K235 Helical太陽電池式強制通風筒
著者:近藤純正
一般に野外の気温観測では、温度センサは放射除け(シェルター、通風筒) の中に入れて観測する。しかし晴天日中は放射除けが加熱されて気温は高めに、 晴天夜間は逆に気温は低めに観測される。この違いを放射影響誤差という。
Helical太陽電池式強制通風筒の放射影響誤差を調べた。この通風筒は BARANI DESINE Technologies社製で、螺旋状の円板で構成された自然通風 シェルターの上端に小形の太陽光パネルがあり、太陽直射光が当たるときは ファンによってシェルター内部の換気が少し良くなり、 放射影響誤差は小さくなる。
晴天日中の無風に近い状態(通風筒周辺の風速=0.2m/s)では放射影響誤差は +2.2℃、地面反射の条件などによっては最大+2.8℃程度になるが、 晴天日中は風速が3m/s以上であれば放射影響誤差は+0.2℃以下、 晴天夜間および日の出後の建物などの陰では風速0.5m/s以上であれば 放射影響誤差は-0.1℃以内である。この誤差は一般に使われている 自然通風式シェルターの放射影響誤差に比べて格段に小さい。 したがって、比較的に風の強い所での気温観測に適している。 (完成:2024年2月20日)
本ホームページに掲載の内容は著作物である。
内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用
に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。
トップページへ
研究指針の目次
更新の記録
2024年2月18日:素原稿
目次 235.1 はじめに 235.2 比較試験の方法 235.3 試験の結果 まとめ 文献
謝辞
試験に用いたHelical太陽電池式強制通風筒はクリマテック株式会社から お借りした。また、本稿の査読は千葉工業大学の松島 大教授にお願いした。 ここに厚く御礼申し上げる。
1 はじめに
気温観測に必要な精度
気温観測では温度センサに及ぼす放射の影響を防ぐために百葉箱が使われてきた。 晴天日中の微風時に百葉箱内は1℃ほど高温になることから1970年半ば以後は 強制通風筒が使われるようになった。しかし、気象庁や農環研などで 使われている強制通風筒では、晴天日中の放射影響誤差は0.15~0.5℃程度である (近藤、2014
「K90.通風筒(ノースワン社製)に及ぼす 放射影響」
の表90.1;近藤、2015
「K99.通風筒の放射影響 (気象庁95型、農環研09S型)」
;近藤、2015
「K100.気温観測用の次世代通風筒」
を参照)。
自然通風式シェルターは電源が不要で一般に使われることが多いが、 放射影響誤差は1℃前後、最大5℃を超えることもある (近藤、2014
「K98.自然通風式シェルターに及ぼす 放射影響誤差」
)。
天気予報など通常の暮らしでは気温の観測精度(許容誤差)は 0.5℃とされているが、地形や地被状態による気温の違いは±1℃以内であり (近藤・野口、2018
「K170.里地里山の気温分布 (完結報)」
)、その違いを調べる研究では高精度の観測が必要である。
地球温暖化量は100年につき0.7℃程度の上昇率である(近藤、2020
「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」
)。 これらのことから、気温の観測精度は少なくとも0.2℃、可能ならば 0.1℃よりも高精度であることが望ましい。
近藤式精密通風気温計
誤差0.01℃の高精度で観測できる強制通風筒が開発され、市販化されている (近藤、2016
「K126.高精度通風式気温計の市販化」
)(標準価格は95,000円)。これに用いるファンモータは DC12V, 0.125A(1.5ワット)である(AC100V電源でも可)。
積雪地域では通風筒の排気が不十分にならない構造の「傾斜形通風筒」を使用する (近藤、2020
「K207.長期観測用の高精度傾斜形通風筒」
)。
AC電源のない場所において1年間以上の長期観測であれば、60Wの太陽光パネルと 蓄電池を利用する(近藤、2018
「K167.通風式気温計用の 太陽光パネル」
)。
Helical太陽電池式強制通風シェルター
一般には、放射影響誤差が大きいにもかかわらず取扱が簡単な 「自然通風式シェルター」が広く利用されている。 誤差は晴天の日中に大きくなることから、晴天日中のみファンによって シェルター内部の換気を良くすることによって放射影響誤差を小さくする 構造のシェルターが最近使われるようになった。
BARANI DESINE Technologies社製のシェルターは5cm四方の太陽光パネル3個が シェルター上端に取り付けてあり、 シェルターは温度伝導率の低い螺旋状の耐候プラスチック円板で構成されている。 換気用のファンは、太陽の直射光が太陽光パネルに当たるときのみ動く (標準価格128,000円)。
本稿の目的
Helical太陽電池式強制通風シェルターについて、「基準の高精度通風気温計」 と比較し放射影響誤差を調べ、どのような条件のとき誤差が0.2℃以下となるかを 明らかにすることである。
235.2 比較試験の方法
基準の高精度通風筒
本試験では「基準の高精度通風筒」は、近藤式精密通風気温計(プリード社製) の原型となる手製の基準通風筒を用いる(2重通風筒、KONDO-15S型、 ただしガイド無し)(
「K100.気温観測用の次世代通風筒」
の図100.5参照)。この通風筒のファンモータのワット数は標準品 (DC12V、0.125A)の約2倍の3.1W(DC12V、0.26A)である。
試験に用いる温度センサと記録計
試験に用いる温度センサは4線式Pt100(受感部の直径は2.3mm)、 記録計は分解能・精度0.01℃の高精度温度ロガー「プレシィK320」(立山科学製) を用いる。温度センサは検定済みであり、さらに高精度の比較検定により 相互の相対的誤差は0.003℃である(近藤、2017
「K145.高精度気温観測用の計器・Ptセンサの検定」
の145.3節の (4)校正付き高精度Pt温度計による方法)。
放射影響誤差の定義
基準に用いる高精度通風筒に取り付けられた温度センサは放射による影響が 無視できるので、次式によって定義する。
放射影響誤差=T
B
ーT
A
・・・・・・・(1)
ここに、T
B
はシェルター内気温センサの温度、 T
A
は高精度通風筒内気温センサの温度、いずれも器差補正済みの温度 (真値)である。参考までに、本稿で用いた温度計・記録計による温度(真値)は 次式で求めた。
T
A
真値=0.9976×指示値+0.0726(℃) ・・・・(2)
T
B
真値=0.9975×指示値+0.0371(℃) ・・・・(3)
比較試験の場所
比較試験は太陽直達光の強い快晴日に行なった。放射影響誤差は風速が 弱いときほど大きくなるので無風状態から弱風状態について調べる。
その1:ガラス窓をきれいに掃除して、2階の広さ8畳の室内に設置された シェルターに太陽直射光が当たる状態で放射影響誤差を調べた。 室温むらが小さくなるように、遠方に置いた2台の扇風機を運転して 室内空気を混合させた。この際、扇風機からの風がシェルターに 直接当たらないように扇風機を首振りさせながら試験した。 シェルターの周りは完全無風ではなく、風速は0.2m/s程度であり、 野外ではほぼ無風時の試験としてよいだろう。
その2:筆者の住居の庭で試験した。周辺は2階建ての住宅地であり、 庭の南側には幅員4~6mの道路が東西に走っている。以前に庭の高度 1.75mの風速を超音波風速計で調べたことがある。その結果によれば、 日中の風速は1~2m/s、夜間は0.2~0.5m/sである。ただし、暴風時は除外する。 今回の試験中の目測風速はそれらと大差ない。
その3:桜が丘公園においても試験した。この公園は野球やサッカーもできる 広さがある。日中の風速は2~4m/s、夜間の風速は0.5~1m/sである。
図235.1は桜が丘公園における比較試験中の写真である。 シェルターは高度1.8mの気温が測れるようにした。 Helical通風筒と基準の高精度通風筒の水平距離は約0.5mである。 基準の高精度通風筒のファンモータの電源は単一乾電池8個(直列12V)である。
図235.1 比較試験の写真、桜が丘公園にて(2024年2月13日撮影)。 高精度通風筒(左側)とHelical通風筒(右側)。
気温の記録と時間間隔
試験は2024年2月8日~13日に行った。比較試験は延べ10時間である。 原則として30分間の平均気温を比較する。記録の時間間隔は10秒ごととした。
235.3 試験の結果
表235.1は試験の結果のまとめであり、いずれも快晴時に行なったものである。 表の上半分はシェルターに強い太陽直射光が当たるとき(ファンによる換気が 行なわれるとき)、下半分は太陽直射光が当たらないとき(ファンによる換気が 無いとき)である。
まず、試験番号①ガラス室内について、放射影響誤差は2.18℃である。 この結果を戸外に適用する場合、太陽直射光のほか天空の散乱光と地面の反射光、 さらに高温となった地表面からの長波放射も加わるので、 放射影響は30%程度大きくなるものと推定される。その推定値、 つまり戸外における無風晴天時の放射影響誤差は2.8℃(=2.18℃×1.3) と見込まれる。
この2.8℃は重田式(8.0℃)、酒井式(6.4℃)、ヤング社製小型(5.1℃) に比べれば約半分の誤差である(近藤、2014
「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差」
の表98.2を参照)。
次に、試験番号②、③によれば、晴天日中は風速が3m/s以上であれば 放射影響誤差は+0.2℃以下とみなされる。
試験番号④、⑤は晴天夜間および日の出後の建物などの陰での観測の場合であり、 風速が0.5m/s以上であれば放射影響誤差は-0.1℃以内である。
表235.1 Helical太陽電池式強制通風筒の放射影響誤差のまとめ。
誤差のプラスは気温が真値よりも高く、マイナスは低く観測されることを表わす。
まとめ
Helical太陽電池式強制通風筒の放射影響誤差を調べた。 この通風筒は螺旋状の円板で構成された自然通風シェルターの上端に 小形の太陽光パネル(面積5cm四方×3個)があり、太陽直射光が 当たるときのみファンによってシェルター内部の換気が少し良くなる構造である。
Helical太陽電池式では、一般の強制通風筒の通風速度と比べて換気は十分でなく、 晴天日中の無風に近い状態(通風筒周辺の風速=0.2m/s)では放射影響誤差は +2.2℃、地面反射の条件などによっては最大+2.8℃程度になる。 しかし、晴天日中は風速が3m/s以上であれば射影響誤差は+0.2℃以下、 晴天夜間および日の出後の建物などの陰では風速0.5m/s以上であれば 放射影響誤差-0.1℃以内である。
この誤差は一般に使われている自然通風シェルターの放射影響誤差に比べて小さい。 晴天日中の条件では、無風に近いとき(風速0.2m/s)は 1/2 程度に、 風速が1~2m/sのときは誤差1.0~1.5℃が0.3℃に小さくなる (近藤、2014
「K98.自然通風式シェルターに及ぼす 放射影響の誤差」
の表98.1と図98.4を参照)。したがって、 比較的に風の強い所での気温の観測に適している。
放射影響誤差は風速の関数で表わされる。それは近藤(2014)
「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差」
の図98.6に示された緑、赤、青曲線を下方にずらした形状が参考になり、 放射影響誤差は風速0.2m/sで2.8℃、風速1~2m/sで0.3℃、 風速10m/sで0.03℃程度と推定される。
参考までに、風速が弱い地域では、地形や地被状態による気温の違いは ±1℃以内であり(近藤・野口、2018
「K170.里地里山の気温分布(完結報)」
)、その違いを調べるには 高精度の観測が必要である。そのような場合には誤差0.01℃の高精度で 観測できる「近藤式精密通風気温計」の利用を薦めたい。
トップページへ
研究指針の目次