K90.通風筒(ノースワン社製)に及ぼす放射影響


著者:近藤純正
札幌のノースワン社製の気温観測用通風筒に及ぼす放射の影響を調べた。夜間の微風時には、 ファンモータからの排気が下降し吸気口から再び吸引されて循環し、気温が0.4℃ほど高めに記録 された。この下降流を防止するために、天蓋排気部の下に円板状のひさしを取り付けると、日中の 放射影響による誤差は0.1~0.2℃となった。さらに精度を上げ放射影響による誤差を0.1℃以下に するには、内部にプラスチック製の通風筒を付ければよい。 (完成:2014年6月25日)

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更新の記録
2014年6月23日:素案の作成
2014年6月25日:完成


  目次
        90.1 はしがき
    90.2 測器と比較観測の方法
        90.3 通風筒に及ぼす放射の影響
    90.4  まとめ
        参考文献



通風筒の貸出提供者:ノースワン社(札幌)




90.1 はしがき

現在の気象観測に用いられている気温観測用の通風筒は、晴天日中は日射により加熱されて、気温が 0.2~0.5℃程度高めに、晴天夜間は逆に冷却されて0.1℃程度低めに記録される。

これらの実例は「研究の指針」の「K84.観測露場内の気温分布-熊谷」 の図84.4、「K88.江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」の図88.6、 「K89. 通風筒に及ぼす放射影響―農環研用」で示した。

現在用いられている各種の通風筒について放射影響を調べ、どのように改良すべきか提案したい。 その目的は、次世代の高精度(誤差0.1℃以内)の通風筒の実現に寄与することである。

通風筒構造の基本:
室内実験と違って野外における気温観測では、気温センサーに及ぼす放射の影響が大きくなる。センサーに 注ぐ放射として、
(1)太陽直射光と天空散乱光、
(2)地面反射光と、高温となった地面や 周辺地物(建物など)からの目に見えない長波放射がある。

(1)(2)を防ぐために通風筒の中に受感部を入れる。その場合、通風筒壁面は外からの放射を 受けて昇温する。受感部は昇温した壁面からの目に見えない長波放射によって昇温する。その結果、 日中は気温より高温に、夜間は気温より低温に観測される。受感部の昇温は通風速度と受感部の 大きさに依存し、熱収支式が満たされるような値となる(「大気境界層の科学」の図3.4と表3.2)。 同じ図は「研究の指針」の「K16. 気温の観測方法」の図16.3、 「K70. 気温観測用の電池式通風筒」の図70.1に転載されている。

(2)を防ぐには、受感部を通風筒の奥のほうへ取り付け、受感部から見える外界の立体角を小さく する必要がある。しかし、あまり奥に取り付けると、通風筒の側壁に形成された内部境界層 (気温より高温)の中に受感部が入ることになる。したがって、吸気口から適当な距離に取り付ける 必要がある(近藤、2010、の図10を参照)。

昇温の模式図
図90.1 温度計の昇温の原理模式図(左)と、通風筒内部にできる内部境界層の模式図(右) (近藤、2010、図10より転載)。

直接的な放射影響は、センサーの大きさ(細い棒状のPtセンサーでは直径)に依存し、細いセンサー ほど影響が小さくてよい。しかし、細いセンサーに取り換えても誤差がほとんど変わらない場合も ある。それは、通風気流が通風筒の壁面や内部の取り付け具などで暖められた場合に起きる。 センサーに流れてくる気流の風上側の取り付け具など障害物がないことが重要である。吸気口は外気 がスムーズに吸引されるよう流線型にしておくことが望ましい。

通風筒吸気口の直径が大きすぎ、かつセンサーが吸気口の近くにある場合、筒外の乱流状態が吸気口 に直接入ってくる。その乱流が通風筒の壁面等に当たり昇温し、その気流がセンサーに当たる場合が あるので注意しよう。つまり、外気がなめらかに通風筒内に吸引される構造にしよう。

90.2 測器と比較観測の方法

本章では、札幌のノースワン社製の通風筒(KDC-A01-S001)について試験を行なう。この通風筒の 吸気口の外径=89mm、高さ=400mm、通風筒外壁円筒のステンレスの肉厚=2mm、重量=3.5kg である。外壁と内壁のステンレスの間は空洞(空気による断熱)の構造であり、それらを繋ぐ プラスチック材がラッパ状の吸気口となり、外気がスムーズに吸引される構造である。

ファンモータとしてオリエンタルモータのMD623B-12(DC12V, 0.16A)が使われており、通風速度は 約3 m/s である。天蓋にはステンレス製のボールが被せられていて、降水が通風筒内部に入らない ように作られている。

ノースワン通風筒
図90.2 ノースワン社製の通風筒、排気部の下に下降流防止のプラスチック円板を付けてある。

ノースワン通風筒図面
図90.3 ノースワン社製通風筒の図面(ノースワン社提供)。
右方に出ている部分はポールへの取り付け金具とリード線の接続箱、通風筒内部に出ている金具は センサーの取り付け具。吸気口の外径=89mm、通風筒の高さ=400mmである。

90.3 通風筒に及ぼす放射の影響

通風筒に及ぼす放射の影響の試験は次のようにして行なった。
通風筒のほぼ中心付近に直径2.3mmのPt1000センサーの先端(受感部)がくるように取り付けた。 試験はわが家の庭でおこなった。その際、庭の植木・草花・作物類のほとんどは引き抜くなど撤去 した。

この通風筒の近くに基準気温計(K1, K2)を設置し、両温度計による指示値の差を求めた。Ptセンサー はいずれも検定済み、器差を補正したあとの総合的な精度は0.02℃程度である。気温のサンプリング は20秒間隔で行い、1時間平均値を比較した。その他は前報 「K89. 通風筒に及ぼす放射影響-農研用」と同じである。

図90.4は2014年3月23~25日の快晴日に行なった試験結果であり、横軸は1日の時刻、縦軸は ノースワン社製通風筒による気温と基準気温計による気温差でこれを放射誤差としてある。

放射誤差日変化
図90.4 放射誤差の日変化、通風筒原型のままでの試験(2014年3月23~25日)。

図によると、朝の7~10時の時間帯に放射誤差が大きくなり最大0.4℃ほどになっている。この時間帯 は微風であり、排気が下降して再び吸気口から吸い上げられて循環し通風筒内が高温になった。

微風時の排気の下降流を防ぐために、天蓋のステンレスボールの下方にプラスチックで作った円板を 取り付けた(図90.2参照)。その試験の結果は図90.5に示されている。

下降流防止後の放射誤差
図90.5 放射誤差の日変化、下降流防止の円板を取り付けた場合の試験(2014年4月14~16日)。

図90.5によれば、日中の放射影響は0.1~0.2℃の範囲に入っており、大きく改善された。この季節、 太陽直射光は通風筒の斜め横から当たり、放射影響が大きい状態で試験されたと見なされる。

放射影響は通風筒内壁が気温より高温となり、その長波放射によってセンサーが気温より高くなる ことによって生じる。同じ長波放射量・同じ通風速度の場合、センサーの直径が大きくなるほど 放射誤差は大きくなる(「大気境界層の科学」の図3.4と表3.2を参照)。

したがって、多用されているような直径6mm程度のセンサーの場合、放射影響は図90.5に示された 値の2倍(0.3℃)ほどになる。

次世代の通風筒の放射誤差を0.1℃以内にするには、この通風筒の場合は、内部に直径30~40mm 程度の円筒(内部通風筒)、つまり2重の通風筒構造にすれば実現される。この内部通風筒は加工 が易しく、しかも熱伝導の悪いプラスチック円筒で作ることが望ましい。内部通風筒の先端吸気口は 外部通風筒吸気口から15~20mm程度奥になるように設計する。

熱伝導の悪い材質で内部通風筒を作った場合、その外壁面が長波放射で高温になっても内壁面は それほど高温にならず、内壁面からセンサーに与える長波放射量が少なくなり、放射誤差を小さく することができる。

内部通風筒には直射光が当たらないので、紫外線による劣化は小さいと考えられる。最近の家屋の 雨どいはプラスチック(塩ビ?)が使用されており、わが家の直射の当たる場所でも15年経っても 劣化していない。

90.4 まとめ

ノースワン社製の通風筒内にセットされた気温センサーに及ぼす放射の影響を調べた。原型のままだと、 微風時に天蓋からの排気が下降し再び吸気口から吸い上げられて循環することで通風筒内の空気は 0.4℃ほど高温となる。

この下降流を防ぐために天蓋の少し下方に円板を取り付けて試験した結果、大きく改善し放射誤差は 0.1~0.2℃となった。ただし、本試験で用いたセンサーの直径は2.3mmの細いものであった。 6mm程度の太いセンサーを用いれば、放射誤差は2倍ほど大きくなると考えられるので、2重構造の 改造型の通風筒にすることが望ましい。

2重構造とする場合、図90.3に描かれている内部のセンサーの取り付け具を改良して内部通風筒 (熱伝導の悪いプラスチック材、直径30~40mm:受感部の直径に依存)を取り付ける。内部通風筒 吸気口は外部通風筒吸気口から15~20mm程度奥になるように作る。

その中に受感部があり、外側通風筒の吸気口から受感部の先端までの距離は、ノースワン社製通風筒 の直径=89mmの場合には、150~200mm程度が適当であろう。改良型を作ったあと、最終的に試験 して放射影響が0.1℃以下になっていることを確かめる必要がある。


各種通風筒のまとめ
各種通風筒について今後も試験を継続する予定である。現段階でわかった放射影響の気温観測値に 及ぼす誤差の目安を表90.1にまとめた。これらは、地面反射などが同一条件で行なったものでは ないので、誤差の目安と見なしてほしい。引き続き、詳細な試験・検討も行なう予定である。 なお、センサーの直径が大きくなると放射による気温の誤差は大きくなる。

表90.1 各種通風筒に及ぼす放射の影響による気温の誤差(晴天日中の最大値の目安)。
    誤差:放射による気温の誤差、ゼロ点ずれ無しの場合
    センサー:試験に用いたPtセンサーの抵抗値(オーム)と直径(mm)
    ファンモータ:通風筒のファンモータの電圧(V)と電流(A)

製 作 会 社      誤差    センサー     ファンモータ   備 考
                   抵抗 直径      電圧 電流
                     ℃   オーム  mm       V     A

小笠原計器製作所   0.3     100    3.2     12   1.1      気象官署用、シロッコファン
小笠原計器製作所   0.4    100    6.0   12   0.14     一般アメダス用、ブラシレスファン
プリード社         0.5     100    3.2     12   0.125    農研用
ノースワン社         0.15   1000    2.3     12   0.16   下降流防止円板付き



参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、2010:日本における温暖化と気温の正確な観測.伝熱、49, 58-67.

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