の高温(日中) または低温(夜間)が温度計の受感部にほとんど影響せず、放射影響誤差は 0.01℃程度である。

なお積雪地域では、通風筒の排気が不十分にならない構造の「傾斜形通風筒」 を使用する (近藤、2020「K207.長期観測用の高精度傾斜形通風筒」 )。

AC電源のない場所において1年間以上の長期観測であれば、 太陽光パネルと蓄電池を利用する (近藤、2018「K167.通風式気温計用の 太陽光パネル」)。

本稿の目的
単純な構造の改良型シェルターを試作し、「基準の高精度通風気温計」 と比較し放射影響誤差を調べ、どのような条件のとき誤差が 0.2℃以下となるかを明らかにすることである。本稿では、 有り合わせの材料を用いた試作品についてであり、 最終的な製品に対する放射影響誤差は今後の報告で示したい。


236.2 自然通風シェルターの改良型

一般には、放射影響誤差が大きいにもかかわらず取扱が簡単な「自然通風シェルター」 が広く利用されている。誤差は晴天の日中に大きくなることから、 改良型の開発が必要とされている。

その例として最近、晴天日中のみファンによってシェルター内部の換気を 良くすることによって放射影響誤差を小さくする構造の BARANI DESINE Technologies社製の「Helical太陽電池式強制通風シェルター」 (標準価格128,000円)が市販化されるようになった (近藤、2024「K235. Helical 太陽電池式強制通風筒」)。

このHelical型では、シェルターは皿状の遮蔽板の重ね合わせではなく、 螺旋状の遮蔽板で作られ、ファンも内蔵された複雑な構造のため高価である。 それゆえ、単純な構造の改良型シェルターの開発・製品が望まれる。
そこで今回、自然通風シェルターの改良型を試作した。

図236.1は自然通風シェルター改良型を斜め上方から、 図236.2は真横から撮影した写真である。小型のシェルター本体の上方に 低発泡塩ビ板(厚み=5mm、比重=0.63)で作った2枚の水平円板 (直径450mm)を取り付けてある。円板の上面は白塗装とし太陽光の反射を良くし 円板の加熱を少なくした。下面は黒塗装とし地面反射光の円板による反射が シェルターに当たる割合を小さくした。

水平円板を2枚にしたのは、日射による加熱をより小さくするためである。 強制通風筒(近藤式精密通風気温計)でも、2重の断熱性の塩ビパイプを 用いることで放射影響誤差を微小にすることができた。

改良型試作斜め上方から
図236.1 自然通風シェルター改良型、斜め上方から撮影した写真。 数値の単位はmmである。


改良型試作真横から
図236.2 前図に同じ、ただし真横から撮影した写真。 緑〇印は温度センサ受感部の高さを示す。今後の完成品では、 左寄りに見える鉛直の細いパイプは丈夫な単管パイプなどに変更する予定である。


温度センサの受感部の位置は、皿状のシェルター4枚の上から2枚目の内部の中央 (下側の直径450mmの水平円板の下面から35mm付近)になる。そのため、 シェルター本体から見える天空率は僅かになる。

有り合わせの材料で作った試作品であり、シェルター改良型 (下部のシェルター本体と、上部につけた2枚の水平円板) は鉛直の細いパイプにUボルトで取り付けてあるが、後日に製作予定の完成品では 単管パイプ(直径=48.6mm)など太いパイプに取り付けるように 水平円板には切込みがある。単管パイプ上端の地上高はシェルターの地上高よりも 十分に高く、その上端には風速計などを取り付けることができる。


236.3 比較試験の方法

基準の高精度通風筒
本試験で用いる「基準の高精度通風筒」は、近藤式精密通風気温計 (プリード社製)の原型となる手製の基準通風筒である(2重通風筒、KONDO-15S型、 ただしガイド無し) (「K100.気温観測用の次世代通風筒」 の図100.5参照)。

この通風筒のファンモータのワット数は標準品(DC12V、0.125A) の約2倍の3.1W(DC12V、0.26A)である。ファンモータの電源は単一乾電池8個 (直列12V)である。AC100V電源の利用が可能な場合は、 出力12VのACアダプターを利用する。

試験に用いる温度センサと記録計
試験に用いる温度センサは4線式Pt100(受感部の直径は2.3mm)、 記録計は分解能・精度0.01℃の高精度温度ロガー「プレシィK320」(立山科学製) を用いる。温度センサは検定済みであり、さらに高精度の比較検定により 相互の相対的誤差は0.003℃である (近藤、2017 「K145.高精度気温観測用の計器・Ptセンサの検定」の145.3節の (4)校正付き高精度Pt温度計による方法)。

放射影響誤差の定義
基準に用いる高精度通風筒に取り付けられた温度センサは放射による影響が 無視できるので、次式によって定義する。

   放射影響誤差=TBーTA ・・・・・・・(1)

ここに、TBはシェルター内気温センサの温度、 TAは高精度通風筒内気温センサの温度、いずれも器差補正済みの温度 (真値)である。参考までに、本稿で用いた温度計・記録計による温度(真値)は 次式で求めた。

   TA真値=0.9976×指示値+0.0726(℃) ・・・・(2)

   TB真値=0.9975×指示値+0.0371(℃) ・・・・(3)

備考:器差と許容差
日本産業規格(JIS)によれば、測温抵抗体の許容差として「クラスS級」 「クラスAA級」「クラスA級」「クラスB級」「クラスC級」が規定されている。 通常は「クラスA級」と「クラスB級」が標準品として供給されている。
   
        クラス       許容差

   クラスS級      ±(0.06+0.001|t|)℃
   クラスAA級     ±(0.1+0.0017|t|)℃

   クラスA級      ±(0.15+0.002|t|)℃
   クラスB級      ±(0.3+0.005|t|)℃
   クラスC級      ±(0.6+0.01|t|)℃

ただし t は温度(℃)で示される測定温度(指示値)である。測定温度(指示値) と正確な値(真値)との差を器差(誤差、精度)という。

例としてクラスA級の場合、温度=0℃のときの許容差=±0.15℃、 温度=40℃のときの許容差=±0.23℃である。それゆえ、 検定合格のセンサであっても、±0.15~±0.23℃の器差がある。 精密な温度は「放射影響誤差」と「器差」の両方を補正して得られる。 一般には、「放射影響誤差」と「器差」を補正していない測定温度(指示値) の公表が多いことに注意しよう。

比較試験の場所
比較試験は太陽直射光の強い快晴日に行なった。放射影響誤差は風速が 弱いときほど大きくなるので無風状態から風の弱い条件について調べる。

その1:自宅1階の部屋のガラス窓をきれいに掃除して、室内に設置された シェルターに太陽直射光が当たる状態で放射影響誤差を調べた。 窓の外は庭で裸地の部分と草花が生えた部分が混在する。 室温むらが小さくなるように、2台の扇風機を運転して室内空気を混合させた。 この際、扇風機からの風がシェルターに直接当たらないように扇風機を 首振りさせながら試験した。シェルターの周りは完全無風ではなく、 風速は0.2m/s程度と推定される。この条件は、 野外ではほぼ無風時としてよいだろう。

その2:神奈川県平塚市の桜が丘公園においても試験した。 この公園は野球やサッカーもできる広さがある。この比較試験では、 シェルター改良型は高度1.7mの気温が測れるようにした。 基準の高精度通風筒との水平距離は約0.7mである。

気温の記録と時間間隔
試験は2024年2月24日~3月3日の快晴条件で行った。 大気中の風は温度・湿度の異なる大小の渦が混ざった乱流であり、 水平に0.1~1mの近距離であっても気温の瞬間値は同じにはならない。 それゆえ、本稿の目的では、原則として30分間の平均気温を比較する。 記録の時間間隔は10秒ごととした。


236.4 試験の結果

表236.1は試験の結果のまとめであり、いずれも快晴時に行なったものである。 試験番号①~③は強い太陽直射光が当たるとき、④は太陽直射光が当たらない 日没後の試験である。

まず、試験番号①ガラス室内を見ると、放射影響誤差は1.64℃である。 この結果を戸外に適用する場合、太陽直射光のほか天空の散乱光と地面の反射光、 さらに高温となった地表面からの長波放射も加わるので、 放射影響誤差は30%程度大きくなるものと推定される。その推定値、 つまり戸外における無風晴天時の放射影響誤差は約2.1℃(=1.64℃×1.3) と推定される。

この誤差2.1℃は重田式(8.0℃)、酒井式(6.4℃)、ヤング社製小型(5.1℃) に比べれば30~40%と小さくなっている (近藤、2014 「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差」 の表98.2を参照)。

次に、試験番号②、③によれば、晴天日中は風速が1~2m/s以上であれば 放射影響誤差は+0.2℃以下とみなされる。

試験番号④は日没後の夜間の試験であり、放射影響誤差の観測値は +0.00℃となっている。真値はマイナスのはずだがプラスになっているのは、 地面に近い大気が安定成層となり気温は高度とともに急激に高温となる 鉛直分布の状態を観測したことによると考えられる。すなわち、 シェルター改良型と基準の高精度通風筒で観測した気温の高度が数cmほど 違ったことによる誤差と考えられる。

表236.1 自然通風シェルター改良型の放射影響誤差のまとめ。
試作、放射影響誤差のまとめ


理論的に考察すれば、シェルター改良型の上部に付けた直径450mmの水平円板は 下部のシェルター本体の放射冷却を軽減させ、放射影響誤差はゼロに近くなる。 具体的には、水平円板はシェルター本体に対して、天頂角0~75度の範囲までの 下向き長波放射量を遮蔽している。近藤(1994)の「水環境の気象学」 の図4.14によれば、この天空範囲の下向き長波放射量は天空の全範囲の 下向き長波放射量にほぼ等しい。すなわち、水平円板は下向き長波放射量の 90%程度を遮蔽するので、放射影響誤差は-0.02℃程度と推定される。 この推定値については、今後の完成予定の製品によって確認したい。


まとめ

一般の気温観測では、取扱が簡単な「自然通風シェルター」が広く利用されている。 しかし、風が弱く太陽直射光が強い条件では放射影響誤差は+1~2℃程度と大きく、 改良型の開発が必要とされている。

今回、太陽直射光を遮蔽する2重の水平円板を付けた改良型の自然通風シェルターを 試作・試験した。放射影響誤差は一般に使われている自然通風シェルターに比べて 格段に小さい。晴天夜間には水平円板によるシェルターの放射冷却が 90%程度も軽減され、放射影響誤差はほぼゼロで(-0.02℃程度)、 夜間の気温観測に適している。一方、晴天日中には風速が1~2m/s以上の条件のとき 放射影響誤差は+0.2℃以下となる。

参考までに、風速が弱い地域では、地形や地被状態による気温の違いは ±1℃以内であり (近藤・野口、2018「K170.里地里山の気温分布 (完結報)」)、 その違いを調べるには高精度の観測が必要である。 そのような場合には誤差0.01℃の高精度で観測できる強制通風筒 「近藤式精密通風気温計」の利用を薦めたい (近藤、2016「K126.高精度通風式気温計の市販化」)

また、積雪の多い地域では強制通風筒でもそうであったように、シェルター の風通しが悪くなるので、近藤式精密通風気温計の傾斜型の利用を薦めたい (近藤、2020「K207.長期観測用の高精度傾斜形通風筒」 )。


文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支―. 朝倉書店、1994、pp.350.


トップページへ 研究指針の目次